69 もう駄目だ
ドアを叩く音に目を覚ました。
何とか着替えた後、自分のベッドで寝てしまっていた様だ。
さっきはすっきりしていたのに、また少し身体が辛くなっていた。
薄暗い部屋で布団に入ったまま薄目を開けていると、兄さんの部屋に続くドアが開かれた。
少しだけ開いたそのドアから兄さんが顔を覗かせた。
「寝てた?そろそろさっきの薬が切れてしまうだろうから、何か口に入れてから、もう一度薬を飲んで。水分も取っていないだろう?」
「お腹巻きたくない」
お腹の布を巻かなきゃ、ジョエと兄さんしかいないのに、居間に出ちゃ駄目なんでしょ。
「じゃあ、こっちに食事を運ぶよ。もしかして、もう辛い?」
「うん。今からまた気分悪くなりそう」
目を瞑って答えると、兄さんがドアを閉めた。
「ほら、イリ?食べられるものがある?」
またうつらうつらしていたようで、気付けばベッド脇に移動された椅子に兄さんが座っていた。
「起きられる?」
「いやだ」
だるくて適当に答えると、兄さんが呆れた顔をした。
「返事としておかしいよね?ジュジュ。病気すると我儘だね」
兄さんが椅子から立ち上がった。
ああ、今度こそ置いて行かれるかも。
「薬頂戴。またあんなにきつくなったら嫌だ」
せめて薬は置いて行ってと訴えると、兄さんが振り返った。
「少しは口に入れてからじゃなきゃ、余計気持ち悪くなるよ」
開けっ放しにされたドアを見ていると、兄さんは自分の寝室からクッションをいくつか持って戻って来た。
私のベッドには枕が一つだけど、兄さんのベッドには枕替わりのクッションが沢山並んでいる。
私に食事を取らせる為に、私の身体を支えるクッションを取りに行ったのだろう。
ああ、行っちゃうつもりじゃないかったんだ。良かった。
「起こすよ」
兄さんが私の背中に手を差し込んで、ゆっくりと起こしてくれた。
兄さんの胸にもたれさせられているうちに、背中の後ろにクッションを詰め込まれ、そこに寄りかかると半分起きたような状態になった。
薄い寝間着一枚だったので、背中に当てられた兄さんの手の感触がやけに生生しく感じられた。
このクッション凄く兄さんの良い匂いがする。
甘い良い匂いのクッションに顔が半分埋まっていて、くらくらしそうだった。
「どう。食べられるものある?」
カートの上のいつもより小さなトレイにのった食事は、まさに病人食だった。
もう夕食時なのかも知れない。きっとおばちゃんが私の為に準備してくれたのだろう。
嬉しくて、少しきつさがマシになった気がした。
「食べる」
食べさせてもらうのは何としても避けたかったので、カートを近くまで引っ張って、もしもの時に吐くのが楽そうなものを選んで何度か口に運んだ。
匙を置いて良い匂いのクッションに顔を伏せ、息を吐いた。
吐いた分吸い込むと、やっぱり凄く良い匂いだった。
「もう良いの?」
「良い」
「じゃあ、薬飲んで。はい」
兄さんが私の口の前にカップを差し出した。
またちょっとずつ流し込まれては堪らないので、一気に煽った。
「うう」
苦い。
もう一度クッションに顔をくっつけて深呼吸した。
「ジュジュ。もしかして」
兄さんが嫌な声を出した。
もしかして匂いを嗅いでるのがばれたかもしれない。
恥ずかしい。変態だ。でも良い匂いだもん。気分の悪さがマシになるんだもん。
「寝る」
クッションを兄さんに取られないしっかり抱えて目を閉じた。
「ちゃんと横になってジュジュ。自分の枕で寝て」
「嫌」
兄さんが溜息を吐いて、私の首元まで布団を引っ張り上げた。
薬が効き出す前に熱が上がり始めてしまった様だ。
昼と全く同じ様に、あっという間に冷や汗と眩暈に襲われた。
うう、気持ち悪。熱さまし頑張って。早く効いて。
あまりの辛さに朦朧としながら兄さんのクッションを抱き締めていた。
おかしいと思う。
どう考えても、絶対におかしい。
最近の私の動悸や緊張や胸の痛みは、兄に対する身体の反応としてあり得ないと思う。
幾ら兄さんが綺麗だからって、見惚れすぎだし。
兄さんの笑顔に胸が疼くのも、兄さんの匂いにドキドキするのも異常だ。
いっそ、兄さんに抱き付いて、首元に顔をくっつけて、良い匂いと体温を同時に吸い込みたいとも思っている。
兄さんの素肌に頬がふれたら、その体温と感触をもっと強く感じるためにきつく腕を巻き付けて、ぐりぐりと顔を擦り付けたくなるに違いない。
寝間着越しに感じた兄さんに、身体の芯からもう駄目だと思った。
もっと、ぎゅうっと抱き締められてみたい。
兄さんにきつく抱きしめられながら、熱い首筋に顔を埋めれば、どれ程心地よいだろう。
想像するだけで、胸が破れそうだった。
もう駄目だ。もう誤魔化せない。
これじゃあまるで、完全なる変態だ。
それでなければ、完全に、兄さんに恋をしてしまっている。




