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61 何でこんなところにいるの?

「あれ?ジュジュちゃん?」

お兄さんが救いの神に見え、手を合わせ、拝みたくなった。

只今、迷子です。


図書館を訪れていたが、カウンターにお兄さんの姿はなかった。

トイレに行きたくなり職員に尋ねると、館外にしかないと言われて仕方なく一人で城内を歩き出したのだが、教えられたトイレに行きつく前に迷ってしまった。

良かった。衛兵に見つかる前にお兄さんに会えて。

変な場所に入り込み、無駄な疑いなどかけられてはたまらない。

行けども行けどもトイレの気配などない、可愛らしい後宮とは趣の異なる静謐な雰囲気の通路に、不安を覚え始めた頃だった。


目が合った途端自分に駆け寄り腕を掴んできた私を、驚いた顔のお兄さんが見下ろした。

「ど、どうしたの?」

「一番近いトイレに連れて行ってもらえませんか?お願いします!」

本を抱えたお兄さんは、あははと笑いながら私と一緒にトイレまで走ってくれた。


「ありがとうございました。本当に助かりました」

トイレから少し離れたところで私を待ってくれていたお兄さんの元に行き、頭を下げた。

お兄さんがからかいを含まない優しい笑顔で答えてくれた。

「どういたしまして」

ジョエなら間違いなく、大笑いしながら私を怒らせるまでからかっていたはずだ。

さっきは流石に笑われてたけど、ジョエと同じような年回りに見えるのに、ずっと大人のお兄さんの振る舞いに感動した。


「図書館に来てたんだね?」

お兄さんについて歩きながら頷くと、やっぱりねという顔をされた。

「一本早く曲がっちゃったんだね。分かりにくいんだよねえ。図書館の棚みたいに案内を貼ってあれば良いんだけどね」

お兄さんが、迷ったことを私が気にしない様にそう言ってくれているのは分かった。

「いいえ。私、昔から方向感覚がおかしくって。口頭で道案内されてもいつもたどり着けないんです。一度曲がっちゃうと自分がどっちを向いているのか分からなくなっちゃって。地図を書いてもらうか、教えられた道順を書き留めてくるべきでした」

