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4 たくさん食べて行きな!


食堂は活気に溢れていた。後宮の中は静かなものだったが、どこに隠れているんだと言うほどの使用人が潜んでいる様だ。

食事を受け取る列に並ぶと、厨房の中から料理を渡していた元気の良いおばちゃんに声を掛けられた。

「あら新入りさんだね!そっちの良い男も!」

「はい。今日からです。よろしくお願いします」

軽く頭を下げるとおばちゃんが頷いた。

「ああ、今日来た姫様のとこだね?珍しい衣装だねえ。綺麗なもんだ」


兄さんに渡されるまで目にしたこともなかった遠い地域の衣装は、上衣からひと続きになった前合わせの長い生地を、指4本分程の広さの柔らかい帯を用いて腰で締める形のもので、足先に向かって広がる裾はかかとを覆うほど長く、使用人用だというこの衣装でさえも私の目には特別の日のドレスの様に映った。

同じ形とは言え兄さんのものに比べてしまうと生地の柔らかさや量などその違いは明らかだが、紺一色のこれも確かに綺麗だった。


「ありがとうございます」

感心したように私を眺めていたおばちゃんに礼を言うと、笑ってくれた。

「姫様の食事はもう誰か取りに来たかい?」

「いえ、要らないっておっしゃってて。お伝えするべきでしたね。すいません」

謝る私におばちゃんが大声で笑う。

「姫様の我儘なんて聞きなれてるよ!じゃあこっちで処分するからね」

「はい」

勿体ないなあと言う気持ちが顔に出てしまっていたのか、おばちゃんが私に顔を寄せて小声で言った。

「次からはあんたが持ってって食べな。今日は厨房で食べちゃうからね」

「はい、良かったです」

捨てられないんなら良いんです、と思ったのも伝わったようで、おばちゃんがにこにこして頭を撫でてくれた。

「良い子だね。こっちも作り甲斐があるよ。使用人用のまかないだって味は一流だよ。たくさん食べて行きな!」

てんこ盛りにされた皿を見て喜ぶ私の頭を、おばちゃんがまた撫でてくれた。

後ろに立つジョエを窺うと、明らかに笑うのを堪えている腹の立つ顔をしていた。


「気に入られたな。おかげで俺まで大盛りだったし」

来た通路を戻りながら、ジョエが面白そうに笑う。

おばちゃんが言った通りご飯はとても美味しかった。

自分がいかに料理下手だったのかを自覚した。

嬉しい。これから毎食美味しいご飯がお腹一杯食べられる。

「最近ひもじい思いはしてなかったけど、こんなに食べるのは初めてだわ。お腹がはち切れそう」

歩きながら苦しげに息を吐く私を見てジョエが声を上げて笑う。

「食い過ぎだよ。吐くなよ」

「そんな事は死んでもしません。ちゃんと食べきれない分はジョエにあげたでしょ。ジョエのお腹どうなってるのよ?」

あんなに食べてケロッとしているジョエのお腹が理解できない。

「身体がお前の倍あるんだから、倍食って当然だろ」

国兵学校に入る為家を出て以来、驚くほど大きく成長したジョエの身体を見上げて納得する。

この身体と筋肉を維持するには、大量のご飯が要るだろう。

ジョエが食べたのは私の倍以上だ。それに体重も倍以上ある気がする。


「お腹減らないのかしらねえ」

勿論兄さんのことだ。

体格が全く違うとは言え、ジョエと同年代の同じ男なのに。

「さあな」

ジョエが適当に答えた。

「さあなって」

「一食抜くぐらいどうってことないだろ。明日食えれば良い」

ジョエが私を見下ろして笑う。

確かに。明日食べられる。そう分かっているのなら1日くらい食べなくても何てことは無い。

今すぐにでも食べなければ死んでしまいそうなのに、何日もろくに食べられない様な生活をしてきた経験がある。

「そうね」

そうなんだけど、食べられるようになってからも、そうしてくれた兄さんだけがあんなに痩せているのが気になる。

「お前は気にせず好きなだけ食えば良いんだよ。あいつだって食いたきゃ食うさ」

ジョエが優しい顔をして、ポンと私の頭を叩いた。


「今日は良く頭を撫でられるわ」

眉を寄せてそう言うと、ジョエが笑った。

「お前が情けない顔すっからだろ。お前おばちゃんに確実に小せえガキだと思われてたな」

「煩いわね。子供じゃないって言ってるでしょ」

不貞腐れてそう言うが、ジョエはそんな私を鼻で笑い、ニヤニヤしだした。

「大人になりたきゃもっと食って、胸に肉をつけろよ。それじゃ、子供に間違われても文句言えねえだろ」

一応前後の人気を確認した。

私の胸元と腰回りを見ながら明らかに大笑いしたいのを堪えているジョエのふくらはぎを、靴先で思い切り蹴った。







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