9:ギャンブルトリップ
いったい今回はなんのゲームにトリップさせられたのか……。
今までのことを考えると当然だが期待なんてできるわけないが、それでもトリップさせられた以上ここが何のゲームなのか調べる必要がある。
だが意識を取り戻した俺は薄暗い中に突っ立っているだけで、周囲を見回しても人はおろか生物すら見当たらない。衣服は以前のままだし、これといってアイテムも無さそうだ。
おかしい、ギャンブルゲームであれば勝負相手がいるはずだ。例えば麻雀なら計四人、花札であれば計二人、勝敗のつけるゲームである以上、最低でも俺と他にもう一人は必要だ。それに、勝負事には道具が欠かせないはず。
それともパチンコのような機械相手のギャンブルなのだろうか。もしくは競馬……?
「そういや、馬を育てて競馬に勝つってゲームもあったよな。あれかな……」
そう考え周囲を見回すも、当然だが馬もいない。
そもそも、競馬ゲームであればそれこそ馬を育てる施設や競馬場が必要になるのだ、こんなに薄暗い中で馬と一対一で進むゲームなんて聞いたことがない。
ならばもっと質素なゲームなのか。この薄暗い中でも出来る小規模な賭け事、しかし花札や麻雀だと手札が見えにくいな。
そんなことを考えていると、ふと遠くに赤い光が見えた。
動いているのか点灯しているのか、赤い光がチカチカとまるでこちらを誘導するかのように灯っている。それに合わせて聞こえてくるのは……子供の声?
「向こうに行けってことか? ギャンブルにしてはあんま派手には見えないけど……」
ギャンブル関係のゲーム世界にトリップしたというのなら、ここは賭け事の会場、つまりは賭博場。
その単語からイメージされるのは所謂カジノのようなネオンが眩い派手な施設や、丁半が行われるような和に徹した趣のある場所だ。
だが目の前でチカチカと光る赤い光は貧層で、お世辞にもネオンとは言えない。集客効果も見込め無さそうだ。
それに時折聞こえてくる子供の声など、それこそ賭博場とは縁遠いもののはずだ。
それでも、耳を澄ますでもなくどこか聞こえてくる、この間延びして何と言っているか分からない陽気で明るい声が、賭博場のイメージとは不釣り合いに思える。
「子供がいるギャンブルってなんだ……ん?」
考えながら歩いていると、次第に全貌が見えてきた。
赤い光が幾つか集まり、俺の上空で人の手を模した形を作っている。
それはチカチカと瞬くように形を変え、例えるならば開いた掌・閉じた拳・そして人差し指と中指だけを伸ばした形の三つのパターンを繰り返している。
そして聞こえてくる声はやはり子供の声で間違いなかった。「ジャーン・ケーン……」と間延びした声に、次いで「ぽん!」の勢いづいた声が聞こえ、同時に赤い光が動きを止める。
そう、今目の前で、まるでパーの形で止まったように……。
これは間違いない。
よくスーパーのゲームコーナーで見たアレだ。
……あれだ。
ほら、あの……コインを入れてジャンケンするゲーム。
子供向けのくせにやたらと設定が強すぎて中々勝てない上に、勝ってもそこまでコインが得られるわけでもないハイリスクローリターンなゲーム。
あの、ほら……。
あ れ 何 て 言 う 名 前 な ん だ ?
