20 外は危険
少年の方を向くと、一度合った目が慌てて逸らされた。
「俺は別にお前と遊びたかった訳じゃないぞ。シバが勝手に」
そう言うので、一応申し出てみた。
「では戻ってもよろしいですか?」
「駄目だ」
睨まれた。
「そうですか。残念です。ではお話されますか?座ってもよろしいでしょうか?」
ベンチを指すと、ウィゴがふくれっ面で頷いた。
サラサラのやわらかな茶色の髪が揺れて、スッキリした顔立ちが一層可愛らしくうつった。
ウィゴが先に座るのを待ってから、同じベンチの少し離れた位置に腰掛けた。
「お前、名は何と言う」
しばらく黙って剣を振るシバを眺めていると、不貞腐れた声が聞こえた。
ベンチの上でもう一度胡坐をかいたウィゴに身体を向けて答える。
「ジュジュと申します。私は何とお呼びすればよろしいですか?」
ウィゴが視線を逸らした。
待っているとそっぽを向いたままポツリと呟いた。
「ウィゴで良い」
「分かりました」
そう答えるとウィゴが驚いたように私を見た。
「お前は、嫌だと言わないのだな」
首を傾げる。
「嫌だと言う人がいるのですか?」
ウィゴが嫌そうな顔で頷いた。
「皆そう言う。保身を考えてそうしているのは分かるけど、王子や殿下と呼ばれると蔑まれている様で友達だなんて思えない」
変声期前の少年の口から、保身や蔑まれているなどと言う言葉が出て少し驚いた。
「そんなことはないでしょう?ただ不敬だからというだけだと思いますけれど」
「お前は不敬だとは思わないのか?」
「ウィゴ様ご自身が良いとおっしゃっていますし。ああでも、周りの目があるところでは私も呼べないかも知れません」
ウィゴが面白くなさそうな顔をする。
「何故だ?」
「いくらウィゴ様が良いとおっしゃっても、頭の固い偉い人達に目を付けられては私がここで生き辛くなりますから」
「俺が許しているとその連中に言えば済むことだろう」
苦く笑って首を傾げた。
「表面上は済むでしょうけれど、私が目を付けられて生き辛くなることには変わりありません」
ウィゴが腕を組んで膨れた。
「俺と親しくすれば生き辛くなるということか。俺が面白くないのは頭の固い連中のせいか」
「お友達よりはそちらを責められた方が良いと思いますけど。お友達を責めていては遊んでくれなくなりそうですし」
ウィゴが沈黙した。
「お友達がいなくて面白くないんですか?」
認めたくないのか、睨まれた。
「王子と呼ばれても蔑まれているとは限りません。中にはそういった友達になる必要もないような人間もいるでしょうけれど、ウィゴ様もおっしゃっていた様に私と同じくただ保身の為にそう呼んでいるだけの子もいるはずですよ」
ウィゴが不貞腐れたような可愛らしい難しい顔をして、私から目を逸らした。
「友人の事だけではなく、王子という立場は不自由なんだ」
また違和感のある言葉がウィゴの口から出た。
「そうですか?何が?」
ウィゴが当然だというように私を見た。
「何がって、一人で歩けないし、城の外にも殆ど出られないし」
不思議で首を傾げた。
「何をなさりに一人で城外に行きたいんですか?」
「え?」
ウィゴが怪訝そうに私を見た。
「王子様なら何でも城の中で出来る様になっているのではないんですか?ご飯もあるし、お勉強も先生が来て下さるんでしょう?お友達とは言えなくても、同年の子供達とのお付き合いも城であるようですし、何をなさりに城の外に行きたいのかなあって」
ウィゴが頬を可愛く膨らませて言った。
「それはそうだけど、城の外にあるものが見てみたい」
「ああ、成る程ですね。見たことがないものは確かに気になりますね。でもそれはやっぱり、護衛の方と一緒に十分用心なさってではないと。城下は危険がいっぱいなんですから」
ウィゴが面白くなさそうに私を見た。
「お前も他の奴らと同じことを言うんだな。外は危険、そればかりだ」
初めてちゃんと話すのに、私が言わないと思っていた根拠を聞きたい。
「外で生きて来て、事実として知っていますから。王都に暮らしたことはありませんけれど、どんな街だってきっと、路地を入れば日の当たらぬ場所があるはずです。子供が一人歩きすればいつ死んでもおかしくありません。それでもわが身を守れぬ幼い子供が一人で出歩くのは、貧しさ故そうせざるを得ないからですよ。王子様がわざわざ一人で出歩くなんて考えられません」
ウィゴが怪訝そうに眉を寄せた。
「お前がそうだったということか?」
自分の話としてはまずいかも知れないと、緩く首を振った。
「いいえ、そうして生きてきた友人がいます。幼い頃、人攫いや大人からの暴行に怯えながら食べ物を探して街を歩き回っていたそうです。危険なことは分かっているけれど、食べ物はどうにかして手に入れないと死んでしまうし」
気を失うほどの飢餓感を思い出しお腹が痛くなる。
実際は、動くなと言いつけられていた私が一人で歩き回ったこと等ほんの数回で、兄さんが小さな食べ物のかけらを手に戻るのを待つばかりだった。
それでも、空腹に耐えきれず外に出て、ごみを漁る時のすえた臭い。食べ物を無心した大人に蹴られ流れた血の赤色。引きずられ切り落とされた黒。
強烈な思い出の断片が次々によみがえる。
当時私には空腹以外の事を気にする余裕はなかったが、子供の頃から綺麗だった兄さんが、あの街を一人で歩き回るのがどんなに恐ろしかったか今となっては良く分かる。
「どこの話だ?ユールか?」
ウィゴの声に我に返った。
まずいかも知れない。私は偽りの出身国ユールのことを詳しく知らない。
「友人はこちらの出身です。王都にはそこまで荒れた場所はないのかも知れませんけど、確かにこの国の話ですよ。だからウィゴ様が簡単に外に出られないのは当然の話です。危ないんですから。ご飯が好きなだけ食べられて、好きなだけ勉強出来て、好きなだけ遊ぶことが出来て、護衛までついてるなんて、信じられない程羨ましいことですよ」
ウィゴは俯き、長く何かを考えていた。