19 何処の誰か分からなかったの?
変なことになっちゃったな。
子供に同情して行くことにしちゃったけど、付き合えば面倒なのは分かり切っている。
兄さんに相談したいけど、行くって言っちゃったしなあ。
相談と言うより怒られるために報告するようなものだな。
臭い洗濯物は、恐縮する私から豪快に笑うお姉さんによってあっさり奪い取られた。
厨房のおばさんの娘かも知れない。
本当にここは良い人ばかりだ。
部屋に戻ると、兄さんが食器の乗ったトレイをテーブルに移しているところだった。
ああ、朝ご飯まだだったよ。
すぐ行くって言っちゃった。
茫然としていると兄さんが顔をこちらに向けた。
「お帰り。遅かったね。また転んだ?ジュジュ?」
「ううん。転んでないけど、またぶつかられて、それで遊ぶことになって、ご飯が食べられない」
兄さんがテーブルから背を伸ばしてこっちを向いた。
「子供と?食べてから行ったら?お腹減ってるんだろう?」
「うん。食べたいけど、偉いところの子っぽくて待たせると面倒そう」
兄さんが溜息を吐いた。
「どうしてそう言うのに連日ぶつかられるんだろうね。迂闊なこと言わないでいられるの?」
「気を付ける」
兄さんが笑みを引っ込め疑わしそうに私を見た。
「今急いで食べたら?何処の誰の子供か分かる?」
テーブルから離れソファに腰をおろす兄さんを見ながら、食器を覗きこむ。
すぐに食べられそうなものを立ったまま口に入れた。
「分からないけど、お付の多分護衛にウィゴ様って呼ばれてた」
兄さんが額に手を当ててソファの背にもたれた。
「そう。それで何処の誰か分からなかったの?」
「うん?」
次の料理を口に入れ、モグモグしながら聞き返すと、兄さんがにこっと微笑んだ。
「自分の国によっぽど興味がないんだね?学校で何を勉強してきたの?」
馬鹿にされているのが良く分かるその笑顔に、お腹が痛くなりながらも思い当たった。
「ああ、もしかして王子?」
げんなりと笑顔の兄さんに尋ねると、そのままの顔で肯定された。
「だろうと思うよ。ありふれた名ではないし、連日護衛付きで後宮を走り回るウィゴ様は珍しいんじゃない?」
そうだよね。
「うわー、どうしよう」
身元がばれるリスクが高まるのではないだろうか。
「まあすでに関わっちゃったんだから仕様がないね。行かないって選択は出来ないよ」
王子様に逆らうのが別の意味で命取りだということは私にでも分かる。
溜息を吐いた私に兄さんがにっこりとほほ笑んだ。
「王子とは親しくなって損はないと思うよ。味方につければ大部分の者からはその権力で守って貰えるはずだからね。さっさと食べて頑張っておいで」
応援されているはずなのに突き放す様な目が痛い。
なんだろう。王子に私の身分詐称がばれて罰せられればいいとでも思っているのだろうか。
私が間違えれば罰せられるのは兄さんだって同じはずなのに。
でも今はそんな事を考えている場合ではない。急いで次の料理を口に入れた。
全部を食べるのはさすがに諦めたが、どうしても食べたかったものを無理矢理口に押し込んで、急いで部屋を出た。
待ちくたびれて移動されてしまっては、立場上探さないわけにはいかないし一層面倒なことになる。
モグモグしながら、人気のないのをいいことに廊下を走り抜けて外の庭に降りた。
昨日と同じく後宮の建物の脇を真っ直ぐ進み、大樹を探した。
同じ小道だったかどうかは良く分からなかったが、大樹のおかげで迷うことはなく少年の姿が見えた。
青々と大きく緑が茂る大樹の根元には、小さな東屋があった。
緑の壁が途切れて少し開けたその場所は解放感もあり、それでいて周りからの視線は遮られて落ち着く場所だった。
ここに兄さんとジョエを連れて来て勉強出来たらとても気持ちよさそうだ。
遠くから東屋のベンチに寝そべる少年と、その少し離れた場所で剣の型をさらう男を眺めていると、男がすぐに私に気付き剣を持たない方の手を上げた。
手招かれて近付くと、笑われた。
「何を口に入れて来たんだい?ここではまあ不敬は問わないけど、人目のあるところでは止めてよ。怒らなくちゃいけなくなるからね」
口の中のものを飲み込みながら頷いた。
「すいません」
「いいよ。朝食がまだだったんだろう?ウィゴ様。お姉ちゃんが来てくれましたよ」
男が少年に声をかけると、不貞腐れた顔を酷くしてベンチの上に胡坐をかいた。
「俺を待たせて飯を食ってたのか?」
一応頭を下げた。
「申し訳ありません」
「ウィゴ様?使用人に用を言いつけた訳じゃないでしょう?仕事を放ってあなたの相手をしに来てくれてるんですから。お綺麗な君の姫様は許可してくれたかい?」
男が私に尋ねる。兄さんのことを知っている様だ。
「はい。さっさと食べて行って来いと言われました」
一応主の命で食べながら来たと言うことにした。その方が印象は悪くないだろう。
「そう。優しい姫様だね。良かったよ、姫様とウィゴ様が君の取り合いなど始めなくて。面倒だからね」
からかい調子の言葉を真に受け少年が叫んだ。
「取り合いなどしない!くだらない事を言うな、シバ!」
また顔が赤くなり始めた。
「うちの王子、可愛いでしょう?」
シバと呼ばれた男がわざと大きな声で私にささやくふりをする。楽しそうだ。
「そうですね」
シバを睨む真っ赤な少年を見ながら同意すると、シバが嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。態度がでかくて嫌われやすいんだよね。本当は可愛いのに」
「シバ!」
少年がベンチから立ち上がりシバの背中を殴ろうとするが、あっさりとかわされ頭を押さえられていた。
「はいはい。じゃあ、私はその辺で剣の鍛錬でもしてますから、ゆっくりしてて下さい」
シバが私の方を向いた。
「人が来る時は教えるから、すぐに立ってね」
それまで座ってていいってことだろうな。
頷くと笑いながら離れて行った。




