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15 子供じゃないんだから

「どうしたのジュジュ」

部屋に入った私を見て、定位置になったソファに横たわっていた兄さんが身体を起こした。

そりゃ兄さんでも驚くだろう。

水撒きを終えたばかりだろうという柔らかい土の上に横倒しになった私の有様は、酷いものだった。

その上少年が私の服の裾を踏んで乗っかっていたし、もう泥だらけと言うより、泥色の衣装を着ているような状態だった。

勿論下になっていた方は袖も腕も泥まみれで、緩く編んで下ろしていた髪の先にもべったりと泥がついていた。


「庭で子供にぶつかられて転んだ」

兄さんがいくらか青ざめた様だった顔に、安心の色を浮かべた。

心配してもらえたらしい。何となく嬉しかった。

「良かった。誰かに乱暴された訳じゃないね?」

「違うよ」

「一人の時はちゃんと行先を言ってから出ないと駄目だよ、ジュジュ」

兄さんが微笑み始めた。ああ、いつもの顔に戻っちゃう。

「子供じゃないんだから大丈夫よ」

「駄目だよ。ジョエだって君が戻って来ないから心配して探しに行っちゃったよ。こうなると、ジョエに君の無事を知らせる為に今度はジョエを探し回らなくちゃいけないし、無駄だろう?良く考えて行動してね、ジュジュ」

兄さんは再びソファに身体をあずけてしまった。

普段通りの笑顔と素っ気ない口調に、心配してくれたと感じたのも気のせいだったのだと思えて来る。


背後でドアの開く音がし、後ろから肩を掴まれ振り向かされた。

「イリ!」

ジョエが私の全身を目でざっと確認しているのが分かった。

ジョエの常にない真剣な顔が見る見る憤怒の様相を呈し、掴まれた肩が割れそうに痛んだ。

「いたいよ、ジョエ」

肩から離された両手が私の頬を挟み上向かせた。

身を屈めたジョエが物凄く近くから私の目を凝視してくる。

見慣れたはずの灰色の瞳から視線が逸らせず動揺した。

「な、何?」

「何じゃねえ!どこで誰にやられた!?ってえか何された!言え。殺してきてやる!」

いやいやいや!勘違いは兄さんもしてたし、この汚れかたじゃ気持ちも分かるけど、思い込みと勢いが酷過ぎる。

「ちょっと、待って。落ち着いて」

「落ち着けるか!お前みたいな子供に!許せねえ!」

真剣に子供だと言われて幾分落ち込むが、まあ今はそんな事を気にしている場合ではない。

「何もされてないって。転んだだけ。子供とぶつかって転んだの。それだけ。分かった?」

頬にあるジョエの手を握って、厳しい顔を覗き込むようにして言い聞かせると、なんとか通じた様だった。

「本当だろうな?」

ジョエが手をおろし疑わしそうに私を見下ろす。

「本当よ。もし私に無理矢理何かする男がいたら勿論ジョエにすぐ報告するわよ。その時はよろしくね」

そう言うと、安心したように笑った。


「ああ、ビビった。良かったよ何でもなくて。派手に転んでんじゃねえよ」

私の頭をわしゃわしゃと撫でながら、自分の服が汚れるのも構わず抱き締めてくる。

「ちょっと!止めてよ」

手を突っ張って押し返そうとするが、当然びくともしない。

にこにこ笑うジョエを太い腕の間から何とか見上げて睨むと、私の頭を腕に固めたまま反対の手で頬まで掴んできた。

「世の中変態が溢れてっからな。子供だからって、本気で油断すんじゃねえぞ?」

「うっさい!放せ!そう言うあんたが一番子供だと思って油断してんのよ!私は女のつもりで用心してるし!」

ジョエの足を踏みつけるが、大笑いしながら一層強く抱きしめて来る。ふざけ過ぎだ。

「止めてってば!本当に子供じゃないんだから、くっつかないでって!」

「子供じゃなきゃなんなんだよ?」

ジョエの太い腕に囲われて、分厚い胸に頭を押し付けられて、ばたばたともがきながら叫ぶ。

「女だって再三言ってるでしょ!」

「女ねえ。女ってのはもっとこう抱き心地が、凸凹してて、柔くて。お前はなあ、尻はいいとして、まだこの辺が」

ジョエがそう言って私の背中と腰を手のひらで撫でた。

「ちょっと!」

「ジョエ。君が変態になっているけど、自分を殺すかい?」

私の非難の声に、兄さんの優しくて恐ろしい声が重なった。


ジョエがすました顔をして私の身体から手を離し、今度は髪を持ち上げた。

「洗うの手伝ってやろうか?女洗うのは慣れてるぞ」

「ジョエ」

兄さんがもう一度ジョエを窘めると、ジョエが肩を竦めた。

「同じまな板なら腹が出てねえ分、まだアレの方が色っぽいな」

懲りずににやつくジョエの腕を叩き落し、自室の洗面所に向かった。





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