33 食べていないじゃない
「お昼ご飯でーす」
寝不足に加えさっき泣いたことで一層ぼんやりする頭を何とか動かし、カートを押して部屋に入った。
「ジュジュ?」
呼ばれてソファにいる兄さんを見ると、薄い笑顔に怪訝な色が浮かんでいた。
「何?」
何もないだろう。泣いて腫れた目を見て言っているに違いない。
私から拒絶の空気を感じたのか、兄さんが笑んだまま口を噤んだ。
さっさと食事をテーブルに準備する。
兄さんが椅子に腰を降ろすのを待って、食べ始めた。
今朝も殆ど会話していない。
当たり障りない話題を探す気力もなかった。
眠いし怠いし目は腫れて熱いし。
さっさと食べて昼寝しよう。今なら倒れる様に寝られそうだ。
「ジュジュ?王子か護衛に何か言われた?」
護衛に何かは言われたけど、私の態度の悪さの原因はシバではなく兄さんだ。
「別に」
顔も上げずに答えると、兄さんがまた沈黙した。
俯いて食べながら、また涙が零れそうになる。
兄さんは私を嫌って当然だから、兄さんを責めないって決めたのに。
兄さんのことで辛いのは確かだけど、これじゃあ完全に八つ当たりだ。
「護衛が」
俯いたまま話し始めたが、すぐに口ごもった私を兄さんが促した。
「うん。護衛が?」
目を見ることは怖くて出来ないが、声だけで判断すれば私の態度の悪さに腹を立てている色はなかった。
「私が身元を偽っていることを知ってるって。言われた。罰しはしないと言われたけど、何をどこまで知られてるのか分からない」
兄さんが完全に食事の手を止めたのが見えた。
俯いたまま兄さんの答えを待った。
「そう。その護衛の名前は?」
「シバ」
兄さんが息を吐いた。
「大丈夫。心配ないよ。その護衛は、僕をここに入れてくれた人間が信頼している男だから」
「何がどうなってるの?ここは新しい姫を求めていなかったと聞いたけど」
兄さんの顔を見ない方が話せる気がして、俯いたまま尋ねた。
「そうだよ。ここは1年と経たずに、女性官僚達の寝所に作り替えられる。内情が分かっているからこそ君を連れて来たんだ。ばれれば即打ち首なんて危険のある所へ君を連れて来る訳ないだろう?ジュジュ」
訳が分からない。
「ばれても打ち首じゃないの?」
「王子の護衛には大丈夫だけど、他の奴らにはばれちゃ駄目だよ。体面上罰せられなければ仕方なくなってしまうから」
一層分からなくなり、耐え切れず顔を上げた。
「分からない。私はどうしたらいいの?シバに私自身の事を話して良いかどうか、姫様に確認をしてこいと言われたわ。どう言う意味?」
兄さんが予想に反せず冷たい目で私を見ていた。
この吸い込まれそうに薄い青が憎くて悲しい。やはり見たくなかった。
「それを僕に聞くの?僕に分かる訳ないだろう?今まで何を話したんだい?」
兄さんの目から顔を逸らし、思い返しながら答える。
「年を誤魔化しているのはすぐにばれてたみたい。後、貧しい暮らしをしてたって。子供の頃の話を友人のこととして話したわ。でも自分のことだとばれた」
悄然とする私に、兄さんが呆れた様に笑った。
「そうなの。まあ良いよ。君が話した相手が他の誰かじゃなくて良かったよ。彼が知っているのは僕の素性で、僕と君の関係は知らないはずだけど、ばれても特に問題はないよ。確かに罰せられる訳ではないし」
頭が働かず理解出来ない。
「え?兄さんの素性って?」
そう尋ねると、兄さんが身体の芯が凍えるほどに冷たい眼差しで、緩く微笑んだ。
「僕が男娼で、男の客を取っていたということだよ。ユールなんて地ではなく、あの荒んだ僻地でね」
これ以上は受け付けられず、必死で食事を詰め込み、昼寝すると宣言して自室に入った。
分からない。どうして城の人間に男娼だと知られていて咎められないのか。
兄さんがここに入ることを後押しした人間とは一体誰なのだろうか。
兄さんは確か、苦労せずに毎日お腹一杯ご飯を食べられる生活がしたいと言っていた。
食べていないじゃない。
お腹一杯になんて見えない。
このままでは、兄さんがここにいるのは私をお腹一杯食べさせる為だとしか思えない。
他に何か目的でもあるのだろうか。
もう男娼として客を取りたくなかった?
それなら、今になくなってしまうここから出された後の仕事を見つけるべきだ。
兄さんは今のところ一日中部屋に閉じこもり、私が押し付けた文字の勉強以外何もしていない。
ここを出たらまた元の生活に戻るつもりなのだろうか。
私に、王都で先の仕事が見つかるかも知れないよと言っていたのを思い出す。
あの地に残っても、自分の様な仕事はあっても、君に相応しい仕事は見つかりっこないとも言っていた。
私に図書館を勧め、勉強道具を持ってきたことを喜び、難しい本が読めて凄いねと褒めてくれた。
もしかして、私の知識を広げ、職を見つけることが目的の後宮入りだったのではと、そう思いたい様な、そうであっては困るような、混乱した気持ちのまま眠りに落ちた。




