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【完結】ゲーム世界でチートハーレム……のはずなのに!  作者: さき


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11/15

10:旬なトリップ

 

『今が旬』とはどういうことなのか。

 以前『流行のゲーム』でソーシャルゲームにトリップさせられたが、今回も似たようなものかなのか。それとも季節的なものか。

 といっても俺がいくら考えたところであの自称神様の考えなど分かるわけがなく、結局は行動して探るしかないのだ。


「といっても、見た感じゲームっぽさは無いよな……」


 注意深く周囲を見回したところで、相変わらずゲームらしさもヒントもない。今回は極平凡な町並みだ。

 立体感と行動のしやすさから横スクロールでもなさそうだし、様子を伺いつつ待てども緑亀が来る気配も無い。当然だが喋るブロックもズーもいない。

 かといって紛れ込んで身を隠すような人混みも無く、見れば道の先に女性が一人いるだけだ。その女性もどうやらこちらに気付いていないようで、背を向けたまま佇んでいる。


 さて、どうするべきか……あの人に話しかければ良いのだろうか?

 仮にこれがRPG、それも王道のパターンだとすれば、彼女に話しかければ次の指示を貰えるはずだ。

 在り来たりな展開で言うなら「王様がお呼びよ、お城に行って」だろう。彼女が村人Aであるなら、何度声をかけても以後同じことを繰り返すだけだ。

 そうして俺は城へと向かい、木の棒と布の服という用意されるまでもなくそこいらで手に入れられそうな装備を受け取り、端金で割に合わないボス退治に出かけるのだ。

 手垢のついたその展開は逆に言えば分かりやすくもある。そして同時に、いざ自分がその立場になったのだと考えると胸が高鳴る。

 男なら誰だって一度は「自分が勇者になったら」と考えるものなのだ。そして上記の展開は、まさに勇者の壮大な冒険の序章である。


 だが本当にそうだろうか?

 あの自称神差は今まで俺をどんなゲームにトリップさせてきた?

 初っ端からテト〇スと常識の斜め上をいき、ズーをキープさせられたりウォー〇ーになって隠れさせられたり、果てには延々とジャンケンをさせられたのだ。総じて、まともなゲームにトリップさせられた試しがない。

 それを考えれば、こんな『まさにゲームトリップらしいゲーム』なんて有り得るわけがなく、俺は改めて周囲を伺った。

 疑心暗鬼と言うなかれ、今までのことを考えて用心深くなっただけだ。


「ひとまずあの人は置いておいて、何か持ってないか確認してみよう」


 道の先に居る女性に意識を向けつつも、自分の体に変化はないかと改めて確認してみる。

 といっても服に変わったところは無く、手足を動かしても違和感はない。ポケットを探ってみても何も出てこず、今のところヒントはゼロだ。

 これはやはりあの女性に話しかけなくてはゲームが始まらないのか……そう考えて若干警戒しつつも未だ背を向ける女性に近付こうと足を進め、ふと道の端に小さな袋が転がっているのが見えた。


 随分と小さな袋だ。それも、使い古されているのか薄汚れている。落し物というよりは不必要になって捨てられたと言った方がピンとくる。

 そんな袋なのだ、只のゴミだろうと判断し通り過ぎ……足を止めた。


 本当にゴミか?


 静まり返ったこの町並みで、ポツンと道の端に転がる袋が妙に気になる。

 違和感、というよりは存在感か。ゴミ同然の薄汚い小袋なのに、どうしても視線を奪われてしまう。まるであの袋が「拾え」と叫んでいるような錯覚さえ覚える。

 もしやこれはゲームに必要なアイテムなのかもしれない。だから俺の勘が、いったいどんなゲームなのか分からないがトリップさせられた俺の勘が、あの袋を拾えと訴えているのだ。

 些細なことにも気を配り、違和感を感じたなら気のすむまで調べろと。人が見逃してしまいそうなアイテムだろうと手に取って確認し、それがどんな役に立つのか考えを巡らせる……。


 例えるなら、今流行の謎解きゲームのような……。



 そうだ、それだ!



