壊れたキオク
地図にも載らないような辺境の町に、エリザという少女が住んでおりました。
エリザはとても耳が悪く、手話か筆談でなければ話せません。特にエリザは表情に乏しい子で、言葉を交わさなければ感情を読み取ることは難しいです。
そんなエリザですが、自分の境遇を不幸だと思ったことは一度もありません。
学校に行けば、友達たちが彼女を笑顔で迎えてくれます。休み時間には、決まってエリザの元にたくさんの生徒が集まっておしゃべりします。
「………………………………」
「………………………………」
皆がどのような会話をしているかエリザには分かりませんが、楽しそうな雰囲気を感じることは彼女にもできました。
家に帰ると、両親が優しく接してくれます。母親はエリザのため、毎日おいしいパイを焼いてくれます。そしてエリザがパイを平らげると、母親は嬉しそうに口を動かします。
「………………………………」
父親はエリザがひとりぼっちの時、よく抱きしめてくれます。そして穏やかな表情で、エリザに語り掛けるのです。
「………………………………」
エリザには何も聞こえないというのに、周りの人たちは必ず彼女に声をかけてくれるのです。きっとそれは皆の優しさ、エリザは聞こえない声に励まされています。
だからこそ、エリザはいつも考えていました。
(皆に恩返しがしたい。もっと表情が豊かになれば、感謝の気持ちも伝えやすいのに)
そう思っていたエリザは、ずっと努力を積み重ねていました。
暇があれば鏡の前で笑顔の練習をしたり、友達にたくさんお手紙を出したりしました。しかし努力の結果が報われることは、あまりありません。
笑顔になろうとすればするほど、エリザの顔は面白く歪んでしまいます。最後にはタコのような、おとぼけ顔になるほどです。
エリザの書いた手紙に関しては、返事が来たことはまったくありません。
もちろん手紙が届いたこと自体は、学校で教えてくれます。感想も軽く言ってくれますが、彼女は一抹の寂しさを感じていました。
そうしてエリザが、十三歳になった頃。彼女が住む辺境の町に、変な男がやってきました。
男は町のはずれに住居を構え、何やら店をやっているようでした。エリザはその男のことがとても気になります。しかし彼女は、自分から男に関わろうとはしませんでした。
それは男の評判がすこぶる悪かったからです。
彼がやってくるだけで、町の人々は嫌そうに顔をしかめます。子供たちからは石を投げられ、大人たちからは無視されているようでした。
『あの男には、近づかないようにね』
『間違ってもあいつの店には、行くなよ』
両親はエリザにそう注意していました。
エリザは言いつけを守り、決して男には近づきません。しかし彼女は、たまに男のことを遠くから観察していました。
そうするなかでエリザは、男のことを少しずつ知りました。
とにかく町の人々から敬遠されている彼ですが、年寄りたちからは人気があるようです。エリザが町で男を見かけるとき、彼は決まって老人たちと一緒にいます。
また、男の店も奇妙なものでした。正確にいえば、男の店から出てくる客たちが奇妙なのです。
エリザにとってお店というものは、何かを売ったり買ったりする場所です。しかし店から出てくる客たちは、荷物ひとつ持っていません。彼女には、それが不可思議でなりませんでした。
そしてある日、エリザが恐れていたことが現実になります。男の方から、彼女に声をかけてきたのです。
「…………………………」
エリザが耳の聞こえな子だと知らない男は、流暢に唇を動かし続けます。不安に押しつぶされそうになっったエリザは、必死に口をパクパクさせました。ですが、声が出るはずもありません。
「――――っ。――!」
エリザの様子に気づいた男は、口の動きを止めました。彼は神妙な面持ちで、エリザを見つめます。
そこへ、エリザの両親が通りかかりました。二人は顔を真っ青にして、彼女の元へ駆け寄りました。
