4:トリップ後の人生について
改めて、トリップとはなんぞや。
辞書を引けば多々載っているかもしれないが、俺の知るところでは『別世界に飛ばされる』これが当てはまる。
といっても大概はトリップした先の世界に直ぐに馴染むので、やれ誘拐だ拉致だの混乱もなく、有難いことに言語も通じている。
おまけに、その世界では『異世界からの来訪者』として扱われ、時にチート、時にハーレム、はたまたその両方を持ち合わせるという高スペックもお馴染みである。
俺は俺でありつつも元の俺ではなく、そんな俺は異世界から来た最強の俺として新たな世界で第二の人生を謳歌するのだ。
それがトリップだ。
少なくとも、俺に与えられたトリップはそうに違いない。
「ってことで、今度こそ上手いことトリップしたんだよな……」
次第にはっきりとしていく意識の中で、三度目の正直……もとい四度目の正直を信じつつ周囲を見回す。
喋るブロック、いない。
ミドリガメ、いない。
脱走するズー、いない。
よし、とここが今までのゲーム世界でないことを確認し、次いで俺は自分の状態を見降ろした。
身体に異常なし、服装も異変なし違和感もなし。だがどういうわけか車に乗っている。
おかしい、運転席から始まるトリップなんて聞いたことが無い。
この世界でのジョブが敏腕ドライバーなのだろうか。となれば俺はGTRに乗ればいいのか、それとも荷物を運ぶのか……。
だとしても、この車はおかしすぎる。ハンドルはビッタリと車体に固まっていて動くとは思えないし、ペダルも固まっている。
まるで玩具の車のようだ。それも、最近の子供ならば3秒で飽きるであろうちゃちな代物。だというのにオープンカーとは、洒落ているのか些末なのか分からない。
「つまり、またおかしなゲームに飛ばされたってことか……」
はぁ……と溜息をついて、再度周囲を見回した。
あの自称神様に対して怒りが湧き、なによりそれを上回る呆れと脱力で地べたに寝そべりたいくらいなのだが、今はここがどんなゲーム世界か確認する方が優先だ。
とっととクリアして、この人生を終わらせよう。
このゲーム人生を……
「道、しかないな」
見渡す限り物はなく、あるのは目の前に続く長い道だけだ。
時折緩やかなカーブを描いていたり分岐しているようだが、これといった障害もなければ敵の姿もない。
この道をこの車で走りぬける、いわゆるレースゲームなのだろうか。なるほど、それなら運転席からスタートも納得がいく。
だがおかしいのは、レースゲームにしてはコースが簡単すぎるのだ。初心者コースといえど、もう少し急カーブや緩急があってはじめて楽しめるだろう。
「レース、じゃないのかな……となると何のゲームだ? ……ん?」
ふと、俺は視界の隅に何かが現れたのに気付いた。
なんというか山のような。突起のような……。それが大きな音を出して回り始めた。
いったい何が起こるのか、ガラガラと異物を引っかけるような激しい音と共に謎の突出物が回転し、地面を揺らす。
何だ、何があるんだ。
あれは何だ……。
突出物は俺の目の前で回転を速め、最高潮に達するとまるで山を越えたかのように自然と速度を落としていった。
ガチガチと鳴っていた異音が、緩まる速度に合わせてその頻度を落としていく。
カチ……カチ…………そうして最後に
カチンッ
と音を立てて、回転が止んだ。
「いったいなんだよ……ん?」
突出物の上空に、何かが浮かび上がる。
それは次第にはっきりし、形を明確にし……
6
と、俺の目に映った。
数字の6だ。間違いなく、6。
「だからそれはなんだって……うわ!!」
途端、アクセルも踏んでいないのに車が動き出した。
まるで道の上を滑るような迷いのない走り。当然だがアクセルはもちろんハンドルだって握っていないのに。
だが車はまるで遠隔操作されているかのように進み、目的地に着いたのかピタリと急停止した。
「くそ、さっぱり意味が分かんねぇ……」
ゲームのクリアどころか、ここが何のゲーム世界なのかすら分からない。
ただ車に乗って、どこかから操作されているように道を進む、それだけのゲームなんて記憶にないし、あったとしても面白いわけがない。
だがここで諦めるわけにもいかず、俺はせめて現状把握だけはしようと周囲を見回し、車から身を出すようにして道路に視線をやった。
これといって変わったところのない、仕掛けや罠も見当たらない普通の道路だ。
……だが待てよ、なにか書いてある。
小さな文字で……丁度この真下に……
『ニワトリが金の卵を産む』
と書いてある。
……はぁ??
