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8 図書館!?


「食器戻して来まーす。兄さん何かいるものない?」

この場から逃げようと食器ののったカートのもとに向かう。

兄さんが首を傾げにこっと笑った。

たった今怒ってたのに、それを感じさせない優しい作り笑顔がやるせなく目を逸らした。

「ああ、城内に図書館があるらしいから、何か暇つぶしになる本を借りてきてくれない?」

兄さんの言葉に逸らしていた顔を勢いよく戻した。

「図書館!?」

兄さんが微笑んで頷く。

「良かったね。迷子にならないようにジョエを連れて行っておいで。自分の本も良いけど、僕の本も忘れないでね。語学か歴史関係の読みやすいものが良いな」

「わ、分かった。い、い、行ってきます」


図書館。図書館?私が行って本を貸してくれるの?

街にあった図書館は私達が入れるようなところではなく、役人や金持ちに独占された施設だった。

どきどきしながらカートを押す。

ジョエが重くて大きいドアを開けていてくれた。

「ど、どうも、ありがとうございます」

意識は図書館と言う未知のものに囚われたまま茫然とジョエの前を通り過ぎた。

「おい。大丈夫かよ」

ジョエの声も一切聞こえていなかった。


「おいって」

不意に視界がぐらぐらと揺れた。

「あ?」

「あ?じゃねえだろ。まず厨房だ。図書館の場所も知らねえくせにお前はどこに向かって歩いてんだよ」

ジョエに頭を掴まれ揺すぶられていたようだ。

「ああ、そうだった。食器返さなきゃね」

無意識のうちに押していたカートは、大変に滑らかな動きで、絨毯の上を気持ちよく滑っていた。

おばさんの家で使っていたカートは、それ自体の粗悪さのせいに加え道が悪いせいもあり、ガタガタガタガタと載せたものを落とさないよう必死だった。

結局片手で押すことにもなり、力は要るわ、振動が集中するわで手が麻痺するほどだった。

カート一つでこんなに違うものなのね。

手が痛くならないカートがあるなんて思いもしなかった。

「あ、洗濯物も持って来て、洗い場をついでに探せば良かったねえ。旅の汚れ物が結構あるよね」

私の頭を掴んだままのジョエを見上げて言うと、一度ぐるんと回されてから手を離された。

「朝、係りの使用人が取りに来たぞ」

「え?そうなの?」

私起きるの遅かったからなあ。

「明日からは、こっちが持っていくって言ってあるからな。頼むぞ」

そうね。部屋に近付く人間を増やすのは良くないよね。

「うん、そりゃ勿論運ぶけど。洗濯物までやってくれるんだね。私ここですることあるのかしら?」

本気で心配になってきた。

兄さんは今日も完璧だったし、浴室のドアの方から良い匂いがしていたから朝ひとりで湯も使ったのだろう。

兄さんの世話も洗濯も料理もしなくていいのなら、一体何をしていればいいのだろう。

昨日から、食べてお風呂に入って寝て食べただけだ。

「ねえ、ジョエは朝ご飯食べたの?」

「ああ、俺が食ったついでにお前らの飯取って来てやったんだよ」

成る程ね。

ジョエも特にやることがあるのか心配だな。

私と食事運びの仕事を取り合いになりそうで嫌だ。


図書館までの道のりは結構なものだった。

なんせ城の敷地が広過ぎる。

「私達の街がすっぽり入りそうね」

「ああ」

二人とも城の広大さにうんざりしていた。途中に湖や森っぽいのが見えたのも気になる。

どれだけ広いのか想像もつかない。

「こういう面倒なのが仕事なのね。こりゃ姫様が歩き回る訳にはいかないかも」

ジョエが頷いた。

「ああ、本人が出るなら馬車がいるな」

それ程に広かったが、白く広がる大きな城と豊かな緑と、澄んだ青い空。

自分の住んでいた狭苦しく淀んだ場所と比べて虚しさを感じたりしなければ、清々しくとても気持ちが良かった。

「世の中にこんなところがあるのかって腹は立つけど、綺麗で気持ちいいとこね」

うーんと両手を伸ばして伸びをしながら言うと、ジョエが笑った。

「そうだな」


「城までは遠すぎるにしても、あの人も散歩したら良いのにね」

時折人がいるし、私の外見に加え、遠方の珍しい衣装のせいで目を引くようなので一応あの人呼びだ。

「そうだな。外でのんびり過ごすなんて経験ないかもな。お前が誘えば出るんじゃないか?」

ジョエに言われ慄く。

「え!?私が誘うの?」

ジョエが当然だろうと言う顔をする。

「あいつが勝手に散歩に出るとでも思うか?」

「いや、それは知らないけど。でも、私が誘ったって」

「お前がしつこく誘いでもしなきゃ、後宮から出るまで何年でも、ずっとあの部屋に籠ってるに決まってるぞ。あの根暗は」

根暗?まあ、明るくはないだろうけど、根暗なんだ兄さん。

「そうなの?不健康ね。でも私が誘ったところで、笑顔であっさり流されて終わるのが目に見えてるけど」

「だからしつこくって言ってるだろ。お前らお互い遠慮し過ぎなんだよ」

お互いって。私が遠慮してるのは認めるけど、兄さんのあれは遠慮って言うか、意地悪って言うか。

私が変な顔をしているのを見て、ジョエが笑った。

「あいつもお前にどう接して良いか計りかねてんだろう。お前と全く話してなかったんだってな。説教しといてやったからな。ちっとは反省してると思うぞ」

「え。そうなの?ああ、だから旅の途中から返事する様に」

そう言うことだったのか。

本当にジョエのおかげだったってことね。

「ありがとうね、ジョエ」

横にいるジョエを見上げながら言うと頭を撫でられた。

こうやって良いお兄さんしてくれてる時は凄く格好良いんだけどね。

昔から変わらない優しくて明るい顔を見ていられず、進行方向に視線を戻した。






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