まだ混乱して口パクをしているエリザを見て、両親は安心したように一息つきます。それから男の方を向き、怖い顔をして詰め寄りました。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
しばらくして、男は肩をすくめてから去っていきました。
そのあと、エリザが両親から怒られたのは言うまでもありません。そしてエリザ自身もまた、男を本気で遠ざけるようになりました。
十六歳の誕生日、エリザはこの三年ですっかり大きくなりました。髪は背中まで伸び、目鼻立ちも整っています。身体も相応に成長しており、もう少女ではありません。
けれども年齢が変われど、まだ学生の身。彼女は同じ学び舎で、古くからの友達たちと勉強しています。町が狭いこともあり、学校の面子はほとんど変わっていませんでした。
また、エリザは親孝行な娘に育っていました。
学校から帰ると必ず、母親のかわりに洗濯と掃除をします。それから母お手製のパイを食べます、これは昔となんら変わりありません。
父が帰ってくると、エリザは風呂をわかします。そして彼女は、父の背中を流してあげるのです。
そうやってエリザの一日は過ぎ、それが日常になった頃。彼女はほんの気まぐれで、あの男の店に足を運びます。
三年という長い月日が、エリザの好奇心に再び火をつけてしまったのです。
久々に男の姿を見つけたエリザは、とても驚きました。なんと男が、和気あいあいと町人たちと話してるではありませんか。どうもこの三年で変わったのは、彼女だけではないようです。
エリザは男が話し込んでいる間に、店の中に入りました。
そこには、エリザが見たことない珍妙なものが並んでいました。長い管に円盤がついたもの、平たい金属の棒、先端が針でできた鉛筆みたいなもの。そして、いくつかのベッド。
エリザには、この店がなんなのか皆目見当もつきません。目を見開いて、店のあちこちを見回しています。
「…………………………」
突然、エリザの肩に手が触れました。彼女はびくりと全身を震わせ、ゆっくりと振り返ります。
立っていたのは、あの男でした。エリザは初めて、彼の姿を至近距離で見ます。
ひょろながい背に、ボサボサの頭。年は若そうに見えますが、はつらつとした感じではありません。
そして、真っ白なコートを着ていました。
男は無遠慮に、エリザの鼻先まで顔を寄せます。エリザは再び湧き出す恐怖心を、懸命におさえます。
何を思ったのか男は、突然口を動かしました。
「(こ……ん……に……ち……は)」
のろのろと一文字ずつ、男は言っているようでした。エリザは男のマネをして、同じように口を動かします。彼女の口から、淡い吐息だけがもれました。
満足したのか、彼は懐から手帳を取り出しました。そして素早く文字を書くと、エリザにつきつけます。
『君は耳が聞こえないんだね。僕はルイス、医者をやってる』
エリザは不思議そうに首をかしげました、ルイスは慌てて文字を書き足します。
『医者というのは皆の不調を治す仕事。君の耳も、治せると思う』
ルイスの角ばった文字を読んだ途端、エリザの心臓が高鳴りました。耳が聞こえるようになる、彼女には想像もできません。
さっそくエリザは、両親に報告したい旨を筆談で伝えました。が、ルイスは困ったような顔をしました。手帳の新しいページに、彼の文字が走ります。
『君の両親は、君の耳を治す気がない。それと耳が治ったら、君は絶対後悔する。でも僕は、君をあの場所から救いたい。考えておいてくれ』
その日エリザは、家に帰ってから両親に相談しました。
ルイスが町の人々と打ち解けていたこと、彼が医者という仕事をしていること、自分の耳が治るかもしれないこと。
(ルイスさんはああ言ってたけど、パパとママだって喜んでくれるはず)
エリザはそう信じて、ルイスの話をしました。ですが彼女の期待とはウラハラに、二人は怒りの形相をあらわにしました。
「……………………」
「……………………」