「なんだよこれ、金の卵? それがどうしっ」
どうした、と言いかけた俺の視界に、巨大なお札が舞い降りてくるのが見えた。
上空からだ。何もない上空からお札が、それも俺の知っているものとは違う色とりどりのお札が舞い降りてきている。
それらはヒラヒラと揺れながらゆっくりと地面に落ち、瞬く間に山のように重なっていった。
まるで誰かに与えられたかのように……。どこかかから、誰かに……。
いや、これはきっと
ニワトリが金の卵を産んだ、俺の金だ。
勘のいい方ならお分かりだろうと思います。
それではご一緒にどうぞ
人 生 ゲ 〇 ム で す 本 当 に あ り が と う ご ざ い ま し た 。
「あの駄神、よりによってボードゲームかよ。いやこれ確かに人生だけど……でも」
はぁ……と思わず深いため息が漏れる。
いったいどこの世界に、ゲーム世界にトリップだと言ってボードゲームに連れていく神様がいるというのか。
普通はゲーム世界といえばオンラインゲーム、もしくはテレビゲームが相場と決まっているのに……。
だが幾ら溜息をついて自称神様を恨んでも現状は変わらない、この第二の人生を終えて戻るにはゲームをクリアしなくてはならないのだ。
「っていうか、クリアってなんだよ。俺なにもしねぇじゃん」
やることもなく、再び動き出す突出物――ルーレットです本当にありがry――を眺め、出た数字にならって走り出す車に揺られる
なんというか、半端ない虚脱感だ。オープンカーなのをいいことに窓の外へと足を投げ出し、運転席と助手席にかけて体を倒す。
もちろんアクセルを踏み込むこともハンドルをきることもない。それでも車は目的のマスへと進み、カーブを曲がってくれるのだ。
なんて親切。そして手持無沙汰。
所詮、俺など駒である。
いや、自虐でもなんでもなく。
そうして幾度か車が動き、その間にも俺の手持ち金は変動していった。
妙な絵画を買わされたり、かと思えば株であてたり。人生とは山あり谷あり、まさにゲームのようだ。
そうして今もまた一つのマスに止まり、俺は「どれ…」と興味心から車から身を乗りだしてマス目の文字を読んだ。
赤い文字で結婚と書いてある。
……結婚?
そうだ、このゲームは結婚イベントがある。
そのマスに停まると結婚出来るのだ。伴侶を得て、更に子供を増やしていくことだって出目次第では可能。
ここにきて、俺の中で初めて期待が首をもたげた。絶望的、それどころか絶望と虚無感と虚脱感と怒りをない交ぜにした心境だったが、結婚できるなら話は変わってくる。
手持無沙汰で退屈しかない車の旅も、伴侶が居れば別物。それが可愛い子ならなおさらだ。
果たして、俺の元へどんな子が来るのか。
ここはゲームらしく選べるのだろうか。
それとも今の俺の資金や進み具合から変わってくるのか。
可愛くて、あと気の合う子が来てくれればいいけど。
思わず佇まいを直し、迎え入れるために助手席を整える。
そんな俺の元へ現れたのは、なんともこのゲームらしい……
ズドン!!
と勢いよく助手席に降り立った、ピンクの円柱だった。
所詮、俺など駒である。
そうして、彼女もまた駒でしかないのだ。
「おかえり、六郎くっ!!」
出迎えの言葉も聞き終わらぬうちに、間髪入れず頭を鷲掴みにしてやる。
哀れ自称神様は「びゃぁー!」という悲鳴をあげながらジタバタともがき始めた。
「なにがゲーム世界だ! やることなんもなかったぞ!」
「謳歌してたじゃん! 仕事して結婚して子供産んで……ひぃ、開拓地に行ってる!!」
「そうだよ! 順風満帆な人生と思わせて最後に躓いたんだよ! 俺の人生大暴落だ!」
ジタバタもがいて逃れようとする自称神様に、更に鷲掴んだ手をぶんぶんと揺らす。
「脳みそが揺れる!」という訴えが上がるが、こいつの脳みそなんてあってないようなもの。多少揺らして活性化させる必要がある。
「酷いよ六郎君、開拓地に行ったのは私のせいじゃないよ!」
「知ってるよ! そもそもの問題だ! それに俺の人生は…………」
ふと言葉を飲み込み、俺は自称神様から手を離した。
嫌な記憶が蘇る。忘れ去りたい、忌々しく、そして絶望的でありながら非道な記憶……。
封印したはずのそれらがフラッシュバックのように脳裏に蘇り、俺は思わず目頭を押さえた。
「ろ、六郎君……?」
「くそ、思い出しちまった……」
「どうしたのさ六郎君……」
「……あんな光景、二度と思い出したくねぇ……あんな……
俺の嫁と娘たちが、金に変わっていく光景……」
「……情が移ったんだ」
「そりゃ、人生を共にしたからな」
「え、でも奥さんピンクの円柱じゃございません? 娘さんもそっくりの円柱じゃございません?」
「俺の家族のことを悪く言うな。可愛い嫁に、そんな嫁に似た愛しい子供達だ。……それが、最後にあんなことになるなんて……」
くそ、と俺が目元を拭う。
思い出すのはやめよう、俺はゲーム世界での人生を謳歌したはずだ。
嫁とずっと寄り添って――運転席と助手席という位置で――、たくさんの子供たちと――最終的に車が二台になりました――人生を走り抜けた。
その最後があんなことになってしまったが、それは仕方ないことなんだ……。
そう、だって……
最終的に、伴侶と子供は金に換金するシステムだし。
やっぱり彼女たちは駒でしかないわけだし。
「で、さっさと次の話に入ろうか」
「ひゃー、驚くほど割り切るのが早い!」
「うるせぇな、あれはあれで満足した人生として終止符打ったんだよ。それで、次は?」
「えーっとね、次は……平凡な日常に紛れて隠れて暮らす人生!!」
ビシ!と自称神様が指を立てる。
「隠れるって、どういうことだ?」
「その姿を人に見つかってはいけない……ジャパニーズNIJYAの如く!」
「忍者……」
つまり、隠密行動ということか。
誰にも見つかってはいけない緊迫感、その中で冷静に判断し迅速に目的を達成する。
そこにチート能力が加われば、隠密ゆえ派手さには欠けるが確かに魅力的だ。
主人公にこそなり難いが、主人公の陰で暗躍する重要なポジション。総じてこの手のタイプは影があってそれが人気に繋がったりする。
ふむ、悪くない。
「よし、楽しそうだし行ってやるか」
「本当? それじゃ、いってらっしゃーい!」
見つからないようにねー、と大声で叫んでくる自称神様に、俺は肩をすくめながら白んでいく意識に身をゆだねた。