7 くっつかないで
目が覚めた時、あまりにふわふわでどこにいるのか理解するまでにかなり時間がかかった。
布団の中だった。
そうだ、後宮のベッドで寝られるかを心配しながら目を閉じたんだった。
一瞬で寝てたな。
起き上がってはみたものの、窓がないため外が明るいのか暗いのか、それさえも分からない。
取り敢えず洗面所のドアを開けてみた。
窓からはすでに煌々と朝日が差していた。
慌てて自室から居間に出ると、すでに身支度を終えた兄さんがソファに寛いでいた。
「お早うジュジュ。よく眠れたかい?」
笑顔が怖い。
「う、うん、ぐっすり。寝過ごしたね。朝食食べた?」
兄さんが必要以上ににっこりと微笑む。
綺麗に引かれたアイラインと艶のある紅だけで、今日も驚くほど完璧に女だった。
「今、ジョエが取りに行ってくれてるよ。君の分も持ってくるよう頼んだから、もう一度寝たら?」
ぶるぶると首を振ると兄さんがまた笑った。
「そう?ああ、あと、寝間着でこっちに出てきちゃ駄目だよ、ジュジュ。さっさとドアを閉めて。こっちに来るなら着替えて支度してから出ておいでよ?分かった?」
ああ、朝になって、兄さんの冷めた目も復活だ。
「分かった。着替えて来る」
溜息を吐きながら自室に引っ込んだ。
さっさと支度しよう。
今夜からは洗面所のドアを開けたままで寝なきゃ。
ジョエが運んで来てくれた食事を兄さんと同じテーブルで食べた。
こうやって兄さんと一緒に食事するのはいつ振りなのだろうか。思い出せない。
ずっと見られている様な気がして落ち着かず、美味しいはずの料理もあまり味わえずに食べきってしまった。
食堂で取る食事に比べ、丁寧に沢山の小鉢に盛り付けられた上品な料理は興味深かったので、楽しめなかったことが非常に勿体なかった。
見られたからってどうして緊張する必要があるのだ。
慣れないからって、あまり一緒に過ごしたことがないからって、たった一人の家族に緊張するなんて自分が悲しすぎる。
そう思って顔を上げ、何か話しかけようと口を開くのだが、何を言って良いのか分からずまた頭を下げた。
家族なんかよりジョエと食べる方がましだと確信した。
兄さんに食後のお茶を出した後、近くにいるのが居た堪れなくなって窓辺に寄った。
「天気良いね。窓開けようか」
「良いけど、窓辺で兄さんとか言わないでね?ジュジュ」
兄さんの注意が聞こえたので背を向けたまま返事をした。
「分かってる」
実際は全く失念していた。外にも誰の耳があるか分からないのだ。
「そうだな。まあ声が漏れにくいつくりにはなってるけど、庭師が真下にいるかも知れねえしな」
近くにいたジョエが窓から外を覗き込んで言った。
つられて覗いてみると、一階の割にかなり地面より高い位置にあるこの部屋の窓は、外にいる人間が手を伸ばしても絶対に届かない程高さがあった。
そして、侵入者を阻む目的があるのかないのか、窓の下には棘が多く鋭い種の植物が生い茂り、花弁の重なる綺麗な白い花を付けていた。
「大声は出すなよ」
ジョエに見下ろされ渋々頷く。分かってるって言ったのになあ。
まあ、確かに分かってなかったんだけど。
「わー、庭、と言うか森?が見えるよ。この窓どうやって開けるんだろう」
わざとらしく話題を変え、窓を開けようと両手でガチャガチャやったが上手く行かなかった。
「貸してみろ」
ジョエが後ろから私に被さる様に両腕を伸ばし、窓に手をかけた。
私よりいくつも年上なのに無頓着極まりない。
「ちょっと、私だって一応女なんだからくっつかないでよ」
私の背中にぴったりとくっついているジョエの分厚い胸を、頭で強く押す。
ガタンと重たい音を立てて窓を押し開けたジョエが、私を頭上から見下ろしてきた。
ふんと鼻で笑われる。
「何が女だよ、10年早いわ。どこが胸だか腹だかも分からねえくせに、ませたこと言ってんじゃねえ。ぐえ」
肘でジョエの腹を思いっきり突いてどかし、兄さんを振り返った。
兄さんに文句があったので申し立てるつもりだったが、非常に嫌な顔で笑っていたので保留にした。
「煩いわね!馬鹿にしないでよ。脱いだらすごいんだからね!」
ジョエを睨んで言うと、ニヤニヤして頭を撫でられた。
「腹がか?」
「違う!」
ジョエのお腹を拳で殴るが、全く堪えていないのがとても腹立たしい。
脛を蹴ろうと足を上げたところで兄さんの冷えた声がそれを遮った。
「ジュジュ?大声出さないって言われたばかりだよね?ジョエもいい加減にしなよ?」
ジョエと二人で振り返った兄さんは笑顔だったが、怖かった。
ジョエもすました顔をしながら、私から離れて行った。
きっと怖かったのだろう。