エリザには両親の声こそ届きませんが、怒られていることだけは分かります。彼女は初めて、両親を怖いと思いました。
『あいつのところへは二度と行くな! お前の耳は、一生治らないんだから』
『いらっしゃい、エリザ』
ルイスはたどたどしい手つきの手話で、エリザに言いました。
エリザがルイスの店――病院というらしい――に、こっそり通いはじめて一週間。ルイスは簡単な手話を覚えていました。
最初は筆談だけで済まそうとしていたルイスですが、そうもいかなくなりました。話すことが増えるにつれて、エリザとルイスの腕が限界を迎えたからです。どれくらいかというと表情の起伏が少ないエリザすら、顔をしかめるくらいです。
かくしてエリザの治療改め、ルイスの手話勉強会は続いておりました。
もちろん勉強会のあとは、きちんとした診察が始まります。
『問診や触診の結果、エリザの耳に異常はなかったよ』
唐突に告げられた結果に、エリザは戸惑います。ルイスは彼女のため、順序立てて話を進めました。
『精神病の一種、つまり君の耳は怠けてるだけなんだ』
なんとも比喩的な例えですが、エリザはなんとなく理解したようです。彼女は自分の両耳を引っ張って、上下に動かしました。
『あ、違う違う。耳が怠けてるっていうのは……』
このあと小一時間、ルイスはエリザに精神病の解説をするハメになりました。
無理やり理解したエリザは、自分の胸に手を当てて考えます。悩んでいる彼女を見かねたルイスは、端的に結論を述べました。
『まあ、はっきり言うと薬で治る。今飲めば、明日の朝くらいには治ってるよ』
あっけらかんと言うルイスに、エリザは疑いのまなざしを向けました。そのまなざしに気づいた彼は、むっとした表情で薬瓶を取り出します。
『これだよ、ただ覚悟はしておいて。耳が聞こえなくなるような傷を、君は抱えているわけだ。耳が治っても、君の傷が治るわけじゃないからね。最悪の場合、君の心は死ぬ』
両親を裏切ってここにいるエリザに、迷いなどありませんでした。彼女は薬瓶のフタを開けると、中身を一気に飲み干します。
苦いような甘いような、エリザはおかしな感覚に包まれました。しかしそれも一瞬、エリザは普通の状態に戻りました。
診察はそこで終わりました。まだフラフラしているエリザを、ルイスが外まで送ります。もうすでに日が落ちた町の冷たさが、今のエリザには心地よく感じられました。
『それじゃ、お大事に。代金はいらないから、また手話を教えてくれよ』
エリザが家に帰ると、両親が心配そうな面持ちで待っていました。
「………………」
「………………」
まだ耳は治っていないようです。なぜかエリザは、少しだけ安堵しました。
その日の夜、エリザは両親より先に寝床へ入りました。薬の効果でしょうか、彼女の意識はもうろうとしていきます。
「(おやすみなさい、パパ、ママ)」
エリザの口から、声は聞こえませんでした。
エリザは目覚めに、鳥のさえずりを聞きました。その途端、彼女はバネのように起き上がります。
ルイスの言っていたことは本当でした。エリザの耳は、聴力を取り戻していたのです。
いったん意識すると、彼女の耳はより敏感になりました。食器が机にこすれる音、新聞が開かれる音、自分の心臓の音。今まで知らなかった音たちが、エリザの中へ流れ込んできます。
「さ、あなた。朝ごはんできたわよ」
「ああ、ありがと」
そしてエリザが聞いたのは、懐かしい両親の声でした。
エリザはすぐさまベッドから飛び出し、二人の元へ駆け寄りました。驚いた顔をする両親を前に、彼女は口を開きました。
「(パパ! ママ! 私、耳が…………あれ?)」
確かに父の声も母の声も聞こえたのに、自分の声が聞こえません。どうやらまだ、エリザはしゃべれないようです。
「エリザ、いったいどうしたの?」
「怖い夢でも見たか、昔のように抱きしめてやろうか?」
エリザの耳が聞こえると知らない両親は、慌てふためきました。
