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18 何処にだよ


「大丈夫ですか?臭いですよね、これ」

激臭を放つジョエの服の下から、茶色の目が覗いた。

目の前で昨日の軍装の男が笑っているので分かり切っていたが、やはり昨日の子供だった。

茶色の目が瞬く。

「あ!お前昨日の!臭いぞこれ!今度は俺にゴミをかけたのか?無礼者め!」

可愛い顔をしているのに、本当に可愛くない子供だ。

まあ、子供らしい態度が可愛いと言えなくもない、微妙な年頃だ。

楽しそうに近付いてきていた男の顔を見上げると、声なく『駄目だよ』と言っていたので、今日の不敬は罰せられるのかとがっかりした。

「申し訳ございません。失礼いたします」

子供の横に膝をついて頭を下げてから、布の山を取り敢えず脇によけ、まだ薄くて軽い背中と腕に手を添えて立ち上がらせた。

真っ白なシャツは滑らかで、上質さを窺わせる手触りだった。

もう一度深く頭を下げてそのままの体勢で、少年が立ち去るのを待った。

これで問題ないよね?

罰せられるのなら何か言われるはずだし、お咎めなしならさっさと行ってくれるはずだ。


「ウィゴ様。昨日のことで全く学んでませんね?彼女は無礼でした?」

男が私の頭の上で少年に声をかける。

うーん、説教ならどこか他の場所でやって欲しいなあ。

この姿勢は苦しい。

「今彼女は立場上あなたに言いたいことを言えないから謝ってる訳ですけどね。こんなに頭を低くして。昨日みたいに人気がなくて私が許せば、言いたいことが有るはずなんですよね。彼女が何を思っているか分かります?」

完全に説教が始まっている。腰が痛い。

「分かる訳がないだろう。俺はこいつじゃない」

少年が苛立たしげに吐き捨てると、男が溜息を吐いた。

「頭が悪い訳じゃないんですから考えて下さいよ。仕様がないですねえ、全く。友達出来ませんよ」

さらりときついことを言った男が私の肩に軽くふれた。

「頭を上げて。またウィゴ様にぶつかられて災難だったね」

にこやかにそう言う男の言葉に従い顔を上げ少年を窺うと、悔しそうな顔をしていた。

きっと本当に友達がいないんだろうな。

口癖が『無礼者』じゃ無理もない。

「君に会いたくてここに逃げて来たんだと思うよ。許してやって」

からかいの色を含んだ口調に、少年の顔が一気に紅潮した。

図星だったのかな。可愛い。

「はい。では失礼いたします」


今日もさっさと立ち去ろうと洗濯物を拾い始めたが、やはり急ぐからと素手でつかむには臭すぎた。

仕方なくジョエの上着を広げそこに摘まんだ汚れ物を載せて行く。

靴下が最悪だった。

慎重に爪の先だけを使い、息を止めて作業していると頭上で笑い声がした。

「誰のなんだい?強烈だね。外なのにここまで臭うよ」

男が笑っている。

「それはゴミじゃないのか?もしかして洗うのか」

少年が顔を歪め物凄く嫌そうな顔をしている。

「おっしゃる通りですね。本当は捨てた方が洗濯室の人達の為かも知れませんね」

本当にそうだ。せめて水で下洗いしてくるべきだったなあ。

「どうして捨てないんだ」

少年が怪訝な顔で尋ねる。少年を非難するような発言をして大丈夫なのか不安だったが、良くなければ男が止めてくれる気がして遠まわしに答えてみた。

「汚れたと言って捨てていては、着る服がなくなってしまいますので」

少年は怪訝な顔を崩さなかった。通じなかったらしい。

「それの持ち主は服を持っていないのか?」

「買えば良いだろうって言うのはなしですよ?人が何に金を使うのかは個人の自由ですし、服より必要なもので稼いだ金が足りなくなる人間も沢山いるのですよ」

男は少年が口を開く前に釘を刺しつつ説教し、少年は理解したのかしていないのか不機嫌そうに口をつぐんだ。


靴下を臭い山に載せ終えたので、上着でくるむ。

今度は落としてもこぼれない様に袖で結んでおこう。

空気に押されて臭いが漏れてこない様に、そうっと縛ると他の洗濯物と重ねて腕に抱え立ち上がった。

「異臭で皆様に迷惑をかけてしまいますので、失礼いたします」

頭を下げると少年が手を伸ばして、ためらうように宙を掴んだ。

また裾を掴みたかったのかしら。でも私との間に異臭の元があって躊躇したのね。

「何かご用でしょうか」

一応尋ねてみると、少年が目を逸らした。

「遊んで欲しいんじゃないんですか?頑張って誘わないとお姉ちゃん行っちゃいますよ?」

ふざけた応援に少年の横顔が赤く染まる。

ちょっと少年が可愛そうになった。子供扱いされてからかわれる不快さは良く分かる。

「少しお待ちいただけますか?これ臭いですから先に洗濯室に運ばせていただいてから参ります」

少年が私の顔を見た。赤い顔が驚いていて可愛い。

「何処にだよ」

「何処に伺えばよろしいでしょうか。城内に不案内なので分かり易い場所だとあまりお待たせしないで済むかなと思いますけれど、自信はないです」

「どれだけ待たせるつもりなんだよ!」

拳を握って叫ぶ少年の背後で男が吹き出した。

「はいはい。お仕事の邪魔になってますからね。どっかで待ってましょう。君、主に報告してくるだろう?昨日ぶつかった辺りにはもう一度行けるかい?」

頷いた拍子に臭いものに顔が近付きむせた。

「はい、大丈夫だと思います」

男が苦笑いしながら私を見て手を振った。

「じゃあ、あそこから見える大きな木の下で持ってるよ。あそこならそう時間もかからないだろう?」

男の目が爽やかに笑いながら必ず来るようにと念を押していた。

こうやって威圧的でも目さえ笑ってくれていたら、嫌だとも怖いとも思わないのになあ。

本当に兄さんって表面上優しいだけに残念。

「はい。では一度主のもとに戻ってからすぐに参ります」

私に不思議そうな顔を向ける男とその横にたたずむ少年に頭を下げて、洗濯室へ急いだ。





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