26 色っぽかったから
「何やら難しそうな本を読んでるね?勉強したいのならウィゴ様の授業のさらいに付き合わない?ここでウィゴ様と毎日勉強してくれると助かるんだけどなあ」
シバの申し出に驚いた。
「それは有難いお話ですけど、内容が一般向けではないのならお断りします。面倒事は避けたいので」
「お前本当に無礼だな。面倒って何なんだよ」
シバが笑った。
「当然だよ。君を危険にさらすつもりはないよ、ウィゴ様に恨まれるし。それに君には物足りない内容だろうから、横で自分の本を読んでるだけでもいいんだ。自習時間に一緒に勉強する仲間がいるのは心強いものだろう?」
学校は針のムシロだったのでその気持ちを実感したことはないが、ウィゴが一人きりで机に向かうよりはやる気を出す様な気はした。
「邪魔にならないのでしたら喜んで」
関わりたくないと思っていたはずなのに、返答が気になるのか私の顔を盗み見るウィゴが可愛くて、思わずそう答えていた。
私に目を合わせることはしなかったが、明らかに嬉しそうな表情をみせるウィゴが微笑ましかった。
「ウィゴ様、やる気がでたところで、ジュジュちゃんに剣の型を見せてあげたらいかがですか?あの、様になってる最初の方だけで良いですから。まだ不完全な部分は見られるようにしてから披露しましょう」
シバがウィゴに抜身の剣を放る。
ヒヤリとしたが、立ち上がりながら危なげなくそれを受け取ったウィゴは、軽く一振りして開けた場所へ歩いて行った。
そして、どこに才の無さを心配する必要があるのかと思うほど滑らかで切れのある動きで、身長に不釣り合いな長さのシバの剣をしっくりと馴染ませ振り回し始めた。
「何故あんなに自信がないのだろうと思った?」
ウィゴのかわりに私の隣に腰掛けたシバを見て頷くと、彼は明るく笑ってウィゴに視線を戻した。
「子供扱いし過ぎてるのかなあ。剣の才は認めてるし、伝えてもいるはずなんだけどね」
「シバ様のせいだとは思いませんけど。周りに余計なことを吹き込む人間がいるからではないですか?」
自分もウィゴに視線を戻し、昨日の話のくだらない男を思い出しながら言った。
「ああそうかも、何か言われたのかもな。私も昔、剣を極めたところで国に使い捨てられて死ぬだけだと言われて悩んだことがあったな」
「城が不自由なあの方にですか?」
「その方だな」
「本当に最っ低ですね」
吐き捨てるとシバがまた笑った。
「明日からもこの時間帯にここに来てくれる?最低な大人達とばかり触れ合っているより、君と過ごす時間の方が彼には有益だと思うんだよね。私と鬼ごっこしているのもそろそろ飽きて来ただろうし、運動ばかりではなくて勉強もして欲しいし」
鬼ごっこも運動のうちだったようだ。
「ところで君、そのお腹周りの無粋なものは何の為?」
隣のシバを見上げると、にっこりと私を見下ろしていた。
「彼に害を与えるつもりはなさそうだからそう気にしてはいないけど、念のために理由を教えてくれない?一応護衛としての仕事もあるし、他言はしないから」
笑顔だが威圧的な態度に、認めなければ一層疑わしいだろうなと渋々答えた。
「男性に目を付けられると面倒だからと、主に強制されています」
表情に自分は望んでいないと出ていたのだろう。シバが笑う。
「そう。姫様がねえ。小柄だし、可愛らしい顔立ちだから確かに子供にも見えるね。一応虫除けにもなるだろうね」
「どうして気付かれたんですか?」
明るい表情にホッとし尋ねると、シバが面白そうな顔をした。
「子供ではないことに?お腹に?」
「どちらもです」
膨れて言うと、ウィゴとお揃いの優しい茶色の目が悪戯に輝き、私の目を覗き込んだ。
顔の近さに息を詰めていると、茶色の目が細められちらりと意味ありげに視線を下げた。
「脚がねえ、凄く綺麗で色っぽかったから。もう少し年がいった方が私は好みだけど、私が子供の足に色気を感じるはずもないし、あんな脚の娘がそのお腹はあり得ないよ」
「はあ、そうですか」
思わぬ理由に呆れていると、シバがあははと笑った。
「話せば子供ではないし、感触も明らかにおかしかったしね」
昨日ぎゅうぎゅうされていたのは、中身を確認する為だったらしい。
ウィゴと大騒ぎしていて気付けなかった。
「中の布?を外して、その素敵な衣装を着ている姿を見てみたいなあ。姫様が過保護になるくらいだ。余程可愛いのだろうねえ、ジュジュちゃん」
目を逸らす私の顔を無理矢理覗き込んでからかってくる。
優男風の顔立ちと細身の体形で外見の印象は全く違ったが、女好きでからかい好きという点はジョエと良く似ている様だ。
ジョエは抱き付いても服の中の異物に気付けないお馬鹿さんだけど。
「何をやってるんだ、シバ!離れろ」
うんざりとシバから逸らし続ける私の目に、こちらに戻って来るウィゴの姿が見えた。