21 憐れむ独白
「でも、王子は不自由なんだ」
自分に言い聞かせるような口調に首を傾げた。
「ご自分で不自由だと感じられるならそうなんでしょうけど。ああ、誰かウィゴ様にそう言った人がいたんですね?」
俯いたままだったが、否定しないのでそうだったのだろう。
「大人げない事をする人がいますねえ。その人がどう思おうとウィゴ様には関係ないのに。その人に言われなければそんな事まだ思われなかったでしょう?不自由だなんて考えるのは大人になってからで良いんですよ。せっかく恵まれた環境があるのに、余計な事を言って子供が楽しく過ごせない様にするなんて信じられない。ウィゴ様はこの国一幸せですよ。お腹一杯食べられるし、守られているし、好きなだけ勉強出来るんですから。お友達作りだけ頑張れば絶対楽しく過ごせます」
王子が無条件に幸せだなんて勿論思わないけど、せめてこの憎たらしくも可愛い少年が、子供時代を楽しく過ごせることを願う。
「その人が何を不自由だと感じていたのかは知りませんけど、城から出られないことより辛い目に遭ってる人間は死ぬほどいますからね」
「お前の友人か?でも、城にいるより腹を減らして死ぬ自由が有る方がマシだって、言ってたのは俺じゃない」
堪え切れず怒りに引き攣る私の顔を見て、ウィゴが焦って言い訳をした。
「そうですか。良かったです。ウィゴ様がおっしゃったんでしたら今頃力一杯拳骨して、シバ様に切り捨てられていました」
性根の良さそうなこの子供を、わざわざくだらない考えを持つ人間にしようとしている奴に腹が立って仕方がなかった。
不安そうな顔を見せるウィゴに気付いても強張っているだろう自分の表情を取り繕うことさえ出来ず、吐き捨てる様に続けた。
「空腹を簡単に考える者は本当の飢えを知らないんです。自分だけなら諦めて死ぬのも良いかも知れませんね。だけど、人は皆、大抵守りたい誰かがいます。私の、友人の兄は、妹を飢えで死なせないために、幼い頃から自分の身体を、汚い男達に売って、・・・」
途中から私達兄妹を憐れむ独白じみてしまい、思わず言葉につまり、結局涙があふれた。
我に返り、慌てて手の平に顔を伏せた。
「ごめんなさい。ウィゴ様にする話ではありませんでした」
顔を伏せたまま懸命に涙を引っ込めようと努力するが、こんな話を他人に向けて口に出したこともなかったせいか、次々と溢れ出す涙はとどまるところを知らなかった。
それでも何とか涙を止めなければと、袖で強く目元を押さえていると、不意に頭に軽い何かがふれた。
「泣くな。悪かった」
ウィゴが頭を撫でてくれている様だ。
子供に気を使わせてしまい、情けなくて首を振る。
威張った王子様はどこに行ってしまったのだろう。やはり素直で優しい可愛い子供だ。
「いいえ、ウィゴ様が謝られることはありません。その、城が不自由だとか、飢えで死んだ方がマシだとか言う、くだらない人間を紹介して頂いてもよろしいですか?」
しゃくり上げながらそう言うと、今度は頭上から笑い声がした。
頭に感じる軽い小さな手の感触に、もう一つ重たい大きなものが増える。
「紹介させてどうするつもり?」
頭に二人分の手をのせ顔を伏せたまま、唸る様に答える。
「分かりません。殴ろうかな」
また、シバの明るい笑い声が聞こえた。
自らを憐れんで大泣きした自分が馬鹿らしくなる。ああ、涙も止まりそう。良かった。
「止めた方が良いかもね。君が殴ったって大して堪えないだろうし、不敬罪で罰せられるだけで無駄だよ」
「そうですか。偉い人ですか。当てはあるので人に頼みます。不敬罪は免れないけれど半殺しくらいには出来るかも知れません」
シバが噴出した。
「ああ、当てってあれでしょ?さっきの激臭を放つ汚物の持ち主じゃないの?」
「ご存じなんですか?」
不思議に思い尋ねる。
「兵士用の風呂場で、全裸で力比べしてたって奴でしょ、きっと。全勝とは行かなかったみたいだけど、良いとこまで行ったみたいだよ。彼なら有望だね」
袖で目元と頬を強く拭って顔を上げた。同時に二人の手が私の頭から離れた。
「何やってるんですかね。本当に馬鹿なんだから」
シバが私を見下ろして笑い、隣に座るウィゴは心配そうな顔で私を見ていた。
「ウィゴ様ごめんなさい。遊びに来たのに楽しくなくなりましたね。明日は隠れんぼしましょうか」
ウィゴを見て意識的ににっこり笑ってそう言うと、シバが私の隣に腰を降ろした。
無理矢理大きな体を押し込まれたので、自然とウィゴの近くへ押しやられた。
シバに怪訝な目を向けると、ウィゴと同じ色の目が私を見て笑った。
「君、良い子だね。ぎゅーして良い?」
「は?いや良くないです!」
シバがウィゴをからかう時の愉しげな顔で腕を開く。
「いやいやいや!ちょっと、止めて下さいって!」
ゆっくり近づいて来るシバから逃げるために後退ると、当然ウィゴにぶつかった。
「おい」
私に圧し掛かられて嫌がるウィゴの声が頭の後ろで聞こえたが、知らない男に抱き締められるより知らない子供に抱き付く方が良い。
ベンチから下りられない様に長い腕で私を囲い追いつめて来るシバを避ける為、ベンチに足を上げウィゴの身体の後ろに無理矢理自分の身体を押し込んだ。
「あ、今度はウィゴ様を盾にしたね。無駄だよ」
「止めろ、シバ」
にやつくシバが、ウィゴごと私の背中に長い腕を回して強く締めた。
ウィゴを間に挟んでぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「何なんですか、これー!」
「止めろって!何で俺まで!」
ウィゴが頭を振るのでサラサラの髪が頬にふれてくすぐったい。
「間にいるからですよ。でも嬉しいでしょう?良かったですねえ、ウィゴ様」
「何がだ!」
「ウィゴ様!頭振らないで下さいー」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私達を無視して、力の強いシバはしばらく私達を解放してくれなかった。
大騒ぎのおかげで、さっき泣いたことを考える余裕もなくなった。
ウィゴの一番近くには優しい大人がいる。
ウィゴはきっと幸せだと思った。
明日また遊ぶ約束をして、シバに促されウィゴが戻って行った。
勉強時間の脱走中だったらしい。
脱走中に遊んでいていいのだろうか。
明日は何故真面目に勉強しないのか聞いてみようと思った。