「ゲームは分かったのにタイトルが出てこない……なるほど今回はこういうパターンか。よし、帰ったら今度こそ殴ろう」
ゲームの正体こそ分かったもののタイトルが出てこず、説明しようにも「ゲームセンターにあるジャンケンゲーム」という伝わるのか伝わらないのか微妙なもどかしさがあり、いまいちスッキリしない。
それゆえか落胆も微妙なところで、何というか本当に全体的なもどかしさが残る。まさに『痒い所に手が届かない』といった具合だ。
その間もゲームは進んでいるようで、「ジューン・ケーン……」と間延びした後に「ポン!」と威勢の良い声が響く。勿論、それに合わせて赤い光が瞬きながら手の形を作るのも忘れてはいない。
時折「フィーバー!」という陽気な声が聞こえ赤ランプが回るのは挑戦者が勝ったのだろう。そうそう、確かジャンケンに勝つとルーレットが回って、当たった分のコインを得られるのだ。
なんとも懐かしい。俺も良くスーパーのゲームコーナーでやったっけ……。
「で、そこにトリップさせられて何をすればいいんだ?」
まさかこのまま延々とジャンケンを見守るわけでもあるまい。――あの自称神様のことだから、断定はできないが――
しかし簡単なゲームだからこそやるべきことが予想できず、何かないかと周囲を見回しながら歩いていると薄暗い中に小さな台が置いてあるのが見えた。
高さにすれば俺の腰より低いだろう。随分と簡素な作りに、ボタンが三つ。それぞれにジャンケンの『グー・チョキ・パー』の印がついている。
これはつまり……。
「俺がゲーム側ってことか?」
試しにとチョキのボタンを押せば、瞬いていた赤い光がチョキの形で止まった。
つまりそういうことなのだろう、俺はあの……なんて言うのか……名前は分からないけど、その……『よくゲームコーナーにあるジャンケンゲーム』の〝中の人”というわけだ。
うん、ゲームタイトルが分からないと不便すぎる。本当にあのゲームは何てタイトルなんだ?
「で、俺はここでどうすれば良いんだ……お、負けた」
適当にグーを押せば「フィーバー!」の声と共に赤いランプが点灯しだした。
これは今ゲームに挑んでいる人が勝ってルーレットを回しているわけで、つまり〝中の人”である俺は負けたわけだ。
ちょっと悔しい……なんて思ってしまったのは言うまでもない。仕組みが簡単なゲームほど負けが明確で悔しかったりもするのだ。とりわけ、このゲームは地味ながら嵌る。
「よし、易々と勝たせてなるものか!」
そう意気込むと、俺は腕まくりをして三つのボタンに指を這わせた。
子供向ゲームで大人気ないって? 大人だからこそ、子供向ゲームに本気になるんだ!
『ジャーン・ケーン……ポン!』
「ふははは、また勝った!」
『ジャーン・ケーン……ポン! あーいこーで……ショ! あーいこーで……ショ!』
「くくく、あいこに持ち越せれば勝てると思ったか! 甘い、甘いぞ!」
連勝を重ね、ついつい興奮してしまう。
思わず興奮して高笑いなんぞして、悪役じみた台詞まで口をついて出た。
だがここまで見事に連勝していれば昂ぶるというのも仕方あるまい、9割近い勝率は勝利の余韻に浸るには十分だ。
ジャンケンだけど。
これ多分、機体の向こうに居るの子供だけど。
「うん、でもほらこれってある意味で最強なわけだし。トリップして無双ってよくあるパターンだよな」
だからこの大人気ない連勝も仕方ない、そう自分自身に言い訳をしつつ、再び聞こえてきた『ジャーン・ケーン』の声に合わせてボタンを叩く。
よし、また勝った。まぁ負けたとしてもルーレットも俺次第だからな、そうそう50枚なんてやるものか。
……これってもしかしてチートなのだろうか……いや、こんな地味なチート認められるものか。
そうしてしばらく単調な勝負を楽しんでいると、プツンと音たてて赤い光が消えた。
「……ん? なんだ、どうした?」
突然の停電にボタンを叩いてみるも、ライトが光る様子も無い。
再び周囲がシンと静まったことに恐怖こそ感じないが、それでも何が起こったのかと訝しげに辺りを見回した。勝負を促すジャンケンの声も聞こえてこない。
変だな、本当に突然明かりが消えたぞ。
何の予告も無くプツンと、まるで……
ま る で 電 源 が 落 と さ れ た か の よ う に ……。
そうか、
閉 店 で す ね あ り が と う ご ざ い ま し た。
