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14 失礼いたします


「きゃ!」

大樹を見上げ歩いていると突如腕に衝撃があり、横倒しになった。

脇の茂みの中から飛び出してきて私にぶつかり、反対側の柔らかい花壇の中に一緒に倒れ込んだ何かを確認すると、茶色のサラサラが視界に入った。

髪ね。男の子ね。

男の子の頭頂部だと思われるものを間近に見下ろし息を吐く。

人間で良かった。


「いたた。大丈夫?」

肘を地面に着いたまま、私の身体に乗っかる様に倒れ込んでいる子に声をかけると、勢いよく顔があげられた。

すっきりと整った顔立ちの少年だった。

「無礼者!」

無礼者?ああ、偉いところの子供か。

踏まれているので体勢はかえられなかったが、一応謝ることにした。

ぶつかって来たのはそっちだけどな。

「申し訳ございません。お怪我はございませんか?」

髪と同じ茶色の目を見下ろしながら尋ねる。

我ながら頭が高いが、今のところ仕方ないで済まされるだろう。

この生意気な子供が私から降りるまでどうせ動けない。

子供は動く気配がなかった。

どれだけ走って来たのか、顎に汗の滴を作りえらく荒い息で肩を揺らしている。

降りてくださいって言っていいのかしら。

それとも身体をさわって降ろしていいのかな。

どちらも子供基準の無礼にあたりそうな気がして悩んでいると、彼が飛び出してきた茂みのあたりが揺れた。


そちらを確認すると、黒いズボンを穿いた男の足がのぞいていた。

子供の背丈より随分大きな男が出て来るのだと想像がついた。

子供の身体がびくりと震え、密着していた私の身体にもそれが伝わった。

咄嗟に子供の身体に腕を回し、無理矢理引きずって自分の後ろに回した。

「何をする!」

子供が私に向かって小さく叫ぶので、あれと思った。

隠れたい訳ではないのかしら。

でもこの子供が、自分の身の安全より身分差を気にする阿呆の可能性もあるので、一応後ろ手に子供を押さえ背中に庇ったまま茂みから出て来た男を見上げた。

「誰」

ジョエと変わらない程背の高い男が、地面に座り込んでいる私達を腰に手を当てて見下ろしていた。

太陽を背に受け、眩しくて顔を窺うことが出来ない。

目を細めて睨み上げると、明るい笑い声が聞こえた。


どうやら目の前の男から発せられているようで、緊張していた身体から一気に力が抜けた。

「ウィゴ様。いつまでか弱い女性の影に隠れているおつもりですか?ちょっと情けないんじゃないですかね?」

からかう様な調子の愉しげな声が、私が捕まえている後ろの子供にかけられる。

「煩い!追いかけてくるなよ!どっか行け!」

どうやら人攫いや虐待などの深刻なものではなさそうだったので、掴んでいた子供の身体を解放した。

地面に膝をついたまま、身体を後ろに向けて軽く頭を下げた。

「では私はこれで、失礼いたします」

男を見上げて睨みつけていた子供に小さくそうことわり、さっさと立ち上がってその場を離れようとした。


面倒なことになりそうで一刻も早く立ち去りたかったのだが、身体が引かれるのと同時に足元が涼しくなった。

慌てて見下ろすと子供に引っ張られた服の裾が前合わせの部分でぱっくりと割れ、足が太腿の半ばまで丸見えになっていた。

「うわ」

「ひゃ!」

男の愕く声と、私の声が重なった。

焦って物凄い速さで裾を掴んで合わせた。

後ろから未だ裾を掴む少年を睨むと、口を開けたまま徐々に顔を赤く染め、手を離した。

怒鳴りつけようかと思ったが、少年の可愛く赤くなる顔を見るとその気もなくなった。

「悪い!」

焦って謝る子供は、きっと根は良い子なのだろう。


兄さんは昔から美人だったが、この子供は幼いながらに精悍で、まさに美少年と言う顔立ちだった。

7,8歳くらいかな。襟足は汗で湿り色を濃くしていたが、サラサラのやわらかな茶色の髪と同色の瞳が日の光に淡く透けて、ともすればきつくも見える印象を和らげていた。

「構いません。では失礼いたします」

無表情で返しただろう私を笑う声に、男を見上げた。

先ほどと角度が変わっていたせいで今度こそそのにこやかな表情が見えた。

長い茶色の髪を一つに縛った、20代後半ぐらいの黒い軍装の男だった。

「よっぽどウィゴ様のお相手をしたくないみたいですね?」

男が私ではなく少年に向かって言うと、彼が整った顔を歪め私を睨んだ。

私ではなくて男にからかわれているのだから、私が睨まれるいわれはないと思うのだけれど。

さっさと立ち去ろうとしたことはやっぱり無礼にあたるのかしら。

何となく目を伏せ、面倒なことになったなと溜息を堪えた。


「おい!俺を無理矢理引きずって服を汚したくせに、放って立ち去ろうとは無礼だろう!」

確かに私が咄嗟に背中の方へ引っ張ったせいで、彼の見るからに上質なズボンは泥だらけになっていた。

「申し訳ございません。失礼いたします」

地面にお尻をついたまま私を睨んでいる少年を見下ろし、手を差し出した。

不服そうにして身動きをしない子供に腹が立つが、偉そうで面倒そうなので、屈んで腕を取り出来る限りそっと立ち上がらせた。

くっくと、横から笑い声がする。

「ウィゴ様。年もそう変わらない様な女の子に頼って恥ずかしくはないですか?」

ウィゴと呼ばれた少年が男を睨む。頬がまた赤くなってきている。

男はそんな少年を無視して、私に向かって微笑んだ。

「今だけ、不敬を問わない。面白そうだから、好きに発言することを許可するよ」

「いいえ。それでは失礼いたします」

頭を下げ今度こそ踵を返そうとすると、またも裾を掴まれた。

ばっと、前の合わせが開かないように膝のあたりの布を掴む。

「何度も止めて下さい。今度はなんですか」

不敬は問わないと言われたので、呆れた口調を隠すことなく少年に尋ねると、一瞬ひるんだ顔を見せてから、睨まれた。

「お前のせいで汚れていると言っただろう!払うぐらいして行け!」

私の様な小娘に赤くなったり怯えたりしながら声変わり前の可愛い声で叫ばれてもまったく威力はない。

男を見上げると、私を促すように目配せしながら面白そうに笑っていた。


溜息を吐いて私の胸の高さにある少年の顔を見下ろした。

「あのですねえ。私の姿が見えます?どなたのせいで全身泥まみれなんですか?ご自分の服の汚れがお嫌なのでしたら私の服と取り替えられますか?お嫌ですよね?土が湿ってましたし、どう考えてもお互い新しい服に着替えるしかないと思いますよ。そう言う訳で、もう戻りたいのですけどお許しいただけますでしょうか?」

最後は男に尋ねると、声を出して笑うのを堪えていると言った苦しげな表情で頷いて、手を振られた。

「実際私が悪漢だったら二人で簡単に殺されてただろうけど、盾になってくれたことに礼を言うよ。またね」

唇を噛む子供と、微笑む男に頭を下げながら思った。


私が育った街では、ならず者に捕まった子供には、死ぬ前に労働や虐待などの死ぬよりも辛いことが待っている場合が多い。

ただ殺すよりも有益だからだ。

子供を狙う目的が完全に異なるだろうこの場所では、悪漢に遭遇することは死に直結するのだなと気付いた。

偉いところの子供も大変だ。

なるべく関わらないようにしようと心に決めた。






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