リノ。
「ノート君、さっきの授業分かった?」
ころころと鈴が鳴るような声で、リノが尋ねてきた。机の上で教科書を広げ、おそらくは同じ場所でつまずいたであろう問題に視線を向けながら、ノートは答える。
「わかんね。そもそもなんでここだけこの公式使う事になんの?今までのこっちじゃダメなの?」
「むぅ」
ここでの問答では埒が明かないと早々に判断して教科書を閉じたリノに続いて、ノートも片付けを始めた。
リノは同じクラスの女の子だ。ノートとは去年から同じクラスで、それなりに仲が良い。
リノはノートと違い、元々魔法専門コースを希望していたが、選抜試験に落ちて学業コースに来ていた。
魔法は便利であるが危険、その為最低限の魔法知識と、多少のセンスが必要とされる。全く才能が無いと判断されると容赦無く落とされてしまうのだ。
リノには知識はあったが才能が無かった。
それを聞いた時ノートは、自分と真逆だなと思った。そしてそれが羨ましくもあった。
自分にはこんな才能はいらなかった。その分、例えばリノのようにそれが足りなくて困っている人に分けてあげたかった。自分のチカラでそれが出来るかもとリノに相談したが、リノは断った。
「私には向いてないってだけだよ。無理をしないように神様が選んだんだ。でもノート君は違う。きっとその才能を必要とする時が来るから、選ばれたんだよ」
ノートは複雑だった。同時に不明瞭な罪悪感も感じていた。
魔法を使えば勉強なんてしなくても試験に受かる。難関大学にも大企業にも簡単に受かってしまえるだろう。
それが可能であるという才能が、ノートにはどうしても許せなかった。
だからノートは決めていたのだ。このチカラは絶対に使わないと。魔法は一切使わないで生きていこうと。
そういう事をしない人間だと、世間に認めさせる必要があった。
だからノートはずっと誠実でいなければいけなかった。
「そんなに固くならずに、気楽に行こうよ」
途中から明らかに聞いていなかったであろうリノが缶コーヒーを飲みながら携帯電話をいじっている。
昼休みに屋上に来たノートとリノは、購買で買ったパンとコーヒーを飲みながら校庭を眺めていた。
暖かくなってきた春風に髪の毛を揺らしながら、リノは楽しそうにはしゃいでいる。
校庭では魔法の練習をしているグループが、火が出た水が出たと盛り上がっている。
リノはそれをどんな風に思って見ているのだろうか。
リノとは逆に浮かぶ雲を見上げながらノートは思った。
思考を覗こうと思えば覗ける。でもそれはしたくない。
それはノートの信念とは全く別の感情でもあった。
ノートはリノが好きだった。