どうやらここの――果たしてここがゲームセンターなのかスーパーのゲームコーナーなのか知らないが――営業時間が終わったようで、ゲームの電源が落とされたらしい。
内心では少しだけ『ゲームセンターが終わった後、ゲームの登場人物達は勝手に動いて……』なんて砂糖なラッシュを期待していたのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
そうだよな、あの自称神様がそこまで気を使った細工をするはずがない……。
それを少しだけ残念に思えば、ゆっくりと意識が薄れていくのを感じはじめた。まどろむような、白んでいくような……。
「勝率8割9分、悪くない……悪くないぞ、俺……」
そう呟けば、白んでいった意識がふっと途切れるように落ちた。
大人気ないというなかれ、ジャンケンこそ究極の勝負なのだ。
そうしていつもの場所に戻ってくる。
自称神様が陽気に俺を出迎える、この白い世界に……。
「……あいつ、どこいった?」
普段なら――俺を素っ頓狂なゲーム世界にトリップさせたことに罪悪感を抱く様子無く――「おかえり六郎君!」と嬉しそうに出迎える自称神様の姿がなく、真っ白な世界を見回してしまう。
といっても、果てまで続くようなこの白い世界が案外に区分されていて、扉やら別の部屋やら、それどころかリラクゼーションルームまであるのは前回で確認済みだ。おおかた、俺が戻ってきたことに気付かず別の部屋にいるのだろう。
「そういうとこ甘いんだよなぁ、あいつは」
ぶつぶつと文句を言いつつ、それでも手探りで自称神様を探す。
結局のところ彼女が居なければ何もできないのだ。自分でトリップ先を選ぶことも出来ないし、一応ここが『天国とかそこらへん』に位置するのなら迂闊に変な部屋に入るのも気が引ける。
かといって只待っているのも辛いものがある。そもそも、待てば自称神様が来る保証はないのだ。
これは早急に暇つぶしの方法を見つける必要があるな……自称神様を見つけたら台所の場所を教えてもらおうか。空腹を感じないこの世界だが、何もしないよりは料理を作って食べてる方がマシだ。
「カレーなら作れるし、あいつに激辛カレーでも食わせてみるか……ん?」
ふと、手が触れた『見えないはずの壁』の向こうから自称神様の声が聞こえてきた。
どうやら誰かと話しているようで、壁に耳をつけてみると自称神様の小さな声と「ヒーホー」という鳴き声が聞こえてきた。
これはあれだ、前回も居たジャックフ〇ストだ。それも、プリン〇倶楽部の方のジャックフ〇ストだ。
――神様と悪魔でその関係はどうなのかというツッコミはさておき――友達だと言っていたので遊びに来ているのだろう。
プリ〇ト倶楽部のジャックフ〇ストなら暇なんだろう。
というか、未だに稼働しているのかさえ怪しいくらいなんだが……。
それはさておき、どうやら俺が戻ってきたことにも気付かずに話し込んでいるようで、俺は二人を気遣うようにそっと壁から中を覗いてみた。
きっとそこには、人をジャンケンゲームに――あれの名前は何だったんだろう……――トリップさせたくせに、悪びれる様子一つなく暢気に話す自称神様が……。
「ひっく……ど、どうしよう……」
その光景に、俺は思わず目を丸くしてしまった。
あの自称神様がしゃがみこみ、背を丸めて肩を震わせているのだ。
たどたどしく聞こえてくる声は嗚咽交じりで、傍らに立つジャックフ〇ストが気遣うように背中を撫でてやっている。
遠目からでも分かる、彼女は泣いている。確認するまでも無い。
だけどどうして?
あの自称神様が泣くほどのことがあったのか……?
そう疑問に思えど声をかけるこどが出来ず、俺は壁に身を隠すようにして耳を澄ますことにした。
盗み聞きが褒められないことは分かっている。だがあの自称神様が、俺がどんだけアイアンクローをかましても三秒で立ち直る自称神様が、あれだけ身体を小さくして泣いているのだ。気にするなって方が無理な話。
それに、理由が分かれば少しくらい励ましてやらないこともないし……。
そんなことを考えていると、ジャックフ〇ストが「ヒーホー」と声をかけて自称神様の頭を撫でた。心なしか、彼の声もどこか気遣っているように感じられる。
「ヒーホー……」
「どうしよう……ろ、六郎君が……あのゲーム世界を気にいっちゃったら……どうしよぉ……」
グズグズと鼻をすする自称神様の声に、俺はまたも目を丸くしてしまった。
俺が?
俺のせいで泣いているのか?
ゲーム世界ってジャンケンゲームのことだろ?