「そうか、これは謎解きゲームだ!」


 部屋の中にある隠されたアイテムを見つけ、それらを組み合わせて謎を解いていく推理ゲーム。

 実際に体験ゲームとして現地に赴き行う場合もあれば、携帯アプリとして手軽にプレイすることも出来る。多様性のあるゲームだ。

 コツコツと地道に謎を解いていくマニアックなイメージが強いが、最近では有名テーマパークでも実施されるほど知名度が上がってきた。ドラマと連動しテレビで放送されたこともある。

 それが今俺のいるゲーム、そう考えれば道の端に落ちているあの袋はまさに謎を解くのに必要な『アイテム』だ。


「なるほど、今回は割と普通のゲームにトリップさせたな」


 うんうんと頷きながら、落ちている小袋を拾い上げた。

 実を言うと、こういった手合いのゲームが好きだったりする。行動力と閃きの両方を必要とされるゲームは、解いたときの爽快感がなんとも言えないのだ。


「よし、ひとまずこれが何かを確認して……」


 謎解きゲームの基本はアイテムの確認だ。

 自分が何を持っているのか、それをどう利用するのか。某所のリアル謎解きゲームでは、事前に渡されていた只の地図が最後の最後に謎を解く鍵になっていたりする。

 解説者の説明を聞き、大体の人が、まさにしてやられたと言わんばかりの表情で「これかぁ!」と自分の手元で使い古された地図に視線を落とすのだ。灯台下暗し、とはこのことだ。

 それを踏まえ、俺はまずはこの袋の中に何が入っているのか確認しようと中身を取り出し……。



 ゴロン、と掌に転がり落ちてきた人の目玉に息を飲んだ。



 そう、人の目玉だ。



 ピンボールサイズの小さな白い玉の中央に、まるで墨を一滴落としたかのように丸く広がる黒目。

 それがゴロリと俺の手の中で転がり、まさに『目があう』といった具合に黒目の中に俺を写した。

 中央により一層深い黒点が見える。あれが瞳孔だろうか。


「ひっ……なんだよ、これ……」


 手の中で転がる柔らかく生温かなその感覚に、投げ捨てるわけにもいかず息を飲むようにして小さく悲鳴を上げた。

 これがアイテムなのか!?

 どうしてこんなものが!? 

 そもそも、この目玉は誰の……。

 恐怖と混乱が足元からジンワリと這い上がっていくような薄ら寒さを感じ、それでもゆっくりと手の中の目玉を袋に戻した。

『人体の一部』そう考えると直ぐにでも手放したいと思う反面、これが誰かの眼球なのだと考えれば杜撰に扱う気にもなれない。

 万が一に落としてみろ、眼球の脆さなど分かりはしないが、それでも手の中に収まる感覚から柔らかさは大体想像がつく。手の高さから落下して、その衝撃に耐えられるとは思えない。

