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8:トリップ準備

 時間という概念がないこの世界。

 俺はたっぷりと――経過はするが存在しない――時間をかけて胸の痛みを癒し、ようやく立ち直った。

 ……といってもいまだ『カード』や『SSR』という単語には過敏に反応してしまうが、そんなものこの世界では滅多に聞くワードではない。

 ゲームのカードはおろかクレジットカードも存在しないし、自称神様に至っては

「えすえすあーるってなに? え、凄いカードなの? いっぱい引っくり返せるの?」

 と言ってきた程だ。


 なんでめんこ基準なのか、というのはさておき。


 とにかく、前回のトリップで負った心の傷はようやく癒えた。

 となれば当然、気になるのは次のトリップ先だ。


「で、次は……あいつどこ行った?」


 次はどこへ行くのかと尋ねようとしたが、見渡す限り自称神様の姿が見えない。

 といっても、この真っ白な世界は俺に見えないだけで色々とあるらしく、たまに変な所から現れるし歩いている最中に壁かなにかにぶつかっている時もある。

 自称神様曰く、延々と続く真っ白な世界に見せかけ、扉や廊下、資料室に他の神様の部屋、台所、おまけにリラクゼーションルームまであるのだという。

 それを聞き、「オツムが常にリラックスしてるお前にリラクゼーションルームが必要か?」と尋ねたところ「ひぃ!」と悲鳴をあげてどこかに逃げていった。


「資料でも取りにいったのか? それともまたプリンか……」


 どこにいるのか分からず、それどころかどこに行けるのかも分からない。

 それでも死んでいる今より最悪なことにはならないだろうと高を括り、適当に歩き回ることにしてみた。

 運が良ければ資料室とやらに辿り着いて好きなトリップ先を選べるかもしれないし、もしかしたら他の――まともな――神様に会えるかもしれない。


 理想としてはそのどちらもだ。

 最適なゲーム世界を選び、まともな神様にチートとハーレム能力を貰い、安全にトリップする。出来ればその前にリラクゼーションルームを試してみたい気もするが。

 とにかく、それらが叶わなくてもせめて自称神様くらいは見つけよう……と考えていると、どこかからか話し声が聞こえてきた。


「……が、……なんだけど…………どうかな?」

「……ホー」


 どうやら何か話し合っているらしい。

 といっても見渡す限り真っ白な世界だ。声のする方を見ても何もないし、それどころか真っ白の果てには地平線もない。

 よくよく考えれば変な世界だ。が、死後の世界なんだからそんなものなのだろう。ここは深く考えないでおくべきだ。


「それよりあいつだ。ったく、どこに居るんだか……」


 ブツブツと呟きながら声を辿って歩けば、姿は見えないが徐々に声が大きくなってくる。どうやらこの方向であっているようだ。

 だけどどこに居るのか……。


「……ん? なんかあるな、ここ」


 ふと、目の前の真っ白な空間に違和感を覚えた。試しにと手を伸ばしてみれば確かに壁のような感触がある。

 壁だ。それも、景色と同化するように真っ白な壁。手を添えて壁に沿うように歩いてみれば随分と続いていることが分かった。

 危なかった、このまま歩けば無様に衝突していただろう。というか、一見『延々と続く真っ白な世界』と見せかけて案外にここは狭いのかもしれない。

 そういえば自称神様も頻繁にこの壁にぶちあたっては涙目になっていたな……。あいつ、壁の場所を把握していないのだろうか。


「あいつがいるのはこの向こうか?」


 自称神様の声が壁の向こうから聞こえてくる。裏にいるのだろうか。

 ならば壁を叩いて声をかけるかと拳を握り……思い直した。話し声は二人分、あの自称神様にどんな話し相手がいるかは分からないが、それでも喋っているのを邪魔するのは申し訳ない。

