5:隠密トリップ
忍者のごとく隠れるゲームとは、いったい何のことだろう?
例えば、追いかけてくる殺人鬼から逃げるホラーゲーム。
プレイヤーに戦うすべはなく、殺人鬼から逃げつつストーリーを進めていく。そんなホラーゲームがあったはずだ。
入りくんだ屋敷の構造を上手く利用し、万が一に鉢合わせをしたら逃げながらどこかに身を隠す。時には『いや、気付くだろ!』という隠れ方もあるのだが、それはご愛敬というやつだ。
殺人鬼が持っている巨大なハサミが特徴的で、敵に近付くたびにシャキンシャキンと聞こえてくる音が大きくなり、冷や汗をかきながらコントローラーを握ったのを覚えている。
もしくは、敵から身を隠しながら進む潜入系のゲームだろうか。
ゲームの目的はあくまで潜入であり、上手いプレイヤーほど器用に隠れて戦闘は最小限に抑える。むしろ一人にでも見つかれば応援を呼ばれ、逃げる羽目になってしまう……そんなゲームだ。
あえて『戦わずに進む』という選択肢がより一層の緊張感を増し、プレイヤーですら声を潜めてしまうときがある。敵の目の前でロッカーに隠れたり段ボールに入ったりもするのだが、そこもご愛敬という言葉ですませておこう。
そうやって考えてみれば、なるほど非力な俺には案外に適しているかもしれない。小心者で臆病だが、言い換えれば慎重とも言える。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと意識が覚醒していくのを感じつつ周囲を見回した。
この、微睡みから覚めるような、たっぷりと寝た日の朝のような覚醒の感覚は嫌いではない。いや、四度目となるとむしろ心地いいとさえ思える。
もっとも、それはこの覚醒した世界がまともであれば尚良いものなんだろうけれど……。
そんな願いもむなしく、降り立った――と言っていいのか分からないが、とにかく覚醒した先の――世界の様子に、俺は来て早々に首を傾げた。
人混みだ。
それもかなりの人混み。
例えるならばデパートのオープンセールのような、連休の娯楽施設のような、万年の某テーマパークのような……そんなレベルだ。
歩けないわけではないが無理に進めば行き交う人々と肩がぶつかりそうになり、時に鉢合わせになり互いに道を譲り合って微妙な空気になる。あちこちから賑やかな声が聞こえ、見れば至るとろこで人の群れができていた。
酔っぱらい同士の喧嘩を野次馬が囲み、その野次馬を狙って更に喧嘩を吹っ掛けるがらの悪そうな若者の集団。その向こうでは蕎麦屋とラーメン屋の出前が派手に正面衝突し、あたりいったいを麺だらけにしている。
壁にスプレーで絵を書くアーティスト気取りの集団の真上では、塗装屋がペンキを構えている。あれを上からぶちまけるとすれば、壁はいっきに塗れるだろう……もちろん、集団ごと。
そんな周囲の様子に、俺は再び首を傾げた。
あちこちで喧騒やアクシデントの尽きないこの場所は、到底潜入ゲームの舞台とは思えない。
それに、どういうわけか今回は服装まで変わっていた。
といってもやれ軍服だ迷彩柄だというわけでもなく、赤と白のストライプのシャツにジーパンという面白味のない服装だ。
これなら自分の私服と似たようなもの。わざわざ着替えさせる理由も思い当たらない。
おまけに、どういうわけかメガネまでオプションでついてきた。
外してみても見え方が変わらないあたり、度無しの伊達メガネといやつだろう。それにしては黒の丸縁という、お洒落でかけるにはセンスを疑われかねないデザインだ
……はっきり言おう、ダサイ。
「これは早いとこ着替えたいな。しかし、いったいなの世界だ……ん?」
ふと、足元を見れば、杖が一本転がっていた。
これといって変わったところのない、茶一色の杖だ。
洒落っ気のない柄には使い込まれた跡が見え、試しにと持ち上げて見ればあちこちに傷が見える。先端に至っては欠けてさえいる。
極平凡な、歩行の補助に使う杖だ。
例えば
中に武器が仕込まれているとか、
中に密書が隠されているとか、
この杖そのものに異世界のパワーが込められているとか、
そんな要素は全く見られない、至って在り来たりな落し物にすぎない。
「ゲームのアイテム……ってわけじゃなさそうだな。単なる落し物か」
仕方ない、と溜息をつき、杖を小脇に抱えこんだ。
アイテムじゃないからと放っておくわけにもいかない。持ち主が困っているかもしれない……ときたら尚更だ。
とりわけ、今はこの世界がどんなゲーム世界なのか分からずやるべきことも検討がつかないのだ、持ち主探しをしても罰は当たらないだろう。
「杖ってことは老人かな? いや、単にファッションってのもあるか……」
人が行きかう中を縫うようにして歩き、持ち主らしき人は居ないかと四方に視線をやった。
そうしてしばらく歩いて、ふと周囲の景色が変わったことに気付いた。
先程の、まるでオープン当日のデパートのような人混みから、いつの間にか屋外に出ていたようだ。
同じように人混みと喧騒が続いているあたり、きっとその流れにのまれてきたのだろう。
だがおかしいな、建物を出た記憶なんてないぞ。
いくら人探しに夢中になっていたからといって、さすがに屋内から外に出れば分かるはずなのに……。
これもゲーム世界ゆえの作用なのだろうか。
そう考え周囲を見回し……俺はあまりの光景に唖然として、危うく杖を落とすところだった。
なにせ中世の戦場だ。
先程までの文明はどこへやら、歩いているうちに中世の戦場に突入していたのだ。
……んなわけあるか!!