 間違いなく、潰れる。その瞬間に眼球が破裂し、中から出てくるのは白くドロリとした粘液……。ふとそんな想像をし、思わず身震いが走った。


 落とさないよう、ゆっくりと袋に戻そう。


 そっと手を傾け、眼球を転がす。ヌチャ、と小さな音がして糸が引く感覚が酷く不快だが、決して振り落すわけにはいかない。

 早く、早く……と。焦りを感じつつもそっと眼球を転がし、まるでピンボールを仕舞うかのようにコロンと袋の中に落とした。


 その瞬間に一瞬にして汗が拭き出し、抑えていた心臓が跳ねあがる。

 無意識に息を止めていたのか、眼球が袋の中に落ちたのを確認した瞬間息苦しさを感じ、ゼェゼェと音がしそうなほど派手に呼吸を繰り返した。

 心臓の音が体の中で響き渡る。喉が渇き、眩暈がする。足に力が入らず、見れば膝が小さく震えていた。


 眼球だ。

 眼球が落ちていたのだ。

 それを拾ってしまったのだから、恐怖で震えてしまうのも仕方ないだろう。


「な、なんだよあいつ……どんなゲームにトリップさせたんだ……謎解きゲームじゃないのか?」


 手に残る粘膜の感覚を乱暴に服で拭い、混乱した意識をはっきりさせるために乱暴に髪をかき上げた。

 額にかいた汗は冷や汗独特の粘着があり、かきあげた髪が湿り気を帯びている。半ば引っ掻くように掻き上げれば痛みを伴うが、それが逆に消えかけた理性を辛うじて繋いでいる。

 少しでも気を抜けば、足元から這い上がる恐怖に理性を失い悲鳴をあげかねないのだ。なにせ手の中には未だ眼球の感覚が残り、それ(・・)が入った袋はまだ俺の手元にある。


「俺にどうしろってんだ……ん?」


 どうすべきか分からず震える手で額を押さえれば、ゴトン、と何かが落ちる音が響いた。

 見れば小さな箱が俺の足元に転がっている。小さな、手の中に収まりそうなほど小さな、白い箱。

 数分前までこんなもの無かったはずの箱が、まるでさも当然のように俺の足元に転がっている状況に違和感と恐怖を覚え、俺は数歩後退ってその箱を凝視した。

 俺の勘が『この箱を開けろ』と訴えている。だがその反面、俺の本能が『この箱を開けるな』と警報を鳴らしている。


 なんでこんなものが?

 いつからここにあった?

 開けて良いのか?

 中に何が入ってる?


 中に、誰の(・・)何が(・・)、入ってる……?


