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17 臭い!何だこれ!

次の朝はきちんと起きることが出来た。

浴室側のドアの向こうから聞こえる水音で、兄さんが湯を使っていることが分かった。

服の準備でもしてあげようかと思うが、本当の世話係でない分、兄さんの部屋に許可なく入ることさえ躊躇われる。

普通の兄妹でも、この年になったらお互いの部屋に入るのに許可は要るわよね。

自分たちの仲が悪いせいではないと、信じたい。

自分の支度を済ませると、兄さんの手伝いは諦めて居間に出た。


はたきを持って部屋を回っていると、ジョエが外から戻ってきた。

「よう。今日は早いな。お前洗濯物持っていくだろ?これ頼むわ」

ジョエが私の前を通り過ぎ、移動式の簡易ベッドにのっていた布の塊を私に投げた。


「くっさ!くっさ!!何これ!?」

顔にぶつかって来たそれを掴むと、鼻がもげそうな程強烈な臭いがした。

慌てて床に投げ捨てる。

手の平を恐る恐る鼻に近付けると、案の定手にも臭いが移っていた。

顔をしかめる私を、ジョエが大声で笑う。

「旅の最初の方の汚れもんが荷物の底で眠ってた。くっせえよな、それ」

悪びれないジョエを目一杯睨む。

「くっせえよなじゃないでしょ!何日経ってんのよ!自分で持って行ってよ!」

「お前の仕事取ったらすることなくなんだろ?頼んだぞ。ああ、飯は持って来てやるよ!」

そう言ったジョエは床の異臭の原因を放って、さっさとドアから出て行ってしまった。

「ご飯運ぶのはやりたいのよ!そっちは取らないでよ!」

ジョエの後ろ姿に叫ぶが、すでに分厚いドアが閉まっていて、聞こえたとは思えなかった。

同時に背後で兄さんの寝室のドアが開いた音がした。

「ジュジュ?何騒いでるの?大声出さないって約束だろう?」

朝から怒られた。

「ごめん。でもこれ臭いんだもん。ジョエの」

床の布を指さして兄さんに訴えると、兄さんがにっこりと笑った。

「ああ、洗濯物?僕のも持って行ってくれる?」

兄さんが一度寝室に戻り、柔らかそうな布を抱えて来た。

手を差し出すが、渡してくれず、兄さんはそれを私との間にあったソファの上に置いた。

もうちょっとじゃないのよ。後一歩進めば私の腕に置けるのに、そういう事するから嫌われてる感が日に日に強まるのよ。

兄さんの馬鹿ちん。


考え始めるとお腹が痛くなりそうですぐに兄さんから目を逸らし、ジョエのとは対照的に綺麗に畳まれた布類を持ち上げた。

顔にくっつけた訳でもないのに、ふんわりと花の様ないい香りがした。

「兄さんのは良い匂いね。まだ洗わなくても良いんじゃないの?」

鼻が曲がりそうだったジョエの臭いが消毒されて行く様で、思わず溜息が漏れた。

「男の服を匂って溜息を吐くなんて、変態みたいだよ?ジュジュ。見た目が悪いからやめた方が良いよ」

兄さんが酷いことを言うので、ふくれっ面で睨みつけた。

「あれを匂った後なら、誰だって溜息吐くわよ!兄さんも嗅いでみてよ」

床の激臭の元を指差して言うと、兄さんが笑った。

「遠慮するよ、ここからでも充分臭いし。それと僕の服を重ねないでね。異臭が移りそうだ」

確かに。私の服も重ねたくないな。それ以前に触りたくない。

「どうしよう。触りたくないなあ。どうやって持っていこうかな」

異臭のもとを見つめて独り言ちると、兄さんが笑った。

「ジョエの臭くない服で包んで行ったら?これ、昨日着てた服だろう?」

兄さんがジョエの荷物の一番上に無造作に突っ込まれていた上着を引き出す。

「まだそれ程臭くないよ。これなら僕らの服と重ねても大丈夫そうだよ」

兄さんがそう言って私の方にその服を放った。

兄さんらしくないその行為に、そこまで私に近付きたくないのかと腹が立った。

「そうね。じゃあこれで持っていくわ。私の洗い物も出さなくちゃ」

そう言って、私の自室のドア付近に立つ兄さんへ近づいた。

兄さんの脇にはジョエのベッドが有り、ドアへ向かう私を避けるには私の方に向かってくるしかない。

きっと私が側を通り過ぎるのを待つはずだ。

私に近寄られるのが嫌なんでしょうけどね、そのくらい我慢したら良いのよ。

私に追い詰められ嫌な顔で微笑む兄さんが、不自然な程ベッドの方へ身体を反らし私を見下ろしていた。

目を逸らして兄さんの脇を通り抜けると、兄さんの洗濯物からした良い匂いが、いっそう強く香った。


風呂上がりに肌か髪を手入れするのに使った香油の香りだろうか。

私より立派な女だわ。

化粧はおろか、肌や髪の手入れなどしたことがない自分が恥ずかしかった。

同時に、これまで兄さんの匂いを感じたことがない程距離を保たれていたのだなと、悲しかった。



「ねえジュジュ。それ前見えるの?」

兄さんが私に確認した。

「大丈夫よ。前は見える。足元は見えないけど」

「裾が長いから踏まない様に気を付けるんだよ」

兄さんがしつこかった。

「子供じゃないって言ってるでしょ。足元が見えないのより臭くて倒れそう。行ってきます」

洗濯物を3人分抱えると結構な量だった。

ジョエの出し忘れと私の昨日の寝坊で、数日分の洗い物が溜まっていたのでそれも当然だ。

私の腰の布も結構な嵩になるし、昨日転んだし。

それにしてもジョエの服が上着で包んだにもかかわらず臭かった。臭すぎだ。

急いで洗い場まで行こうと息を止めたり、横を向いて息を吸ったりしながら早足に廊下を歩いた。


厨房や洗濯室のある建物に向かうため、屋根のある屋外の回廊を進んでいると、嫌な予感のする声が聞こえた。

「いい加減にしてくださいよー」

「しつこいんだよ!ついて来るな!」

聞き覚えのある男と少年の声だ。

「逃げるなら前を見なさい!」

男が声の調子を強めて叫んだ瞬間、また覚えのある衝撃が身体の前面を襲った。

「きゃ!」

「うわ!」

尻もちをつくことは何とか免れたが、両腕に抱えていた洗い物をぶちまけてしまった。

「くさ!臭い!何だこれ!」

先ほどの私と同じような反応をし、さらにえずく声が私の落とした布の山の中から聞こえた。

あれを頭からかぶればそれはそれは臭かろう。えずくのも当然だ。

直接さわりたくはなかったが、仕様がなく指先でジョエの服を摘まみ持ち上げた。






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