接近。
「リノ、ちょっといいか?」
「ん?」
何の用事で呼ばれたか本当にわからないといった表情で、リノはノートに近づいてきた。
放課後、教室の掃除当番だったノートは、部活に行こうとするリノを呼び止めて、真意を問いただすつもりだった。
結果的にクラスで魔法技能大会に参加をするの全体の三割程。そこに不本意にも名前を載せられてしまったのは、リノの悪ふざけ以外の何物でもない。
ノートはあらゆる魔法を制限無しに使うことが出来る。しかしそれを望まない。魔法に頼らない堅実な人間であると、周囲に、そして自分自身に認めさせる為だ。
だから魔法技能大会など最も関係ないイベントであり、魔法と決別したノートにとって絶対に参加してはいけないものだった。
「ノート君が生きていく上で魔法に頼らないっていうのは立派な考えだと思うし、私はそれを応援するよ。でも大会となったら別じゃん。せっかくの能力だもん! こういう所で活躍したっていいと思って」
リノは楽しそうだ。ノートは頭を抱えた。なぜ大会となったら別なのだろうか。
そしてそうだとすると、もう一つ疑問があった。
「まぁ100歩譲ってそれはいいとして、なんでリノも参加するんだ?」
それなら俺だけでもいい理屈では、と尋ねた。
「私も出たいんだよ!」
気持ちのいい理由だった。毎回の事ながらノートは思う。こういう人間になりたかったと。
「本当はこうバンバン魔法使って活躍したいとこだけど、ちょっと今は技術が無いから、実践を兼ねた練習って事で。よろしく頼むよ、コーチ」
それまでに魔法の特訓をするらしい。パシパシと肩を叩いてくる。いつの間にかコーチに任命されていた。そしてなぜか上機嫌なリノは、そのまま教室を出ていってしまった。
「俺なんて、参考にならない見本の筆頭だと思うんだけど」
そう言いつつもしぶしぶ了承してしまうあたり、こういう所が俗に言う、好きになった側の負けってやつなんだなと、ノートは苦笑いを隠しつつ掃除を再開した。
夕焼けが紫色を帯びた頃、掃除を終えたノートは図書室で勉強をしていた。これはテスト前の時期に関わらず、ノートの日課になっていた。
最終下校時刻のチャイムが鳴り、同じように勉強していた他の生徒が席を立つのと同様に、ノートも帰る支度を始めた。
その瞬間。
「!?」
不意に感じる悪寒。皮膚が粟立つような、不気味な空気に包まれた気がした。
動作を止め、神経を集中させる。
ノートにはなんとなく分かっていた。これは明らかに敵意のある魔力。それが自分に向けられている。
細心の注意を払って周囲に目を向ける。誰もいない。先程まで居た他の生徒はみんな退室しており、図書室にはノートと、カウンターの向こうで片付けをしている図書委員の姿しか見えない。
まさかあいつが?
その時、真後ろから透き通るような少年の声が届いた。
「やっと見つけた。君がパーフェクト・マスターだね」