 恐怖が足先から沸き上がり、まるで蛇が絡みついているかのように心臓が締め付けられる。

 だというのに俺はゆっくりと白い箱に手を伸ばし、恐る恐る、触れたくないという拒絶感から爪先を引っかけるようにしてその蓋を開けた。



 そうして、箱の中に入ったソレ(・・)に、俺は胃から湧き上がってきたものを堪え切れず地面にぶちまけた。



 鼻だ。


 人の鼻が、切り落とされた鼻だけが、小さな箱の中に収まっている。



 その光景は奇妙としかいいようが無い。一瞬、それこそ先程の眼球が無ければ、特殊メイクの道具かパーティーグッズとでも錯覚していただろう。

 だがその白くきめ細かな肌質、プツプツと開いた毛穴、人の肌特有の生々しさを見ればすぐに考えを撤回したはずだ。

 間違いなく、これは人の鼻。人体の一部。本来ならば、顔の中心部にあるはずのもの。


「それが……ぐっ……なんでここに……」


 胃から這い上がる嘔吐感に咳き込むも、胃の中のものは先程すべて吐き出したのか胃液だけが口の中に広がる。

 喉が痛い。湧き上がる嘔吐感に対して胃がついてこれず、胃が引きつる苦痛に涙が滲む。

 それでも震える手を伸ばし、ゆっくりと箱の蓋を閉じた。極力見ないように顔を背け……かといって決して間違えても触れないように……。


 そうしてゆっくりと箱の蓋を閉じた俺は、落ち着きを失った心臓と悲鳴をあげそうな喉の乾きを感じながら、それでも口元を拭うと顔を上げた。


 落ち着け、ここはゲームだ。

 自称神様が選んだ、単なるゲーム。

 クリアしてしまえば戻れる、そうだ、早くクリアしてしまおう……。


 決意が揺るがないようにと震える手を強く握り、道の先へと視線を向けた。

 そこには相変わらず女性がいる。こちらの騒ぎが聞こえていないのか、それとも聞こえたうえで無視しているのか、いまだ背中を向けたまま振り返る様子すらない。

 だがこの状況で、彼女が無関係なわけがない。味方と言う可能性は低くなったが、何かしらゲーム進行に必要なヒントを持っているはずだ。

 話しかけよう……。そう決意し、俺はゆっくりと女性に近付いた。



 眼球の入った袋と、鼻の入った箱を片手に。



「あ、あの……」


 恐る恐る、女性の背中に声をかける。

 それに反応したのか彼女の肩がピクリと震え、キッチリと結わかれた黒髪が小さく揺れた。

 だが振り返る様子は無く、かといって俺は正面にまわる気にもならず、再び「あの……」と声をかけた。


「すいません、ちょっと聞きたいんですけど……」

「…………ふ、」

「……いま何か言いました?」

「…………ふ、ふふ」


 笑みを堪えるような小さな声が聞こえ、同時に女の肩が揺れる。

 どうしてこの状況で笑えるのか、それも笑みを噛み殺すようなその声と仕草に恐怖を覚え、俺は身構えるように半歩後退った。

 が、それと同時に女がゆっくりと何かを差し出してくる。といっても相変わらず背中を向けたままなので、その顔がどういう表情を浮かべているのか分からない。


「……何ですか?」

「ふふ……」


 噛み殺した笑みが、まるで「受け取れ」と言っているように聞こえる。

 それに恐怖を感じて逃げ出そうとしたが、足に力が入らず動かない。恐怖がついにピークに達し、自分の体が自分の支持を拒否し始めたのだ。

 それが更に恐怖と絶望感を募らせるが、女はそんな俺の態度すら面白いと言いたげに「ふふ……」と笑みをもらし、押し付けるように俺に手を差し出した。


 その手の中には、何かを包んだ白い紙の塊。

 中に何が入っているのか分からないが、女の手には大きすぎる。白く細い指がしっかりとそれを握り、受け取れと言わんばかりに腕が伸びる。

 その様子に、俺は覚悟を決めて手を伸ばした。

 本能が警告音を掻き鳴らすが、きっと俺に拒否権は無いのだろう。仮にこれで拒絶し這って逃げようとしても、この女が追いかけてくるかもしれない。

 それこそ恐怖だ。この女がどんな顔をしているのか分からないが、今のこの状況でまともな顔をしているわけがない。化け物に追い掛け回されるくらいなら、害のない間は大人しく従っておくべきだ。