情けない顔をした私の頭を撫でようとしていたのか、お兄さんが手を泳がせていたが、その手は不自然に本を抱えなおした。

不思議に思って首を傾げると、お兄さんが誤魔化すように笑った。

「僕も城に上がって初めの頃は良く迷ったよ。気にしない気にしない」

優しいなあ。ふわふわした髪の柔らかい印象もあって、お兄さんが聖人の様に見えた。

やっぱり拝むべき人かも知れない。


「お仕事中だったのでしょう?すみませんでした」

先ほどお兄さんの姿を見つけたあたりまで戻ったところで、もう一度頭を下げた。

お兄さんの顔を見上げると、困った様に笑っていた。

「一人で帰れないでしょう?」

「えーと、自信ないですけど、もう急いではいませんし。お兄さんにご迷惑もかけられませんし。地図を書いていただけると助かりますけど、でも、お忙しいですよね」

迷惑はかけられないと言いながら面倒なことを頼む私に、お兄さんが困った顔のまま言った。

「少し僕の仕事に付き合って歩いてくれれば、その後は一緒に図書館へ戻れるけど、どうする?」

やはり拝もう。両手を胸の前で組んでお兄さんに感謝した。

「ありがとうございます!一緒に帰って下さい。良かったー」

ほっとする私にお兄さんが微笑んだ。


「結構奥まで入ってきちゃってたね」

お兄さんが歩きながら私を見下ろした。

見下ろすと言っても、背の高いジョエや兄さんに比べて随分顔が近いので、私も並んで話すのが楽だった。

「あ、やっぱりそうなんですね。結構歩いたのでそんな気がしました。良かったです、衛兵や官僚に会う前にお兄さんに会えて。見るからに怪しいですもんね、私」

珍しいロウエンの髪に珍しいユールの衣装で一人歩きすれば、悪目立ちするに違いない。

兄さんは何故こんなに目立つ衣装の地域を出身国にしたのだろう。謎だ。

お兄さんが驚いた顔をした。

「怪しいって。そんな。まあ、怪しくないとは言わないけど。そうだね、確かに一人の時に面倒なのに会わなくて良かったね」

「はい。面倒なことになってたら、無事に帰れたとしてもどれ程お説教されてたか」

うんざりとそう言う私を、お兄さんが笑った。

「ジョエ?」

「はい」

後、兄さんもです。

「そう。可愛がられてるね。ジョエが血相を変えて君を探し回ってる姿が想像つくね」

ウィゴにぶつかられた日に見たジョエの様子を思い出す。

「まだ、大丈夫ですよね?ジョエが戻る時間にはなってないし。ばれたら絶対拳骨されます」

嫌な顔をすると、お兄さんが微妙な顔をした。

「君はジョエといると、でも」

首を傾げると、笑顔で首を振られた。何だろう。

「何でもないよ。気にしないで。ああ、居た」

お兄さんが前方の広間に視線をやり呟いた。

広間の奥のドアから出て来る軍装の男達の中に、スラリとした見覚えのある姿に一つに縛られた真っ直ぐの茶の髪が見えた。


広間が大きすぎる為、遠くて確信は持てなかったが、恐らくあれはシバだろう。

どうしようかなあ。でも、お兄さんと離れるのは良くないよね。

シバの対応を見て合わせよう。

男達を目指して歩いていくお兄さんの後ろを、少しだけ離れてついて行った。


お兄さんがむさ苦しい男達の群れから少し離れた位置で立ち止まった。

「シバ様」

小さな声で呼びかけたお兄さんの声に、シバが振り返る。

嫌な予感は的中し、お兄さんの尋ね人はシバだった。

素知らぬ顔で目線を下げる私に対し、シバは私以上に素知らぬ顔だった。

「セイか。どうしたと聞くまでもないな。また部屋に居なかった?」

「はい。シバ様がこちらで会議だと伺いましたので、報告に参りました」

シバが溜息を吐いた。

「3人も付けてたのにな。見失ってなきゃいいけど」

ウィゴだな。脱走中だ。


シバがおじさん達の群れから離れ広間を歩き出した。

お兄さんに続いて私も後に続く。

「また、明日伺えばよろしいでしょうか」

「そうだな。ちょっと待って」

シバがそう言いながら長い脚でずんずん歩くので、お兄さんと二人彼の後を追って早足で急いだ。


「入って」

人気のない廊下をしばらく進んだ後、近くにあったドアを開いたシバが私達を促した。

「どうかなさったんですか?」

小さな会議室の様な趣の室内に入りドアを閉めたシバに、お兄さんが不思議そうな顔をした。

「この子は?」

シバが私を見ることなく、まずお兄さんに尋ねた。

「あ、友人です。第二後宮の新しい姫の付き人で、図書館を利用してくれているんです」

「ああ、成る程ね。で、何でこんなとこにいるの?ジュジュちゃん」

笑顔のシバに名を呼ばれ、渋々目を合わせると、軽く睨まれた。

お兄さんが驚いた顔をしているので、苦笑して見せる。

「トイレを探していて、迷いました」

そう答えると、つかつかと近寄って来たシバに両頬を引っ張られた。

「ねえ、自分で気を付けるしかないって言ったでしょ?出来ないならさっさと私達の所へ来なさいっていう話をしたばかりだよね?忘れた?」

「いいえ。憶えてます。ごめんなさい」

頬をつねられたまま謝ると、ぺちんと手の平で顔を挟まれ。潰された。

「うー。止めて下さい」

手の平でぐりぐりと頬を回される。

「ジョエは?」

「兵舎です」

シバが溜息付きでようやく手を放してくれた。

「君らはねえ。守り合ってる様で、それぞれ勝手だね。もうちょっとくっついてれば?」

「十分くっつかれてると思います。今回は私が不注意でした」


「あの。シバ様、ジュジュちゃんとお知り合いですか?」

お兄さんが控えめに割って入って来た。

責められ調子の私を助けてくれたのかも知れない。

「ああ」

シバが存在を思い出したと言う様にお兄さんを見てにっこり笑った。

「私はジュジュちゃんの大切な男だよ。ね?」

シバが私に意味ありげな視線を送るので、さっと目を逸らした。

「あんな事言わなきゃよかった」

後悔する私の頭をシバがポンと叩いた。

「そんな寂しい事言わないでよ、ジュジュちゃん。私も君が大事だよ?」

「もう良いです。お兄さん、図書館に戻りましょう?」

シバがふざけ始めたので、話はもう終わりだろうと唖然としているお兄さんに声をかけた。

お兄さんが我に返って瞬く。

「あ、ああ。そうだね。シバ様、では明日また参ります」

お兄さんがシバに頭を下げると、シバが手で制した。

「ああ、お前もう、朝の勉強会参加決定ね。あそこなら彼も逃げないから」

「は?」

お兄さんが首を傾げた。


「あ!どこ行ってた、お前!」

図書館に戻ると、ジョエが入り口から走り出て来たところだった。

「冷や汗かいたぞ。勝手に帰るなって言っただろうが!」

「帰ってないし。心配しすぎだってば」

どうどうとジョエの腕を叩くと、思い切り拳骨を落とされた。

「いったい!」

頭を押さえる私にジョエが言った。

「気を付けろって言ってんだろ!いい加減にしろお前は!」

「まあまあ。トイレに連れて行ってきただけだよ」

お兄さんが私とジョエの間に身体を割り込ませた。

「ああ、あんたが一緒だったのか」

ジョエがようやく落ち着いた声をだした。お兄さんの姿が目に入っていなかったようだ。

「焦りすぎよ」

「何だと」

呆れて言うと、脇に抱え込まれ太い腕で首を絞められた。

「苦しい!し、くっさい!濡れてるじゃん!やだ、放して!」

汗で湿った服で身体に巻き付かれ、本気で嫌だった。

「うっせえ。心配させた罰だ」

ジョエの足を踏んだり蹴ったりして抵抗していると、お兄さんの声がした。

「放してあげてよ。もしかして君達、恋人同士なの?」

もがくのを止めてお兄さんを窺うと、いつものにこやかさはなく怪訝そうだった。

「まさかこんなガキとか!?冗談きついぞ!」

ジョエが大笑いしたので、もう一度思い切り足を踏みつけた。







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