と言いたいところだが、しつこいようだが中世の戦場である。
「な、なんだよこれ……」
唖然としながら気圧されるように後退り、ひとまず岩場に身を寄せる。
だがそうしていても埒が明かず、恐る恐る岩場から顔を覗かせて周囲の様子を伺うことにした。
恐怖心はあるものの、幸い俺がここに隠れていることに気付いている奴はいないようだ。
見たところ、分かりやすく二つの勢力が争っている。
だがどうにも、その争いはどこか間が抜けているというか、コミカルというか……。
例えば、どういうわけか味方同士が小競り合いをしていたり、かと思えば敵同士で向かい合っているのにサボっていたり。
中には喉かに食事をしている輩もおり、かと思えば大乱闘の末なぜか下着一枚で戦っている者もいる。
一部では魔術師らしき者が魔法陣を囲んで何やら召喚しようとしているし、その頭上にはドラゴンが舞っている。
……なんでもありの戦闘だ。
「こんな状況で何すればいいんだよ」
岩場に身を寄せ、所在なさげに深く溜息をついた。
今まさに戦場の真っただ中とはいえ、俺に戦う度胸もないし理由もない。いくら間の抜けたコミカルな戦場といえど、暴力沙汰はごめんだ。
そもそも、今回は隠れるゲームのはず。俺に与えられた能力は――本当に能力が与えられているのか、それすらも怪しくなってきたが――隠れることに徹した能力のはず。
となればこうやって身を隠すことこそ本来の趣旨に乗っ取っているはず……そう決めつけ、俺は岩に背を預けて一息ついた。
……と、ふと何かに手が当たった。
「……カメラ?」
見れば、そこにあるのは極平凡なカメラ。それも最近主流のデジタルカメラではなく、昔ながらの大型のものだ。
生憎とカメラには詳しくないので型番なんかは分からないが、それでも形や分厚さから見て相当な年代物だと分かる。
持ち上げて見てみれば、どこにもメモリーカードの差し込み口はなく、代わりに裏蓋が外れるようになっていた。もちろん、ここにフィルムを入れるのだ。
ご丁寧に首から下げるベルトまで付いており、その草臥れた具合からこのレトロなカメラが観賞用ではなく現役だと分かる。
「しかし、なんでこんな所でカメラが?」
いくらレトロな旧式カメラと言えど、甲冑を纏った兵士たちが戦う中世の戦場には不釣り合いだ。
時代錯誤。明らかな時代考証ミス。
だが見つけてしまった以上放っておくわけにもいかず、俺はひとまずそのカメラを持ち歩くことにした。
運が良ければ持ち主を見つけられるだろう。勝手に持ち出す後ろめたさはあるものの、こんな所に転がしておいて投石器に踏みつぶされるよりはマシなはずだ。
「しかし、なんか色々を拾ってばっかで……ん?」
カメラを首から下げ、ふと自分の出で立ちに気付いた。
赤と白のストライプのシャツ。
いつのまに掛けていたのか、丸縁のメガネ。
片手には杖。首から下げるのはカメラ。
その格好で人ごみの中を歩く姿はまさに……
ウ ォ ー 〇 ー で す 、 本 当 に あ り が と う ご ざ い ま し た 。
ウォーリ〇を探せ!というより、俺が探される方です本当にありがry
「……ま、マジかよ……」
ガクン、と膝から崩れ落ちた。勿論、怒りすら超越した呆れが全身を駆け巡り、立っている気力さえ奪ってくれたからだ。
そりゃ確かに、これは隠れるゲームだ。いや、隠れるゲームなのか?