 そうしてそっと伸ばした俺の手に、女はポトンと紙の包みを落とした。


 中身を見たくない、と俺の本能が訴える。

 中身を確認しろ、と俺の勘が訴える。


 その鬩ぎあいを感じながら、俺は紙の端を抓むとゆっくりとその折り目を開いていった。



 そうして、顔を背ける。



 中に入っていたのは眼球と、それに……唇。



 先程の眼球と対になっているのか、同じ黒目の眼球。

 その隣にはまるで口紅を塗ったかのように赤い唇。まるで人の顔から剥ぎ取ったかのようなその生々しさに、直視するに堪えないとゆっくりと紙で伏せた。


「なんなんだよ……俺に何しろって言うんだよ……」


 小さく呟くも、嘔吐を訴えて胃が引きつるために声が震える。

 そうしてはたを顔を上げれば、今まで頑なに背中を見せていた女がゆっくりと首を動かした。


 まるでこちらを見るかのように……。


 そうしてたっぷりと時間をかけ、顔を見せた女は……。



 顔を見せたはずなのに、顔が無かった。



 無いのだ。何も。

 本来ならば目や鼻と言った『顔』を形成するパーツが何一つなく、白くきめ細かな肌だけが一面に広がっている。

 まるで本来の顔を押し潰すようにセメント塗りたくられたような、陥没も凹凸も何もない平らな肌。顔のパーツを抉られたわけでもなく、綺麗な平地には傷一つない。

 何もないのだ。本当に、ただ『顔』の部分に肌だけがある。


「ひっ……」


 思わずその『顔』に悲鳴をあげかけ、俺は手元に残った紙の包みに視線を向け、全てを察した。

 包みの中には眼球と唇、袋の中には対になる眼球、そして箱の中には鼻。

 それらは全て人の『顔』を『顔』と成すためのパーツである。そして目の前の女の顔には、その一つとして無い。


 つまり、俺が今まで手に入れたのはこの女の顔のパーツだ。


 そう考えれば嫌悪感が一層増し、俺は慌てて全てを取り出した。

 この際、眼球を掴み取った時の(ぬめ)りや、唇を取り出した時に指先に伝った暖かさなど気にしていられる場合ではない。

 一刻も早く返さなくては……恐怖話や都市伝説において、何か失った異形の者は決まってそれを他者に求め、そして奪うのだ。


「か、返すよ……今すぐに返すから……!」


 慌てて取り出した『顔』のパーツを女に差し出す。

 だが女はそれを受け取ろうとせず、それどころかゆっくりと俺に近付いてきた。俺の視界に、肌しかない顔が広がっていく。

 目が無いのに俺を見ているのが分かる。口がないのに、いや口が無いからこそ、くぐもった笑みが聞こえてくる。何もない平面の肌が、それでもその下にある筋肉によって微妙に動いているのが分かる。

『顔』ではない『顔』が、鼻もない顔が、呼吸する口も無い顔が、鼻が触れそうなほど、息がかかりそうなほどの距離に近付いてくる。


 その恐怖に俺の理性はあっけなく崩れ去り、


「来るな……返すから来るな!!」


 と、悲鳴を上げると共に手に持っていた全てのパーツを女の顔に押し付けた。


 女の体が、その衝撃を受けてグラリと揺れる。

 その一瞬をついて俺は数歩距離を取り、吐気と恐怖と混乱と絶望を混ぜ合わせた寒気を感じながらも女に視線を向けた。

 彼女は俺が押しのけたことで体制を崩し、しばらくは俯いたまま、ペタペタと自分の顔を両手で触っていた。まるで自分の顔を確認するかのようなその仕草に、冷ややかな汗が背を伝う。


 この隙に逃げるべきか。

 だがどこに逃げればいい?

 見たところ他に人の姿はなく、これがどんなゲームかも分からない以上へたに民家に閉じこもるわけにもいかない。


 クリア方法どころかヒントすら得ていない俺に選択肢などあるわけがなく、結局はこの女の次の行動を確認するしかないのだ。

 だからこそ踵を返して逃げ出そうとする足をグッと抑えつけ、俺は女が顔を上げるのを祈るような気持ちで待ち続けた。

 どうか、女の顔が戻っていますように……。もっとも、この女が元々どんな顔をしていたか分からないのだから、『戻る』という表現はおかしいのだが、それでも顔を上げた女の顔が『顔』でありますように……。