「(なあんだ、まだ喋れないんだ……。でもせっかくだから、もう少し耳が聞こえないふりしてみようかな?)」
心に余裕ができたエリザに、ちょっとした悪戯心が芽生えます。彼女は不安そうな両親に、なんでもないと手話をしました。
朝食を済ませて、エリザは学校に向かいました。
ずっと聞こえなかった分、彼女の耳はあらゆる情報をキャッチします。エリザは嬉しい気分になりながらも、疲れを感じます。
「(皆、こんなに音がある世界で生きてたんだ。結構大変なものね)」
エリザがのんびりと歩いていると、にぎやかな集団の笑い声が聞こえてきました。彼女の後方から、お馴染みの友達たちが押し寄せてきます。
なんだか気恥ずかしくなったエリザは、早歩きになりました。しかし元気な同級生たちは、次々と彼女を抜いていきます。
「うわあ」
「まだ来てたんだ」
「またシカトかよ」
「みんな言い過ぎー」
エリザの鼓膜を震わせるのは、あまりに無慈悲な罵詈荘厳でした。少なくとも、十年近く連れ添ってきた同級生に吐く言葉ではありません。
彼女の軽やかだった足取りは、一気に鈍くなりました。
学校に着いたエリザは、断腸の思いで教室に入りました。彼女の耳が、壊れそうになります。
教室内には、生徒たちの声がこだましていました。あざけるような笑い声、わざとらしい内緒話、それとは関係のない雑談。
面白そうな話から聞きたくもない話題まで、エリザは狂いなく聞き分けられます。ですがそれは、彼女にとって苦行でしかありませんでした。
やがて彼女の机周りに、何人かの友達が寄ってきました。しゃべれないエリザのため、筆談もしてくれる優しい子たちです。その子たちは、彼女にメモ用紙を渡します。
『おはよう! エリザ』
メモ用紙には、そう書かれていました。そしてメモと被せるようにして、声は降ってきたのです。
「うざいよー、エリザ」
『会いたかったー』
「死ねばいいのに」
『先月も手紙、ありがとね』
「こっちは嫌々仲良くしてやってんだよ、感謝してほしいよね」
皆が一通り言い終えると、始業のチャイムが鳴りました。すると先生が、ホームルームのため入ってきます。
途端に、友達たちの声も一オクターブ上がります。
「じゃあまた後でね、エリザ」
「エリザと友達でよかったよ」
エリザは笑顔を保っているだけで、精一杯になりました。
『一緒に帰ろう、エリザ』
「早く帰れ、一人で帰れ」
偽りの誘いを断り、エリザは一人で帰路をたどります。
項垂れていた彼女の前に、見知った人影が見えました。それは他でもない、エリザの耳を治してくれた医者の姿です。
ずっと涙を堪えていたエリザの目から、雫がポロリポロリと落ちてゆきます。ルイスは何も言わずにエリザの頬を拭いました。
エリザは大口を開けて、息を吐き出しました。しかし依然として、自分の声は彼女の鼓膜に届きません。
ルイスは赤子をあやすような、優しい口調で言いました。
「きっと……。大声で泣ける日が来るよ、だから今は耐えるんだ」
ルイスの声は、エリザの心に染み入るのでした。
ルイスと別れたエリザは、とうとう家に着いてしまいました。彼女は不安を胸に、扉を開けます。
『おかえりなさい、エリザ』
「おかえりなさい、エリザ」
母親の手話と声は、まったく同じでした。エリザはそれが、嬉しくてたまりません。彼女は笑顔で、母の胸へと飛び込みました。
『さあエリザ、美味しいパイが焼けてるわよ』
母親はエリザをテーブルに招くと、パイを切り分けていきます。エリザは久々に、無邪気な笑顔を見せました。
「さあ、エリザ。今日は雑巾の搾り汁で作ったパイよ」
何ら変わりのない、いつもの笑顔で母は言いました。エリザの表情がみるみるうちに青ざめていきます。
「あんたが悪いのよ、エリザ。あんたが、あんたさえいなければ。でもあんた今、幸せなんでしょ。私がこんなに追い詰められてるなんて知らないでしょ? 耳が治ったりしたら、これ全部聞こえるのよ。だから一生、無垢でバカなあなたでいてね」
血相ひとつ変えず、口もほとんど動かさず母親はつぶやき続けます。