確かに面白かったが、それでどうして自称神様が泣くんだ?
矢継ぎ早に疑問が浮かび上がるがこの場から出ることも出来ず、俺は妙な胸騒ぎを覚えながらも立ち尽くすように続く言葉を待った。
「六郎君っ、あの世界に……行っちゃうのかな……六郎君も、戻ってこなくなっちゃうのかなぁ……」
嗚咽交じりにジャックフ〇ストに訴える自称神様の声に、俺は居てもたってもいられなくなり、逃げるようにその場を後にした。
俺が初めてここに来た時、自称神様は「ゲーム世界にトリップさせる」と言っていた。
だがそのゲーム世界は俺の予想を斜め上どころか突き抜けており、単調なゲームすぎてあっという間に終わるので毎度毎度こうやってこの世界に戻ってきているのだ。
いつの間にか「いってらっしゃい」「おかえり」なんていうあの自称神様の言葉に疑問を抱かなくなり、俺自身ここを『戻る場所』と考え始めていた。
それは全て、あの自称神様がポンコツだからではないのか?
あいつは俺をゲーム世界にトリップさせて、そこでチートでハーレムな人生を送らせるんじゃないのか?
それがどうして……。
「あ、六郎君おかえり!!」
聞こえてきた声に、俺はビクリと肩を震わせてしまった。
慌てて振り返れば、嬉しそうにこちらに走り寄る自称神様の姿。その表情はいつも通りで、涙の後も無い。
まるで先程の光景が嘘のようだ。ジャックフ〇ストに泣いて訴えるあの姿を覗き見さえしなければ、俺は何の躊躇いもなくアイアンクローをかましていただろう。
「六郎君、今回のゲームは……ど、どうだった?」
俺の前に立った自称神様が普段通りを装って尋ねてくる。僅かに声が揺れたことに気付いたのは、勿論だか先程の一件があったからだ。
見ればワンピースの裾を握る手に力が入っている。震えるのを堪えているのだろうか。
「あー……あぁ、そこそこ楽しかったけど」
「そ、そう……それじゃ、あの世界に……」
「でもどこがハーレムだ! 女っ気どころか人すらいなかったぞ!」
「……ふぇ?」
間抜けな声を出して自称神様が顔を上げる。
「女の子はいっぱい居たよぉ。だってあのゲームセンター、今日レディースデーだったもん!」
「機体の向こうに居ても意味が無いんだよ! いいか、触れないハーレムはハーレムにあらず! 女の子に囲まれて、目で鼻で口で体全部で味わって初めてハーレムと言えるんだ!!」
「……う、うん……」
「止めろ、素で引くのは止めろ。とにかくだな……」
改めて言い直すため、俺はコホンとワザとらしく咳払いして見せた。
そうして一度息を吸い込むと
「あんなゲーム世界にトリップしてもすることがない。ほら、とっとと次の案件もってこい!」
と怒鳴りつけてやった。
それを聞いた自称神様が嬉しそうに資料室とやらに走っていくのを、俺は溜息交じりに見送った。
「えへへ、六郎君! 今度はきっと満足するよ!」
「へぇ、そいつは楽しみだぁー」
「棒読みぐらいじゃ効かないよ! なんてったって次は今が旬なゲームだからね!」
「わぁい楽しみダナー」
いったいどうしてここまでと疑問に思えるほど自信満面な自称神様に、俺はうんざりしつつ一応答えてみせた。
棒読みがなんだって? 無視しないだけ感謝してほしいくらいだ。
だというのに自称神様は不満そうにプクっと頬を膨らませて威嚇してきた。だがその表情に威圧感などあるわけがなく、可愛いだけだ。
うん、こうやって見てみると――色々なことを考えないで見てみると――可愛いんだけどなぁ……。
「それじゃ、とりあえず行ってこようかな。どうせすぐに戻ってくるんだろうけど……」
「はぁい、それじゃ行ってらっしゃい!」
パタパタと手を振り嬉しそうに見送る自称神様に、俺は応えるように力なく手を振って返した。
そうして段々と意識が白んでいく。
もうこの間隔にも慣れてきた。
※ゲームのタイトルは『ジャン〇ンマンフィーバー』です。