 そう願いながらも俺が待ち続ければ、女はゆっくりと顔を上げた。



 顔の中央に唇がある。

 顎には鼻があり、二つの眼球は頬と額に埋め込まれていた。



 おおよそ人の顔とは言えないその光景に俺が息を飲めば、女の頬と額に嵌った眼球がギョロリと俺に向かい、顔の中央に埋まった真っ赤な唇が楽しげに弧を描いた。



「ひっ……!」

「ふ、ふふ……」

「く、くるな……」

「ふふ、うふふ……あは」

「頼む、こっちに来るな……」

「あははは、あは……ちょ、やばいこれマジうける!!」

「……は?」


 恐怖を象徴とする笑い声にしては首を傾げたくなるような台詞を聞き、恐怖で逃げ出さんとしていた俺の足が止まる。

 総じて、こういった展開で化物は高笑いを浮かべるものだ。それは狂気と恐怖の象徴として描かれるが、けっして「まじうける」なんて現実の爆笑を現す笑い方はしない。

 だというのに目の前の女は恐怖を感じさせる見た目に反し、「これやばい」だの「腹筋辛い」だのと言いながら笑い転げている。


「あははは、やばいわ、これマジやばい!」

「あの……」

「まじで笑えるんですけど!」


 ケタケタと笑う女に、先程まで全身を支配していた恐怖がサァと音たてて引いていく。

 といっても女の顔は変わらず異質で、本来あるべき場所にはまったく見当違いなパーツが配置されているのだ。

 その光景に俺はふと、彼女の顔のパーツが本来の場所に収まったところを想像してみた。


 日本人らしい黒い瞳は大笑いしているため細まり、真っ赤な唇が弧を描く。

 興奮しているためか時折ピクピクと震える鼻は丸みを帯びており、下膨れの頬はまるでチークでも塗ったかのように赤い。

 おまけに、キッチリと結わかれた黒髪には洒落っ気一つ見られない。全てを所定に位置に填め込むことが出来たなら、さぞ古風な顔つきになっただろう。


 そう、本来の位置に填め込むことが出来たなら……。


 こんなに笑うこともなかったはず…………。


 逆に言えば、彼女がこんなに笑っているのは、俺がまるで目隠しをした状態のように顔を背け、彼女の顔のパーツを適当に填め込んだからだ。



 それは例えるなら……まるで正月に行われる……。



 そんな結論に達した瞬間、俺の意識がゆっくりと白んでいった。





「2月!!」


 と叫ぶと同時に、自称神様の顔面を鷲掴む。

 それを受けた自称神様が「びゃっ!」と間抜けな悲鳴をあげた。


「お前、今はもう2月だぞ! 何が旬だ! 福笑い(・・・)するには遅すぎだ!」

「だ、だって六郎君! お餅が買えるうちはお正月って言うじゃん!」

「言わねぇよ! それが通用するなら今の日本は万年正月だ!」


 鷲掴みにした顔面をさらにグリグリと揺らし、更に悲鳴をあげさせる。

 普段より手荒いのは仕方あるまい。あれだけ恐怖体験をさせられた揚句、オチがこれなのだ。


「だって仕方ないじゃん、私のせいじゃないもん! 本当は1月上旬の予定だったんだもん!」

「だからってなぁ! そもそも福笑いなんぞにトリップさせるお前が悪い!」

「確かに事実だから言い返せない! びゃー、痛いよぉ!」


 びぃびぃと間抜けな悲鳴が上がる。俺はしばらくその悲鳴を楽しんだのち、ゆっくりと手を離してやった。

 本当ならば更に殴りつけて踏みつけて、それどころか三行半を叩きつけてやってもいいくらいなのだ。

 トラックに轢かれて死んだ俺に行く場所なんて無いというのなら、いっそ通常の死者と同じ死亡処理をしてくれて構わない。

 だがそれでも……と離した手をマッサージしながらチラと横目で視線を向ければ、自称神様が涙目で自分の顔をマッサージしていた。


 くそ、やっぱり見た目は可愛いな。

 それに不思議とこいつの顔を見ていると怒りが収まってくる。

 おまけに、改めて「おかえり六郎君」なんて笑顔で言われば、怒りが収まるどころか帰ってきた安堵感すら抱いてしまう。


 俺、かなり毒されてるな……。


「……ったく、次へましたらお前の顔のパーツ抉るからな」

「なにそれ怖い!」

「俺はそんな怖い状況にいたんだよ! で、次は何だ? 頼むから心臓に悪いのはやめてくれよ?」

「心臓はもう止まってるのに!?」

「それでもだ!」


 ああ言えばこう言う。

 あれほど悲鳴をあげていたというのに相変わらず反省の色一つない自称神様に、それでも俺は溜息をついて次の案件を要求した。

 ここでもっときつく叱っておくべきなんだろうな……とは思うのだが、どうにも自称神様のペースに乗せられてしまうのだ。


「それで次は何だ?」

「んっとね、次はモンスター!」

「戦うのか? 面倒臭いからパス」

「六郎君、本来の目的を忘れてない!? それに、別にモンスターと戦うわけじゃないよ?」

「戦わない? またキープする系か?」


 ズーならぬモンスターをキープするゲームなんてあっただろうか?

