40 何が嘘だって言った?
昼食を兄さんと言葉無くとった後、図書館に行くからと、ジョエを連れ出した。
「ねえ、今朝の話の続き」
広々とした芝生の中に伸びる、広い石敷きの通路を歩きながらジョエを見上げた。
「ああ、あれな。口止めされたから言えねえ」
「どうして」
ジョエの腕を引き文句を言うと、困ったように見下ろされた。
「あいつが、お前が憶えてないものをわざわざ言わないで良いって言うし、俺もそう思うからだよ」
「どういう意味?何を?」
「だから言えねえんだって。俺はどう言えば大丈夫なのかが分かんねえから、聞きたいならあいつに聞けよ」
「だって聞いても教えてくれないんでしょう?ジョエから聞き出すしかないもん」
しばらく私を見下ろしていたジョエが溜息を吐いた。
「あの辺に座るか。でも話さねえぞ」
「良いわよ。聞き出すから」
ジョエの腕を引っ張る様に、少し離れた場所に見える木陰のベンチに向かった。
「何を言えないの」
「それは言えん」
頬を膨らませると片手で潰された。
「こんなガキがあの身体だとはなあ。信じられねえ」
「今関係ないでしょ」
布の詰められた私の腰回りをじろじろと見下ろし、あげく撫でようとするジョエの手を叩き落した。
「どうして言えないの」
ジョエが面倒そうに溜息を吐いた。
「さっきも言っただろ。お前が知らねえ方が良いからだよ」
「どう言う意味?」
「意味も何もそのままだよ」
「どうして知らない方が良いの?もしかして、私達の血が繋がってないってこと?」
ジョエが目を見開いて、その後大声で笑いだした。
「そんな話じゃねえ!お前色々考えすぎてとんでもねえことになってんな!もう気にすんな」
ジョエが優しい顔で私の頭を撫でた。
ジョエはきっと血のことは知らないのだ。
知っていることをこんなに器用に隠せる性格ではない。
「じゃあ何よ?何の話?気になるに決まってるでしょ?」
撫でられながらジョエを見上げて睨むと、ジョエが一度視線を下げてから目を逸らした。
何かいやらしい事でも考えていそうだ。
本当に空気が読めない男だ。
「ちょっと。何考えてんの?私が悩んでんのに信じられない」
「悪い悪い。昨日のあれがあまりに衝撃的だったからよ。お前背は小せえのに女っぽい身体してたよなあ」
「思い出すな!」
ジョエの両頬を手のひらでバンと挟んだ。
「いてえ」
「ねえ、私が勝手に思い出したんなら問題ないでしょう?思い出したことにして教えてよ。何隠してるのよ」
「そんな事したって俺が喋ったってばれるに決まってるだろ。馬鹿言うなよ」
頬をさすりながらジョエが言った。
「じゃあ、兄さんには聞いたってこと絶対に言わないから!知らない振りする。ね?」
ジョエがもう一度優しいお兄ちゃんの顔で私の頭に手をのせた。
「駄目だ。聞いたってお前が辛いだけだ。お前が言わなくても、あいつにもすぐばれる」
「私が辛いことだから二人で隠そうとしてるの?」
私がそう尋ねると、ジョエが不味かったなと言う顔をした。
「あー、いや別に」
全く誤魔化せていない。
「兄さんが私を殺めようとしたことよりも辛い?」
そう尋ねると、ジョエが目をむいた。
その信じられないと言う驚愕の表情がジョエのものとは思えず、心臓がぎゅっと縮んだような心地がした。
「ちょっと待て!お前今、何て言った!?」
「な、なに?」
あまりの剣幕にジョエから距離を取ろうと後退るが、肩を掴まれた。
「お前!アレがお前を殺そうとしたと思ってんのか!?」
間近から怒鳴られて目を瞑り身を竦めた。
ジョエがそんな私に気付いたのか、声を落としてもう一度尋ねた。
「アレがお前を殺そうとしたと思ってるのか?」
どうしてそんな事を確認されるのか分からない。
だってジョエは兄さんから話を聞いているはずだ。
なにか違う話を聞いているのだろうか。
「っだ、だって。無理矢理、息を止められて。私の記憶がおかしいの?」
不安になりジョエに尋ねる。
ジョエが私の肩から手を離した。
「肝心なことは忘れてそこだけ憶えてんだな。それも一緒に忘れちまえれば良かったのになあ。ずっとそんな風に思ってたのか?」
頷くと酷く優しい顔で頬を撫でられた。
そのジョエの表情に安心したのか不意に涙が溢れそうになる。
「泣くな。そうだよな、ちょっと考えれば分かったのになあ。俺はやっぱり頭悪いな。アレはずっと、お前にそう思われてんの知ってたんだろうな。そのくせしゃべんなとか。本当に呆れるほどお前のことばっかりだな」
「な、に?」
訳が分からずジョエに問う。
「アレはお前を殺そうとしたんじゃない。守ろうとしたんだよ。何でアレがお前を殺そうなんて考えるんだよ」
ジョエが呆れた様に私を覗き込んだ。
「それは、飢えがきつくて、私が邪魔だったんだと。私の見た目のせいで兄さんも生きにくかっただろうから」
「邪魔!?阿呆かお前は。アレがお前を邪魔に思って殺すなんてあるかよ。お前らいい加減にしろよ。そんな事考えるお前もお前だけど、そんなこと思われてて話さねえアレも大馬鹿だな」
涙を堪えるのに必死で、ジョエの言葉が良く理解できなかった。
「待って。分からない。兄さんは私を守ろうとしたって?」
ジョエが笑った。
「ああ、もうこうなりゃアレとの約束は反故だな。お前よりアレが気の毒になって来た」
全く意味が分からず眉を寄せる私に、ジョエが続けた。
「お前、両親が何でいないのかアレから聞いてるか?」
「流行り病で亡くなったって」
ジョエが頷いた。
「だろうな。そこが盲点だったな。怯えるから両親の話はお前にするなって言われてたから、話題にしたこともなかったしな。それが嘘なんだよ」
「は?」
ここまでの長い問答の末、やけにあっさりと告げられた事実に思考が途絶える。
「え?何が嘘だって言った?」
ジョエが苦笑する。
「だからな。お前の両親は流行り病なんかで死んだんじゃねえ。お前らの目の前で、殺されたんだってよ」
一気に血の気が引き、座っているのにもかかわらず眩暈がしそうでぎゅっと目を閉じた。
その間も、全身の血がずずずと地面に吸い込まれるように感じ、気が遠くなった。




