3:トリップして獣遣い
ゲーム世界で獣使い。
誰にも従わず、誰もが恐れる獰猛な獣を俺だけが操って戦う。
なるほど特殊でチートだ、これはファンタジー要素が強くて中々に面白い。
そんなことを考えながら覚醒していく意識で周囲を見回せば、今回は青く晴れた空にいくつかの建物が見えた。
屋外。それもある程度しっかりとした施設が備わっている。
幸い周囲にミドリガメの気配もなく、コインが隠されているブロックもなさそうだ。
「さて、今度はどんな世界か……」
『六郎君、さっそく事件だにゃ』
「ん?」
聞こえてきた声に、俺は驚いて足元を見降ろした。
そこには真っ白な猫が一匹、俺と寄り添うようにして歩いていた。
純白とさえ言える美しい毛並み、ピンと立った尻尾、見上ればクリとした青い瞳が俺を捕え、しなやかな髭がふわりと揺れる。
猫の種類について詳しいわけではないが、一目見ればその高潔さが分かる。血統書というやつだろうか、少なくとも野良ではない。
「……猫が喋った?」
『ファンタジー世界じゃ当然だにゃー』
「その声……駄神か!?」
『駄神とにゃ!?』
丸い瞳の白猫が俺の言葉に驚いて、更に目を丸くする。
そのコミカルな反応は間違いなく俺の言葉を理解しているから。となれば当然、俺の足元にちょこんと座るこの白猫は……あの自称神様だ。
それを確認するように俺が抱き上げれば、白猫はふんわりとした毛並みで満足そうに口元を歪めた。猫の笑みとは不思議なものだ。
「で、どうしてお前が着いてきたんだ?」
『たまにはこういうのも良いかにゃって』
「なるほどな。それで事件ってなんだ?」
『まさに獣使いの六郎君の出番、あれを見るにゃー』
ほら、と白猫に化けた自称神様がふわふわの手で俺達の向かう先を指さした。
ちょっとだけ爪が出ているのが可愛く思えるのだが、調子に乗りそうだからそれは言わないでおく。
とにかく、今は俺の出番とやらを確認しなくては。異世界からトリップしてきた、チート獣使いの俺の出番…………。
この、目の前の
獣達が走り回るこの状況が
「俺にどうにかしろってか!?」
『六郎君がどうにかするにゃ!』
自信満面に言い切った白猫を、俺はひとまず鷲掴みにする。
ピンと立った猫耳をわざと後ろに引っ張ってやれば『やめてにゃ、やめてにゃ!』と悲鳴が上がった。
くそ、これじゃ俺が動物を虐待しているみたいじゃないか……と、外見だけは可愛らしい猫の訴えに負けて手を緩めてしまう。
だが現状の参事は変わらない。走り回るキリンにライオン、カバやパンダまでいるではないか。
「どうにかって、獣使い一人じゃどうこうできる状況じゃないだろ! ライオン逃げてるし、大参事だ!」
『大丈夫にゃー、獣の操り方は簡単にゃ』
ぴん、と白猫が胸を張るかわりに髭を張りつめさせて俺の目の前に指を立てた。
その表情と態度から見るに、この参事を前に何かしらの秘策があるらしい。チート獣使いの技というやつなのだろうか。
そうか、獣たちが縦横無尽に駆け回るこの大参事において、異世界現れた獣使いがそのチート能力で場を収める……ふむ、なかなか良い筋書きじゃないか。
となれば俺のすることは何だ……と、俺は白猫の顔を覗き込み
『各動物を三匹一列に並べれば檻に戻っていくにゃ!!』
「誰がズーをキープしたいと言ったぁあ!!」
怒鳴ると共に、猫耳をギュウっと後ろに引っ張ってやった。
再びニャーニャーと悲鳴が上がるが、今回ばかりは手を緩めてやる気にはならない。
いったいなにが獣遣いだ、動物園の係員じゃねぇか!
っていうか、ズーキ〇パーです本当にありがとうございました!