「昨日のホコリパイは美味しかった? 一昨日の雑草パイは傑作だったでしょ、ああ明日はどんなパイにしようかしら」
結局、母親のうわ言は父が帰ってくるまで続きました。
そして父の足音がした瞬間、母親の口は止まりました。表情はさっきと同じ、満面の笑みでした。
エリザは吐き気に耐えながら、お風呂をわかします。そんな彼女の様子をうかがいに、父親がやってきました。
『エリザ、いつも風呂の用意をありがとう』
器用な手話で、父はエリザに感謝しました。
「母さんにも悪気はないんだ、許してやってくれ」
同時に、しわがれた声がエリザの耳に届きました。エリザはその謝罪の意味を、深く聞きたいと思いました。しかし彼女の喉からは、空気が通り抜けるばかりです。
仕方なくエリザは、父とともに風呂場に行きました。
半裸にタオル姿の父の背を、エリザは熱心に磨いていきます。
『気持ちいいなあ。娘に背中を流してもらえるなんて、私は幸せ者だな』
「ごめんな、エリザ。私は知っている、お前が学校でいじめられていること。母さんの精神がおかしくなっていること。そして何より……」
父親は独り言のように、嘆きました。
「母さんがお前を恨む理由。それは私が、俺が、君を女として愛しているからだと……。後二年もすれば、君も大人の身体になる。そうなったとき、俺はきっと理性を保てない。正直、今でもこの場に押し倒して無理やり」
「(いやあああっ!)」
エリザの心は、完全に切り裂かれました。彼女は風呂場から逃げ出すと、迷わず家を抜け出しました。エリザは一目散に駆け抜けて、ルイスのいる病院に入りました。
「ど、どうしたの。エリザ、一体……」
「(耳を聞こえなくして! お願い)」
彼女は泣きながら叫びました。しかしエリザの声は届きませんでした。ルイスは戸惑いながら、エリザの背中をさすります。
エリザは限界でした。机に置いてあったハサミを手に取ると、その刃をぎらりと光らせました。
「エリザ! いけな――」
ルイスの叫びは空しく、室内に響きました。
エリザは自分の右耳を、勢いよく切り落としたのです。血痕が二つ、三つと地面を染めました。
そして同じように左耳に刃を当てたところで、彼女は気を失いました。崩れ落ちそうになるエリザを、ルイスは軽々抱き留めます。
「……………………」
ルイスは無言のまま、エリザを抱えて病院を出ました。
『エリザ、調子はどう?』
ルイスは手話で、エリザに問いかけます。彼女の右耳にはまだ包帯が巻かれ、痛々しい傷跡が残っています。
エリザは弱弱しい笑顔で、ルイスに手話を返しました。
『もう大丈夫、それよりルイスさん。町の皆に、なんて言ったの? ママやパパが二人旅なんて、認めてくれるのかな?』
エリザは記憶を失っていました。辛い記憶と向き合い、負けてしまった彼女は記憶を改ざんしてしまったのです。
(耳の本格的な治療のため、ルイスとともに都心に行く)
それが彼女のなかの真実だと、ルイスは受け入れました。
『なあに。娘さんを僕にください、大切にしますからって言ったら一発だったよ』
今度は手帳に挿絵付きで、ルイスは事細かに嘘の説明します。エリザは少し眉をひそめると、嫌そうにかぶりを振ります。
『ルイスさん、少なくとも二十歳越えてるよね。……冗談でもやめた方がいいよ、勘違いされちゃう』
エリザはおどけた調子で言いました。そんな彼女の様子に、ルイスはちょっと目を丸くしました。
どうやらエリザの回復具合に驚いているようです。ルイスは微笑んで、手話をします。
『ジョークがいえるくらいの元気があればよし! さ、都心へ行こう』
――この子はいったい、どんな理由で耳を閉ざしたのだろう。しかしルイスにとってもエリザにとっても、それはどうでもいいことでした。
都心に着いたらルイスは、エリザをどうごまかすのでしょうか? 彼は決意を新たに、つぶやきます。
「……………………」
エリザの耳に、ルイスの声は届かないのでした。