10 利用手続きなさってますか
「おーい。マダナンデスカー」
不意にお尻をつんつんと突かれる感触で我に返った。
反射的に手にしていた本でお尻の手を叩き落す。
「いで」
振り返るとだらしなく椅子にまたがったジョエだった。
「何するのよ」
邪魔をされたこととお尻を突かれたことに苛立って睨むと、睨み返された。
「何するのじゃねえよ。お前いつまでそこに突っ立って読んでんだよ。昼になっちまうだろ。読みたきゃ手続きして借りろ」
そう言われ手にあった本を見ると、もう終わりの方に差し掛かっていた。
「あー、しまった。すっかり読んでた。どうしてもっと早く声かけてくれないのよ」
立ち上がったジョエに文句を言うと、頬を掴まれた。
「ああ?何回声かけたと思ってんだよ。生返事ばっかりしやがって、やっぱり全然聞いてなかったんじゃねえかよ」
「ちょっと、あなた。利用手続きなさってますか?手続きと諸注意がありますのでこちらにどうぞ」
落ち着いた男性の声が聞こえるのと同時に、ジョエの腕に手がかかった。
顔を覗くと先ほどの受付のお兄さんだった。
ジョエのでっかい手が私の頬から離れる。
「ほら、こんなことしてるから」
不味いなと言う顔をしているジョエの脇腹を拳で叩くと、お兄さんが怪訝な顔をした。
「あれ。知ってる人?」
「はい。すいません。騒がしくしちゃって。ちゃんと注意しときます。ほらジョエも謝って」
ぐいぐい脇腹を押して促すと、渋々少しだけ頭を下げた。
「いや、それなら良かったよ。何か絡まれてるみたいだったから来てはみたけど、大きくて怖かったからさ」
そう言って笑うお兄さんとジョエを比べてみると、同じ成人男性なのに驚くべき大きさの違いだった。
お兄さんはうちの兄さんより小柄で、同じような痩せ型だった。
怖いのに助けに来てくれたのかと感動する。
「助けに来て頂いてありがとうございます。知らない人だったら凄く怖かったと思うから嬉しいです」
頭を下げるとにっこり笑ってくれた。
「いいえ。里の妹を見てるみたいで、心配になっちゃって。ああ、見た目は全然違うんだけどね」
最後に慌てた様に付け加えられた言葉が少し寂しかった。
まあでも、この見た目に偏見を持たずに優しくしてくれたのだ。良い人だ。
王都に来て初めて、私の髪色に悪印象を持ち差別するのは故郷の土地柄だったのだと知った。
人種の溢れるこの場所でも少しだけ目立つ私の外見に目は止めても、囚われず優しく接してくれる王都の人達は印象が良かった。
「こいつこれからちょくちょくここに来ると思うから、気にしてやってくれると助かる」
ジョエがお前は何様かと言う口調でお兄さんに話しかけたが、お兄さんはあまり気にした様子ではなかった。
確かに私と兄さんの間ぐらいで、ジョエと同じくらいの年齢に見える。
「ああ、良いよ。中で仕事してる時もあるからいつでもとは約束できないけど、大抵受付にいるからそれでいいなら」
「ああ、助かる。あんたがいない時は俺がなるべくついてるよ。よろしくな。俺はこいつの姫の護衛で、ジョエだ」
ジョエがお兄さんに手を差し出すと、お兄さんが面白そうに手を重ねた。
「宜しく。僕はセイだよ。図書館勤めでこんなごつい友達が出来るなんてなあ。人生って分からないね」
お兄さんが私に向かって微笑んだ。
もうジョエと友達なんだ。もしかして私も?お兄さんの懐の広さに驚いた。
「長く読んでたみたいだけど、面白かったかい?」
何を読んでたのと聞いて来ないところが専門職らしい。
利用者の個人的なことに無闇に踏み込んでもろくなことはないだろうなと予想できる。
まあ私は特に知られて困るものでも恥ずかしいものでもなかったので、本をちょっと持ち上げて表紙を見せた。
「はい、知らないことが多くて面白かったです」
お兄さんが私の手にある水道技術の専門書を見て一瞬目を見開く。
「うわ、意外にあれな本読んでるね。ごめん、僕君の年齢間違って予想してるかも」
意外に大人の本と言いかけたに違いないお兄さんに、本を見せるべきではなかったなと、あははと乾いた笑いを返す。
子供ってことにしておいて損はないはずなので、曖昧にしておこう。
「うちの姫用の本を選んでますから。後、まだええと、見てこなくっちゃ。語学関係はどっちですか?」
お兄さんが建物の奥を指さす。
「お前まだ選んでなかったのかよ?俺がいない間何してたんだ?もしかして」
ジョエが嫌そうな顔をする。
「うるさい」
「もしかしなくてもずっとここに立ってたよね?よっぽど好きなんだね、本。分かるよ。選んでる途中でいつの間にか全部読んじゃうんだよねえ」
お兄さんの言葉に深く頷いていると、ジョエの呆れた声が降って来た。
「全然分からねえ。ほら、さっさと選びに行くぞ。昼飯なくなっちまうぞ」
「え!やだ!急がなきゃ。行こうジョエ」
「あはは。食いしん坊なところもやっぱり妹を見てるみたいだ。選んだら手続きにおいでねー」
「はーい」
今度こそ心から手を振ってお兄さんと離れた。