『やめるにゃやめるにゃ、これ以上ミミ引っ張るなら動物愛護団体に訴えるにゃ!』
「こんだけ動物逃がしてんだ、今更愛護団体ごときにビビるか!!」
『にゃんたる正論!!』
じたばたともがく白猫に、俺は今度はムニムニと耳ごと揉んでやる。
素直に虐待できないのは猫の姿が愛らしいからだ。こんな可愛らしい存在を叩いたり踏んだりなど出来るわけがない。
普段のあの姿なら問答無用で踏みつけてやるのに……。
『にゃ、にゃんか命拾いしたようにゃ』
「察しの良いやつだな。戻ったら覚えてろ」
『戻るにはズーをキープしなきゃにゃらないにゃ!』
「くそ……いっぺんクリアしなきゃいけないってことか。ったく、どこがチートだよ……」
ぶつぶつと呟きながら、動物たちを一列に並べる作業に移る。
これが案外に不思議かつ便利なもので、俺は慣れた手つきで――そりゃ何度かプレイしたことあるし――さっさとズー達をキープしていく。
しかし三匹並べるとあっさりと檻に戻っていくんだから、お前ら最初から脱走なんてするなよ……と言いたくもなる。
そうして、二十匹目の動物を誘導している最中、ふと疑問を抱いた。
多種多様な動物を楽に誘導し一列に並べる技術は、確かにチートと言えばチートなのかもしれない。傍から見れば立派な獣使いにも映るだろう。
しかしハーレム要素は一切ない。
見たところ俺以外にズーをキープする係員も居ないし、当然だが動物が行きかう混沌と化した動物園に来客があるわけもない。
もっとも、こんな状況なのだからハーレム要素があったとしても微塵も嬉しくはないのだが、それでも一応気になることは気になる……
「そういや、ハーレム要素はどうなったんだ?」
『逃げてるズー達みんなメスにゃ!』
「…………この動物園、大丈夫か」
こんだけ偏った動物、それもみんなメスときた……。
この動物園の将来は大丈夫なのだろうか、そんなことを考えつつ動物を操っていたが、そもそもこれだけ動物を逃がしているのだから経営なんて出来るわけがない。
不祥事も良いところだ、終わったな動物園。
そう考えながら、俺は二十七匹目のカバを誘導して一列に並べ、元居るべき檻へと返してやった。
そうしてあらかたのズーをキープし終えた俺を待っていたのは
「ハローミスターどてかぼちゃ」
という、禿げたおやじ――もとい園長――の辛辣な一言だった。
思わず、抱きかかえていた白猫をその顔面めがけてぶん投げてやったのは言うまでもない。
「ひどいよぉ、六郎君ってば動物虐待にも程があるよ」
「だまれ。終始のんびりと毛繕いしやがって」
「だって猫だから手伝えないもん。うっかりするとパクっといかれちゃうし」
ああ言えばこう言う。
ぶぅぶぅと文句を言ってくる自称神様に、俺は今度こそ殴ってやろうと拳を握り……。その手を下げた。
「っていうか、なんでお前ネコミミと尻尾残ってるんだ?」
そう、どういうわけか自称神様はこちらに戻ってきてもネコミミと尻尾を残していた。
今もたゆんたゆんと尻尾を揺らし、俺が溜息をつくとその度に三角のミミを揺らしている。
その姿に、怒りは湧くがどうにも踏みつけてやる気にならない。
元々女子供は殴らない主義だし――例外はいるが――、動物は全力で愛でる質なのだ。それらが合わされば強く出れるわけがない。
「それ戻ったら覚えておけよ。踏みつけてやる」
「しばらくはこのままで居ようと硬く誓いました。で、次はどうする?」
長く白い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、自称神様の猫耳娘が嬉しそうに尋ねてくる。
次、次か……次もあるんだなぁ…面倒くせぇ。
そんなことを考えつつ、俺はまたも見当違いのトリップをさせられたら堪ったものじゃないと、そもそもの根本にある問題を正すことにした。
「いいか、お前はトリップっていうのを勘違いしてる」
「勘違い?」
「ゲーム世界と言えど、普通トリップした先で生活するもんだろ」
いくらゲームの中と言えど、トリップした先で延々と戦い続けるわけでもなし。
普通ならそこに暮らす人達とふれあい、自分の生活を築き、そうしてゲームの核心である戦いに挑むのだ。
トリップした先でハーレムをするのなら尚更。女の子とのドキドキな生活が無ければ味気なさすぎる。
「そんなものチートハーレムのトリップと呼べるか」
「なるほど、向こうでの生活」
「そう、それがあって初めて、ゲームトリップを楽しめるというものだ。特にハーレムに関していえば、日常パーツのドキドキイベントは必要不可欠」
「あ、結構ハーレムに期待してるんだ」
「そりゃな。特に大事なのは風呂場でたまたま鉢合わせになっちゃうのと、あとは添い寝だな。これは外せないし、あとは」
「よし、わかった、次こそ完璧だよ! いってらっしゃい!!」
「おまえ、人の話を最後までっ」
最後まで聞け!と言いかけた俺の言葉さえ最後まで聞かず、自称神様が片手を上げる。――ついでに尻尾までピンと立ちあがった――
そうして俺の意識はゆっくりと白んでいく、今度こそゲーム世界での人生をはじめるために。
今 度 も 無 理 な 気 が す る け ど