 それに壁の向こうにいるのなら壁沿いに歩けば辿り着くだろう。そう考え、壁に手を添えて歩き出した。




 そうしてしばらく歩くと、壁に添えていた手が宙をかいた。どうやら壁の終わりらしい。

 つまり向こう側に行けるわけで、いったい何があるのか予想が出来ず俺は恐る恐る壁の向こうを覗いた。


「そっかぁ、そっちも大変なんだね」

「ヒーホー」

「いやいいよ、大丈夫」


 そこに居たのは自称神様と……雪だるま。

 それもただの雪だるまではない、可愛らしい顔つきはキャラクターらしく、青い帽子とブーツでお洒落をしたその姿は……。


「あ、あれって……ゲームの……」


 目の前の光景に俺が言葉を失っていると、それに気付かずに自称神様達は暢気に話を続け、果てには「じゃあね」と雪だるまと手を振りあった。

 雪だるまが「ヒーホー」と可愛い声で別れの挨拶――だと思う――を告げ、足元に浮かび上がった魔法陣の中へと消えていく。

 その光景はまるで悪魔召喚。いや、まるでというか実際に……。


「おい、あれってジャックフ□ストだろ!?」

「わぁ六郎君、いつの間に!? っていうかその微妙な伏字なに!?」

「いやそれより今のジャックフ□ストだよな!」

「ひぃ、やめて! どうして今回に限って〇じゃなくて□の伏字なの!? 怖い!色々な方面からのあれそれが怖い!」


 ぴぃぴぃ喚く自称神様に、俺も俺で興奮が冷めずに雪だるまの名前を繰り返す。

 ……うん、ジャックフ□ストは流石にやばいかな。

 よし、ならば。


「えーっと……今のってジャッ〇フロストだよな?」

「うん、そうだよ」


 どうやらこれなら良いらしい。

 基準が分からん。……いや、なんとなくうっすらと分かるような気もするが、分かってはいけないような気もする。

 とにかく、先程の雪だるまの正体をあっさりと認めた自称神様は、さも当然のように「友達なんだ」と言い放った。


「と、友達?」

「うん、良く遊ぶの」


 ……えーっと、あれって悪魔じゃなかったっけ? 可愛らしい外見で人気はあるが、元々は悪魔だったはずだ。

 良いのか? 悪魔と神様が友達って……。


 だが今更こいつの友好関係に口出しをする気にもなれず、俺は一度落ち着くために大きく深呼吸をしてみた。

 若干空気が冷え切っているように思えるのは、さっきまで雪だるまが居たからだろうか。ヒンヤリとした空気が肺に流れる感覚は気持ちが良い。

 よし、落ち着け。

 大丈夫だ、そもそもゲーム世界にトリップしてブロックにモテたりズーをキープしたりが有りなんだ、ジャッ〇フロストが居てもおかしくはない。

 いや、むしろジャックフ〇ストがいるということは、つまり次のトリップ先が……。


「次はあのゲームなのか!」

「ん?」

「そうか! そうなんだな!」


 あのキャラクターが出ているゲームは幾つかあるが、そのどれもが高い知名度と人気を誇っている。

 一番人気なのはやはり『もう一人の自分』ことペ〇ソナを出して戦うあのシリーズだろうか。

 俺も昔にはまってやっていたっけ。本来なら倒すだけの悪魔を味方につけるという発想が面白くて、何度か徹夜した記憶すらある。


 あの世界にいけるのか……?

 俺があの世界に……といってもこの自称神様のことだ、主人公サイドなんて王道的なやりかたはしないだろう。

 となれば悪魔としてトリップするのか。それで主人公たちと交渉して仲間に……それで充分だ!


