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12 欲しいものがあったらどうぞ


何とか食事には間に合った。ジョエも列に並んだし、私は自分と兄さんの分の食事をカートに載せた。

隙間に借りて来た本も載せる。

お腹減った。

兄さんもお腹が減ってイライラしてるかも。

こんな時にカートががたつくと苛立ちも焦りも募るのだが、ここのカートは感動的に滑らかな動きで颯爽と帰路を駆けた。


「ご飯でーす」

一度カートを置き、大きな白いドアを押し開いた。

兄さんが中央のソファでお昼寝中だった。

ソファにしなだれかかり、背もたれに首を預けている。

大きな窓からの日差しが金の髪に降り注いで艶やかに輝いていた。

うーん。今日も神々しいほどに美人。

いつもよりあどけない表情ををみせる美人に溜息を吐いて、食事の準備を始めた。

かちゃかちゃと食器のたてる音に兄さんが目を開いた様だった。

身体を起こす気配がする。

「ジュジュ?」

「ん?」

寝ぼけたような声になぜかホッとしながら背を向けたまま答える。

「戻ったの。図書館どうだった?」

振り返る前に言ってしまおうと、食事のトレイの大きな蓋を開けながら答えた。

「すっごく良かった。本が一杯あって、凄く嬉しい。ここに来て良かった。ありがとう兄さん」

心の中であらかじめ準備していた言葉だったので、棒読みにはなってしまったが、ちゃんと素直な気持ちを伝えられた。

「そう。良かったね、ジュジュ」

例え兄さんの綺麗な薄い色のその目が、冷やかに私を見ていても。

そのことにこうして腹が立ったり、悲しかったりしても。

兄さんに感謝しているのは事実だ。

兄さんの目を見て無理矢理微笑んだ。

「ご飯食べよう。お腹空いた」


「ねえ兄さん、もう食べないの?」

楽しい話題も思いつかず、気まずい思いをしながらも美味しく食べ終わった。

朝よりは味を堪能出来た。

しかし本当になんだろう、この緊張感。

伏せていた顔をあげふと窺うと、兄さんは既に椅子の背に身体を預けて私を眺めていた。

すっかり食事は終わりましたという体だったが、トレイの上にはかなりの量の料理が残っていた。

立場が違うため私の食事よりは確かに量も多かったが、それでも女性用だ。

成人男子の兄さんが半分以上を残しているのはおかしかった。

兄さんが笑う。

「残してる皿には手をつけてないから、欲しいものがあったらどうぞ?イリの料理とは献立が違っただろう?」

沢山並んだ小鉢を見ると、野菜料理ばかりを食べて、肉や魚、穀類などを残しているようだ。

そう言えば朝も、残していた量はこれより少なかったが、卵や魚など身になりそうなものが残っていた。


好き嫌いが多かったのね。ちっとも知らなかった。

そりゃ私の料理が食べられない訳だ。痛みかかって安くなった魚や卵では一層食べにくかっただろう。

一緒に食べて欲しいと兄さんに期待するのを止めてからも、意地になって毎日作り置いていた料理はいつもほんの味見程度の量しか減っていなかった。

わざわざ不味かったと非難されている様で、腹が立っていた。

てっきり私が作ったと言うことが気に食わないのか、実際不味いのかで食べてくれないのだと思っていたが、もしかしたら違ったのかも知れない。

だってそれじゃあ、ここでまで美味しいご飯を残す理由にならない。


「どうしたの?ジュジュ」

兄さんが皿を見つめて考え込んでいた私に呼びかけた。

「なんでもない。じゃあ、食べる」

立ち上がって自分のトレイをカートに戻し、兄さんの料理をトレイごと自分の席の前に動かした。

お茶を注ぐために近付いて手を伸ばすと、兄さんがこれ以上は床に落ちるという程極端に椅子の端に身体をずらして、にっこりとほほ笑んだ。

「ありがとう」

「いいえ」

顔と態度が合っていないのよ。

あからさまに避けられたことに溜息を堪えて席に戻り、兄さんの残したものを食べ始めた。


私が作っていた料理を食べない理由が、私を嫌いなせいでも食べ物の好き嫌いのせいでも関係ない。

子供の頃にあんなにひもじい思いをして苦しんだのに、どんな理由があるにせよ料理を残すなんて理解できない。

結局理由はどうあれ、腹が立つのに変わりはないわね。

「兄さん、もう少し食べた方が良いんじゃないの?折角魚や卵が毎食出てるのに勿体ないし、野菜だけじゃ元気でないでしょう?」

腹立ちを滲ませないように気を付けながら俯いたままそう言ってみると、しばらく間が空いてから声がした。


「ねえ、ジュジュ?やっぱり、窓が開いていてジョエがいない時ぐらいは、兄さんと呼ぶのを止めようか。疑われる要因は出来るだけ増やしたくないし」

笑顔で完全に話を逸らされた。

堪え切れず溜息を吐くが、兄さんは話題を戻す気等全くなさそうで、綺麗に微笑んだままだった。

「分かった。分かりました、ユリ様」

わざとらしく言い直すと、良く出来ましたと言う顔を作り頷かれた。

「まあ、口調はかえなくても良いよ。友人や兄妹を側仕えとして連れて来る人間も多い様だし。様も無くても良い。とにかく、兄さんでなければ何とでも誤魔化せるから」

「分かった」


再びお茶に口を付けた兄さんから食事に視線を戻し、皿を空にすることに集中した。

窓から見える空は良く澄んで、室内に振りそそぐ木漏れ日もぽかぽかととても気持ちが良いのに、私はどうしてこんなに俯いてばかりなのだろう。

窓から兄さんの目と同じ色の空に向かって、大声で叫びたいようなイライラもやもやとした気分だった。

叫ぶなら言葉は何だろうな。やっぱり、『兄さんのばかー!』かな。

おかしなことを考えながら食べる食事は、それでも美味しかった。

料理に関わっているだろう厨房のおばちゃんの手の温もりを思い出して、涙も出そうだった。

料理ってすごいな。作ってくれている人を知っていてその人に好意を持っていると、こんなに身近で嬉しいんだなあ。

兄さんは、私のつくった料理を口にしながら、何を思っていたんだろう。







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