 そう尋ねるも、自称神様は何故か得意げに首を横に振った。その余裕の笑みが腹立つのだが、ここで言ったところで脱線するだけなので言葉を飲み込んでおく。


「次はね、モンスターを捕まえて戦わせるの!」

「ポケットモン〇ターか」

「六郎君、伏字が間に合わってないよ!」


 俺のギリギリの伏字に、自称神様が悲鳴を上げる。

 まぁ確かにポケットモ〇スターは不味いな、ここは伏字を増やしてポケッ〇モン〇ターとでもしておこうか。

 そう慎重に予防線を張っておけば、それで納得したのか自称神様が満足気に頷いた。


「でもそうか、次はポケモn……おっと危ねぇ」

「六郎君、気を付けて!」

「あぁ分かってる。次は……ポ〇モンなんだな」


 略称がギリギリどころか完璧アウトだったので、改めて伏字を入れて難を逃れる。

 そんな俺に対し、自称神様は「今度こそは自信があるよ!」と胸を張った。シンプルなワンピースゆえか、胸を張るとその膨らみが強調されて視線を奪われる。

 ……うん、結構あるな。なんて、そんなことを考えてしまう。死してもなお性欲があるのか俺は……。


「で、お前の成長具合は置いておいて、次がそのゲームなら望むところだ!」

「成長具合……?」

「その話は忘れろ。しかし懐かしいなぁ、今は何匹いるんだっけ?」


 ポケッ〇モン〇ターと言えば、俺が子供の頃に発売され、15年たった今でも人気のある有名ゲームだ。その知名度は世界的ともいえる。

 本家ゲームは勿論アニメや映画、グッズ、果てには他企業とコラボした商品まで幅広く展開している。ゲームこそプレイしたことはないが、その名前や代表的なキャラクターならば見たことある、そんな人も少なくないはずだ。

 そんな大御所ゲームなのだから、発売当初から今までで何度もゲームが発売され、新作が出るたびに新しいキャラクターも増えている。

 俺が初めてプレイしたときは、確か151匹だったような……そうそう、それを題材にした歌もあった。

 そんな懐かしさを感じていると、対して自称神様は怪訝そうな表情で「今は……?」と首を傾げた。


「今は……って、今も151匹じゃないの?」

「お前なぁ、いったいいつの時代で止まってるんだ?」

「え、もっといるの? どれくらい?」

「詳しくは分からないけど……500匹くらいじゃないか?」


 新作が出るたびに、ゲーム内で捕獲するべきモンスターの数が増えていく。

 初期の151匹など今はとうに超えて、3倍以上の数になっていたはずだ。あまりに桁違いに増えたものだから、ゲームショップに並ぶ新作を眺めてコンプリート出来るものなのかと疑問を抱いたのを覚えている。