「見直したよ、ようやくまともなゲームがきたな!」

「六郎君?」

「いやー、次はどこに飛ばされるかと思ってたけど、お前もやればできるじゃん!」

「ねぇねぇ六郎君、あのね……」


 話を聞いて、と自称神様が恐る恐る俺に声をかけてくる。

 その態度は珍しく俺が褒めてやっているというのにどこか後ろめたそうで、臆しているのか俺の様子を伺うように上目遣いだ。

 ……その上目遣いが意外と可愛い、なんてのは置いておこう。


「どうしたんだ?」

「六郎君、凄く言いにくいんだけど……今回はそのゲームにトリップできないんだ」

「出来ない?」

「そうなの……頼んでみたんだけど、受入れがいっぱいで無理だったんだって」

「受入れ? そういうシステムなのか?」

「うん、ゲームによってね……あのゲームって受入れ口少なくて」


 だから……と申し訳なさそうな自称神様に、俺は落胆すべきか驚くべきか分からずに呆然としてしまった。

 受入れとはまた生々しい。しかもゲームによって受け入れられる人数が違うようだ。


「そういうもんなのか?」

「そういうもんなの、ごめんね。せっかく六郎君が張り切ってたのに……」


 普段の生意気で斜め上な態度はどこへやら、自称神様がしゅんと項垂れる。

 その姿は気弱な女の子そのものだ。どれだけ怒ろうが踏みつけようが、ましてやアイアンクローをかましても懲りることなく3秒で復活していたのに。

 ちくしょう……こんな態度を取られたらこっちだって強く出れないだろうが。


「ま、まぁ……無理なもんは仕方ないだろ」

「え、良いの?」

「そういうシステムなんだろ? なら俺が何言ったってどうしようもねぇし」

「そっか! でも意外だね、六郎君があのゲーム好きなんて」

「意外って、そうでもねぇだろ」

「そうかな、あれって女の子に人気のゲームだと思ってたけど」


 自称神様が不思議そうに小首を傾げる。

 女の子に人気……? 確かに女性人気もあるのかもしれない、それでも断言するほど偏ってもいないだろう。

 メーカーの歴史も長く、どちらかと言えば『老若男女問わず』といったほうがシックリくる。

 だというのに自称神様は相変わらず不思議そうな表情で、「そうなのかなぁ」と歯切れの悪い返答しかしてこない。


「最近は男の子だけだとコーナーに入れないところもあるらしいけどね」

「ん? コーナー?」

「でも、男の子でも写真撮りたいもんね」

「……写真?」


 写真って、どういうことだ?

 待てよ写真ってことは……いやでも、まさかそんな……。そんなわけがない……。

 だけどジャッ〇フロストが居たってことは、その可能性も……だけど……。


「お、おい……まさかそのゲームって……」

「え、決まってるじゃん



 プリ〇ト倶楽部ー!」



 ……マジか。


「だ、だからジャックフロ〇ト……」

「プリン〇倶楽部ツゥー!」

「しかも2かよ……あぁ確かにジャックフ〇ストがいたな……」

「フレームを選んでねぇ!」

「いよいよ本気でなろう読者を置き去りにする気か……」


 盛大に溜息がもれ、それどころか膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。

 だが確かにプリン〇倶楽部にはジャックフ〇ストが居た。そして圧倒的に女性人気のあるゲーム機だ。ゲーセンの一角に『男性のみの利用はご控えください』という札も見たことがある。

 だけど、でもさ……。


 プリン〇倶楽部にトリップしてどうするんだ!?


「あれか、足を細く加工でもしろってか?」

「美脚加工なんてしゃらくせぇ機能はないよ! 当然落書きもさせない!」

「あぁ、そんな時代がありました……おい、もろに懐かしのプリン〇倶楽部じゃねぇか」


 再び溜息をつけば、自称神様が今度は焦ったように俺の顔を覗き込んできた。

「どうしたの? なにかあったの?」と尋ねてくるが、むしろ俺としてはオウム返ししたい気分だ。


 どうして気付かないの?

 何があれば気付いてくれるの?


「いや、むしろ何を言っても無駄だ。もうお前には何も期待しない……」

「知らない内に諦められてる!? もっと期待して!」

「……逆に聞きたい、どうして今までのことを踏まえてお前に期待しろと?」

「ひどいよぉ……。いいもん、私だって頑張れば出来るんだから!」


 見てて!と自称神様が復活する。やはり早い、3秒だ。

 どうやら今回は本気らしく――というか、俺としては最初から本気でやっていてほしかったが――見返すためにと急いでどこかへと消えていった。

 きっと資料室とやらだ。その途中で一度「ぎゃん!」と悲鳴をあげたのは真っ白な壁にぶつかったからで、その姿はやはり期待できる代物ではない。


 ……が、今回もまたあいつに従うしかないのも事実。


 なので俺は仕方なく自称神様を待ち、資料片手に戻ってきたところを溜息交じりで迎えた。

 きっと今回もろくでもないトリップなのだろう。あぁ嫌だな、いっそここでこいつと話していたほうがまだマシだ。


「で、次はどこだ?」

「次はギャンブル! 勝利して大金を手にするのだ!」


 ドヤっと胸を張る自称神様に、俺は意外なジャンルに少しだが驚いてしまった。

 ギャンブルで大金と言うとスロットやパチンコか? こいつのことだからパチンコを題材にしたゲームではなく本体の可能性もあるし、花札やトランプなんてこともあり得る。

 いつだって俺の予想の斜め上を言っているのだ。今回だってまともなギャンブルゲームなわけがない……。


「まったく微塵もこれっぽっちも期待できない」

「酷いよ六郎君……誰もが知ってる有名ギャンブルゲームだよ!」

「はいはい、そうですね。それじゃいってくるから」

「棒読みやめて! 今回こそ本当に、ハーレムでチートなギャンブルゲームなんだから!」

「はいはい」


 ぴぃぴぃ喚いて抗議してくる自称神様を、俺はさっさとトリップしてしまおうと軽く流した。

 そうして「いってきます」と手を振れば、先程までの抗議はどこへやら自称神様は嬉しそうに


「いってらっしゃい!」


 と手を振り返してきた。




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