本来ならば隠れているものを探すゲームで……いやいや、ウォー〇ー本人に隠れている気はないのか、奴は好き勝手に色々な所を歩き回っている。
おまけに、各ページのあちこちで落し物をしているのだ。リュックや本、それい帽子……
杖にカメラ。
はいそうです、持ち主は俺でした。
「あの駄神、今度はゲームブックか……」
最早怒鳴る気にもならず空を見上げれば、空の上を魔法の絨毯が飛んでいった。
どうやら、次のページはアラビアらしい。
あぁ、そういや魔法の絨毯が飛び交うページがあったなぁ……なんて、小学生時代の記憶を遡っていると
「六郎君、見つけた!!」
という声が聞こえ、次いで俺の意識がゆっくりと白んでいった。
「とりあえず正座しろ、それが嫌なら大人しく殴られろ」
と、開口一番に言ってやれば、自称神様が慌てて正座した。
「ろ、六郎君ってば何を怒ってるのかな?」
「何を、だと?」
「あれかな、六郎君が居ない間にプリン食べたことかな?」
俺の怒りを察したのだろう明らかに怯えた様子で自称神様が尋ねてくるが、まったくもって見当違いだ。
というか、人がウォー〇ーとして探されてる最中にプリン食ってたのかよこいつ。
それが合わさって更に腹が立ち、思わず拳を握りしめて頭上に構えてみせれば、殴られると慌てたのかビィビィと悲鳴が上がった。
「女の子に暴力はどうかと思うな! それにこの小説R-15指定かけてないから、暴力行為は駄目なんだよ!」
「大丈夫だ、俺が殴りかかると同時に『暗転』って付けて普段より多めに改行しとけば良い」
「ひぃ! 行間で行われる暴力行為! 描写しないから好き放題なんて六郎君の鬼畜!」
「好きにいえ! ゲームブックに飛ばされた恨み……そしてプリンの恨み!!」
「食べたかったんだ!?」
「当然!」
「この世界、お腹空かないのに!」
「甘いものは別腹!」
「なんともスイーツ!!」
ああ言えばこう言う。
反省しているのかしていないのか――しているわけがない――なんだかんだと言い返してくる自称神様の頭を鷲掴みにし、グリグリと左右に振る。
流石に殴るのは気が引けたが、かといって何もしないでいるのも気が晴れない……と考えた末の俺なり暴力行為である。
甘いって? そりゃ俺もそう思うけど、この自称神様は見た目だけなら可愛い女の子なのだ……殴れるわけがない。これが極普通の野郎なら顔面にドロップキックも余裕なのに……。
「脳が、脳が揺れるぅ」
「揺れるほどあるとは思えん!」
「酷いよう六郎君、私は君の、ピンチを救ったのにぃ」
「はあ?」
わけの分からないことを言って寄越す自称神様に、俺は続きを促すために一先ず手を放してやった。
しばらくは脳の揺れが続いたのだろう、ふらふらと頭を揺らしている様は神様とは思えない程に間抜けだ。……ちょっと可愛くもあるが。
しかし、俺のピンチを救ったとはどういうことだ?