 そう言ってやれば自称神様は唖然とした表情を浮かべていた。人をトリップさせようとした割にはゲーム知識が初代で止まっていたとは、怒るより呆れが勝る。


「あのなぁ、最初のゲームが出てどれだけたってると思ってるんだ?」

「…………だめ」

「流石にクリアしろとは言わないけど、人をトリップさせるなら調べるくらいは……ん?」

「六郎君……だめ……」

「おい、どうした?」

「六郎君、行っちゃ駄目!」


 突然声を荒げる自称神様に、俺は驚いて言葉を飲み込んでしまった。

 先程までは普段通りのふわふわとした表情だったのに、今は眉尻が下がり動揺しているのが瞳の揺らぎで分かる。

 今この瞬間にで泣きだしてもおかしくないほど悲しげで、見たことのないその表情に何と声をかけて良いのか分からない。


「……なんだよ、どうしたんだ?」

「駄目、六郎君行っちゃ駄目……」

「なんでだよ、それがお前の仕事なんだろ?」

「だってそんなに捕まえなきゃいけないなんて知らなかった、そんなにいたら時間かかっちゃうよ」

「時間がかかるって……それがゲームってもんだろ」

「そんなの嫌だよ、だってそんな、六郎君まで戻ってこなくなっちゃう!」


 叫ぶような自称神様の言葉に、息が詰まる。

『ゲーム世界にトリップさせる』なんて王道なことを言い出した者とは思えない、なんとも無責任な台詞だ。そもそも、全ては彼女の発案じゃなかったのか。

 だがそれを指摘する気にもなれず、俺はグズグズと泣き出す自称神様にどう接してやればいいのか分からず、彼女の手元にあるファイルにそっと手を伸ばした。

 神様のくせに紙の資料か、なんて苦笑がもれる。だがそれすらも彼女らしいと思えてしまうのだから、やはり相当毒されている。


 資料を見れば案の定、先程まで話していたゲームタイトルが書かれていた。

 これぞまさに冒険ゲームだ。

 モンスターを捕まえ、戦わせ、育て、そして更に高みを目指していく。そんな旅の中で様々な人と出会い、戦い、友情や絆を築いていく。

 当初子供向として発売されたこのゲームが15年たった今も現役なのは、モンスターを捕まえる単純明快なゲーム性と深いストーリーが合わさったからだ。

 トリップすればさぞや楽しいことだろう。子供の頃、プレイしながら何度「モンスターが現実にいれば良いのに」と思ったほどだ。

 その夢が今、叶う。

 長く壮大な冒険が始まるのだ。



 それはもう、長く果てしない冒険が……。



 そう考え、俺は手元にある資料を引き裂いた。


「……六郎君?」


 俺の行動に驚いたのか、涙目の自称神様が不思議そうに首を傾げた。丸くなった瞳は涙で潤み、頬には伝った跡が残っている。

 グズ、と一度鼻をすすりながらも見つめてくる自称神様に、俺は溜息をつくと同時に肩を竦めて見せた。


「ほら、さっさと次のゲーム用意しろよ」

「……でも、六郎君そのゲームに行かなくて良いの?」

「いいよ別に、俺は……ほら、動物アレルギーだから」


 なんとも嘘くさい、とんだ大根役者。誤魔化したのがバレバレだ。そもそも動物アレルギーじゃないし。

 だがそう思えど他に良い手段や口実などあるわけがなく、俺はこれ以上足掻いたところで更にボロが出るだけだとそっぽを向いて誤魔化した。

 自称神様が涙目のままパチパチと瞬きしている。何か言いたそうなその表情に、俺は言われる前にと破いた資料を突っ返した。


「で、次はどうするんだ?」

「……うん、次はね……動物……動物に触れよう!」

「はぁ? 今アレルギーって言ったばっかだぞ?」


 いや、アレルギーなんて嘘なんだけど。


「だって六郎君はもう死んでるんだから、アレルギーも関係ないよ。だから今までの分、思いっきり動物に触れられるよ!」

「そういうもんなのか?」

「そういうもんなの!」


 ドヤ!と自称神様が胸を張る。どうやらそういうことらしい。

 そこまで言い切られれば納得するしかなく、頷いた俺に満足そうに自称神様が笑い、「ちょっと待っててね!」と何処かにある資料室へと走って行った。

 その背中を眺め、ホッと一息ついてしまう。

 あの自称神様の態度に疑問が残るが、ひとまずは調子が戻ったようなので大丈夫だろう。

 それで安堵してしまうのだから、やはり俺は毒されている。だが不思議と自覚した所で嫌な気分はせず、それすらも毒されている証拠だと溜息交じりに自称神様が戻ってくるのを待った。




「それじゃ六郎君、動物との触れ合い楽しんできてね! いってらっしゃい!」

「はいはい、普段から動物より意志疎通できない誰かさんに苦労させられてるけど、行ってくるよ」

「誰のことかな!? ねぇ六郎君、それ誰のことなのかなっ!?」


 最後に放った俺の言葉が気になるのか、「ねぇ!」と必死になって尋ねてくる自称神様を横目に、俺はうっすらと白んでいく意識を手放した。



※今回やたらと長くなったうえに旬どころか時期外れになってすみません※

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