53 良いよすぐ済むし
「お前、アレを散歩に誘うとか言ってなかったか?」
ジョエが昼食の後突如そんなことを言った。
私は言ってないし。ジョエが私に誘えって言っただけだし。
ジョエを睨むが、全く私の言いたいことは伝わっていなかった。
「天気も良いしよ、行って来いよ。アレも一日中そこに座りっぱなしじゃ痔になるぞ」
馬鹿笑いするジョエを見て、非常に残念な気持ちになる。
優しくて強くて、見た目も良いのに、どうしてこう残念なんだろう。
失礼なことを言われた兄さんを横目でこっそり窺うと、こちらも残念を通り越して憐れむような目でジョエを見ていた。
分かる。分かるよ兄さん。何か可愛そうだよね。
「ほら、立て。本でも持って行きゃいいだろ。どうせ勉強すんなら外でやれ、日に当たって外の空気吸って来い。カビが生えるぞ」
日当たりの良いこの部屋で毎日しっかり換気もして、カビも何もないが、確かに部屋に籠りきりなのは不健康だし、勿体ない気がした。
「そうねえ。天気良いしね。兄さん、東屋に行く?人目もないし、テーブルもあるし、勉強もしやすいし、ぽかぽかして気持ちいいよ?」
ジョエの能天気さにのせられ兄さんに誘いをかけるが、いつもの様に微笑まれた。
「ここも十分ぽかぽかだよ。ジョエと図書館に行っておいで。新しい本も借りて来て欲しいし」
そう?と、引きそうになった私に先んじて、ジョエが兄さんを非難した。
「俺にばっかり子守り押し付けてんじゃねえよ。今日は今から用がある。イリはお前が見てろ」
「何よ!私が邪魔なだけじゃないのよ。一人でも平気よ!さっさと行っちゃえ、ジョエのばーか」
ドアに手をかけようとするジョエに言うと、笑い声が返った。
「偽腹取ったら一晩中一緒にいてやるよ!」
「いらん!」
また、ジョエが大声で笑いながら部屋を出て行った。
「ほんっとに馬鹿なんだから」
「ああ言う馬鹿がうようよしてるんだから、気を付けるんだよ?ジュジュ」
独り言のつもりだった言葉に、不意に兄さんの声が続いて驚いた。
「え?ああ、分かってる。し、こんな恰好じゃ、ああ言う馬鹿は寄り付かないし。大丈夫よ」
「そう言う油断をしないように、気を付けてって言ってるんだよ。全然分かってないね」
兄さんの微笑む視線にお腹が痛む。
痛むけど、ウィゴに同じだと言われたけど、私の方は大分マシになっているなと感じた。
今の時点では間違いなくウィゴの方が辛いだろう。
だって、目は冷たいけど一応気を付けろって言ってくれてるんだし。
「分かった」
「疑わしいね」
言葉通りとても不審そうな目で見られた。
「どうする?私、庭で本読むけど、兄さんも行く?」
「僕が行かなきゃ一人で行くつもり?ジュジュ。誰かそこに来ないの?」
首を傾げる。
「来ないわよ、一人で行くんだから。衛兵は見回りに来るかもしれないけど」
庭に出た最初の日に、小道を戻ってきたところで遭遇した。
その後ウィゴがいる時間は、ウィゴ付きの兵が周りを見張っているらしかったが、
今の時間だと後宮の兵が戻っているだろう。
「兄さんは人目があると不味いか」
何だか大問題を忘れがちだけど、兄さん男の姫だもんね。
兄さんが溜息を吐いた。
「違うよ。そう言うのに気を付けないといけないのはイリだよ。やっぱり分かってないね。もう良いよ。行くよ」
溜息を吐かれたことに再びお腹が痛くなったが、どうやら兄さんは衛兵がジョエの様な馬鹿かも知れないと心配しているらしい。
子供にしか見えない私には必要のない心配だとは思ったが、折角兄さんが外に出る気になっているので、何も言わないことにした。
「兄さん、髪は結って出る?」
ソファから立ち上がろうとしていた兄さんに声をかけた。
「うん、簡単にやってくるから、ちょっと待ってて」
結うと言っても、上半分をまとめるとか、片側を編み込んで一方に流すとか、緩い簡単なものがユールの流行らしい。
それならば私でも十分出来る。意を決して口を開いた。
「やろうか?」
「良いよ。すぐ済むし。自分の準備をしてて」
笑顔であっさりと断られた。
ウィゴ様。私、頑張ってますよ。お互い頑張りましょう。
ウィゴ様も10年位したらきっと、冷たい視線に慣れる日が来ます。少し、少しですけど。お腹は痛いですけど。




