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58 面倒でしょう?


ウィゴはシバが腰に提げていた自分の剣を抜き取り、私から逃げる様に走っていた。

「本当に可愛いですね」

シバが嬉しそうに私を見た。

「ね。それでもやっぱり『ジュジュ』ってかなり恥ずかしいでしょ?」

「はい。実際口に出そうとすると、予想以上に恥ずかしいですね」

シバがあははと楽しそうな笑い声をたてた。

「私も本当に好きな相手には、ふざけてでもなきゃ口に出せる言葉ではないよ。ただ可愛い、愛しいってだけじゃなくて、自分のものっていう独占欲剥き出しの愛情を向けられる相手じゃないと、難しいのだろうね。大して気もない誰かを口説く為に意図的に使う方がよっぽど簡単だよ」


シバの言葉の意味を考えていると、ベンチの背に腕を置いたシバが顔を寄せてきた。

何かと怪訝に思い、シバを窺うと、するりと髪を撫でられた。

「ねえ、私のジュジュ。今夜、君の部屋に忍んで行っても許してくれる?」

普段より柔らかくゆったりとした口調で囁かれ、間近で微笑まれる。

整った顔立ちと甘い声にどきんとするが、細められた目の奥の楽しそうな色にそう酷くなる前に動悸が落ち着いた。


「そう言う使い方だと、恥ずかしさはマシなんですね」

「なんだ、からかい甲斐がないなあ。好きな人でもいるの?ちっとも私に動揺してくれないよね、ジュジュちゃん」

あっさり表情を変えたシバが、面白そうに笑いながら身体を離した。

「動揺はしてますから、こういうからかい方は止めて下さい。私がシバ様に特別な好意を持ってしまったら面倒でしょう?」

げんなりして訴えると、シバが眉を上げた。

「あれ?私を好きになる?」

「ならないとは思いますけど、シバ様に駆け引きで敵うとは思いませんから、シバ様がそうさせようと本気を出されてしまえば、分かりません。」

シバが微笑んだ。

「若いうちは自分に好意を示す相手を好きになりがちだけど、どうせならウィゴ様ではなくて私にするんだよ?ウィゴ様相手じゃ幸せな結末にはなりっこないし、君には彼の傍に姉代わりの親しい侍女として、長く居て欲しいからね」

私がウィゴに惹かれないように、意味ありげなからかいで自分の方を意識させようとしているのだろう。余程ウィゴが大切な様だ。

そしてその事を私に隠そうとしない事がとても好ましかった。


「ウィゴ様の為に、シバ様が無理に私を引き受けられなくても大丈夫です。ウィゴ様を男性として見ることはありません。可愛い可愛い男の子にしか見えませんから。それに、例えシバ様がお相手だとしても幸せになれないのは同じでしょう?」

シバがまた優しく笑った。ジョエが優しいお兄ちゃんでいる時の顔を思い出させる。

「そんな事はないよ。君の事はとても気に入っているし、大事にするよ?君がもう少し大人の女になるまで大事に取っておくよ。間違いなく良い女になるからね」

ウィゴが第一だということは当然だけど、私のことも気遣ってくれていると良く分かる。

「そうして私の恋に恋する熱が冷めるまで、守って下さるんですね?過保護だし、その間に本当に私がシバ様のことを好きになってしまっては辛すぎるので遠慮しますけど、凄く嬉しいです。シバ様がお優しいからウィゴ様も優しいのですね」

剣を振るうウィゴを眺めながらそう言ったが、シバが答えないので続けた。


「私、この世で失いたくない大切な人は、3人だけなんです」

「兄さんと、ジョエと?」

「はい、後はジョエのお母さんなんですけれど。シバ様とウィゴ様を私の大切な人に数えさせてもらっても良いですか?出会って日も浅いのに、こんなに大事にしてもらえて、私お二人が大好きです」

ウィゴの姿から視線を戻すとシバが苦笑いしていた。

眉を寄せて首を傾げると、鼻先を指で優しくはじかれた。

「私が落とされそうだな。光栄だよ。私達も君の大切な人間の仲間に入れて」

「ありがとうございます。私の本当の名は、イリです」

シバが指の背で私の頬を撫で、微笑んだ。


危ないから城に来いとウィゴに何度も言われた。

精一杯心を込めて礼を言って、別れた。

自分が危なっかしいのは、兄さんとジョエに散々言われて良く分かっている。

なのに何故、私はウィゴの誘いを喜んで受ける気にならないのだろう。

元々後宮になど来たくはなかったはずだ。

知識を広げる為なら、自分で図書館に通うより、ウィゴの近くにいる方が有益だ。

給金も同じだけもらえ、自分も安全になり、その上自分の失態で兄さんとジョエを危険に晒すこともなくなる。

多分私は3人の為にも、今すぐに城に移るべきなのだと思う。

でもまだ今は、そうする気にならない。

私が気を付ければ良い。

せっかくの機会を自ら手放しここに残ることを決めた。

私のせいで、兄さんとジョエを危険に晒すことだけは絶対に出来ない。

緑の小道を進みながら、今更ながら気を引き締めた。






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