確かに中世の戦場に放り出されたことは危険でもあるが、ウォー〇ーを探せ!でそんな陰惨な事件は起こらないし、なにより主人公のウォー〇ーがピンチに陥るようなことはなかったはずだ。
奴はいつだって人混みの中でドヤ顔を浮かべて佇んでいる。
さしたる危険に会うわけでもなく、周囲の騒動に顔色一つ変えることなく、いついかなる時もどんな世界であれ同じドヤ顔でこちらを見ている。
……そう書くと結構怖いものがあるな。
「で、俺のピンチってなんだ?」
「六郎君、ウォーリーを探〇!の最後のページ覚えてる?」
「最後……あぁ、ウォー〇ーがいっぱいいるページか」
このゲームシリーズは幾つか種類が出ているが、最後のページは決まって同じ作りになっている。
今までは老若男女が騒動を起こしている所を、すべてがウォー〇ーになっているのだ。いや、細かく見れば所々が違っており、その中から本物のウォーリーを探すという仕組みになっている。
それゆえ、このページだけ他のページと比べて難易度が跳ねあがり、脱落者が続出する。むしろこのページをクリアした者がいるのか疑問に思えるくらいだ。
「それがどうした?」
「あのページって自分と瓜二つの存在が数え切れないほど集まるよね、で、そこに迂闊に入ると」
「入ると?」
「自分が増殖した錯覚にとらわれて、自我を失い精神崩壊するの」
「こわっ!!」
「でしょ! だから私はその前に六郎君を見つけたの。つまり六郎君のピンチを救ったってことになるの!」
ドヤ!と自称神様が胸を張る。……うん、こうやって胸を張るとそこそこに膨らみがあるな。
等と考えている場合ではなく、俺は自信満面に胸を張る自称神様に手を伸ばし……
「そんな危険な場所に放り込むなら、一言忠告ぐらいしやがれ!」
と、再び頭を掴んでグリグリと左右に振ってやった。
「頭がクラクラする」
「そりゃ良かったな」
「酷いよ六郎君。プリン食べ損ねたぐらいでこんなことするなんて……」
「まだ揺らし足らないとみた」
「ごめんなさい!!」
びゃー!と悲鳴を上げて慌てて距離をとる自称神様に、俺は呆れが勝って深い溜息をついた。
なんというか……まったくもって疑わしく尚且つ頼りない神様なのに、結局は次もこいつの提案に乗らなきゃいけないというのが分かっていて嫌になってくる……。
あぁ、なんてタイミングで死んだんだよ俺。こんなことなら大人しく死んでおけば良かった……なんか変な話だけど。
「で、次はどこだ?」
「えっとね、次は……過酷なミッション! 青と赤のコード、どちらを選ぶ!?」
「はぁ……爆弾処理かなんかか?」
「ピンポーン! 大正解!」
嬉しそうな自称神様の反応に、対して俺のテンションは下がる一方だ。
確かに爆弾処理と言うのはドラマチックで憧れもする。刻一刻と減っていく時間の中、二色のコードのどちらを切るかという究極の選択……。
映画やドラマなら爆弾に取り付けられたタイマーが残り0.1秒を指した瞬間にコードを切り、一瞬の沈黙の後にそれが正解だったと知る……そんな王道パターンだ。
絶体絶命の状況で迫られる選択と奇跡的な生還、まさに手に汗握る展開というやつだ。
だがどうにも、この自称神様が言うと胡散臭い……。
「それじゃ六郎君、危険なゲームだけどいってらっしゃーい!」
意気揚々と送り出す自称神様の声に合わせゆっくりと微睡んでいく意識の中、俺は睨むように彼女に視線を向け
「てめぇ、次の世界がボンバー〇ンだったらタダじゃおかないからな」
と、忠告してやった。
その瞬間、薄れかけていた意識が一気に引き戻されたのは言うまでもない。
「あ、待って待って、六郎君ちょっとお茶でも飲んでいこうか」
「おい、お前本当にボンバーマ〇だったのかよ」
「いや、そんな、ことはないけど……ほら、六郎君も次から次へとトリップしてたら疲れちゃうからね」
「露骨に目をそらすな、ちゃんと俺の目を見ろ」
「み、見つめ合うと素直にお喋りできないから……」
分かりやすい程に俯いて俺の視線から逃げ、お茶を出すなりそそくさとどこかへ消えていく自称神様に溜息が漏れる。
釘を刺しておいて良かった……と思う反面、あいつの思考が分かってしまったことが悲しくもある。そんな微妙な溜息だ。
そうしてしばらくすると、自称神様が「今度こそ大丈夫!」と自信満面に戻ってきた。
曰く「これこそまさに危険な爆弾処理の世界!」だそうで。大方、次の世界も碌でもないのは言うまでもないがボンバー〇ンではないようだ。
「それじゃ、今度こそ行ってくるか」
「はーい、行ってらっしゃーい!」
「あ、そうだ。戻ったら食うからプリン用意しておけよ」
そう最後に言ってやれば、はたはたと手を振って俺を見送っていた神様が
「作って待ってるねー」
と暢気に言って寄越した。
うん、次のトリップも早く終わりそうだ。