(1)
更新が遅れてすいません。
忙しくて執筆する時間がとれなかったです。
次からはもっと早く更新するのでよろしくお願いします。
真っ暗な闇の世界に俺はいた。俺にはここをどうにかするための意志はなく、この漆黒の世界に浮かんでいた。 単に真っ暗なだけの世界。
無。
それがこの世界そのものを表していた。
時空という概念がそもそもこの世界に存在しているのかすらわからない。この理不尽な世界はどこまでも続いているが、どこにもつながっていない。時間は流れているが、時は刻まれない。
俺はこの世界に疑問を抱かず、流されるがままに流される。この世界が変われば俺もそれにつられて変わる。もしも仮にこの世界が崩壊するのであれば、俺も同時に消滅するだろう。
ここには俺以外の誰もいない。ここは俺だけの世界。何もいらない。何もしたくない。ただずっとこのままでいたい。俺はそう願った。
だが、同時に不安にも見舞われた。いつまでここにいるのだろう。いつまでここはこんなにも暗いのだろう。この暗黒な世界はいつまで俺を閉じ込めるつもりだろう。
そんな時……。
「…………向井…………」
かすれるほどに小さく弱い声が俺を呼んだ。
「………おい………向井………」
同じ声がさっきより大きく再び脳裏に響いた。
「……おい……向井……さっさと起きろ……」
謎の声が頭の中でこだまする。
その声に反応したように闇の世界に小さな亀裂が放射線状に入り、一本の薄明かりな、だが同時にとても暖かい光が射し込んだ。安らぎを感じさせるその温和な光はまるで俺を呼んでいるとでもいうかのように、煌々と俺を照らす。壮麗に輝く光はそのまま優しく俺を包み込んだ。光輝は相反する闇を飲み込むように常闇の世界に浸透してどんどん広範囲を照らし、ほどなく闇の世界を光が包み込んだ。
やがて光は徐々に形を得て色を変えていった。左側の光は青みを帯びて、いくつもの四角形が出来上がっていく。正面は灰色になって細長く縦に伸びていき、その後ろは緑色の示し、横に長い四角形になる。右側はいろんなところに四角い茶色が出来上がり、その前は黒色を帯びる。青い光は窓になり、灰色の光は正装している人の姿をかたどっていく。茶色の光は四本の脚に支えられる机になり、その前の黒色の光は制服を着ている生徒になっていく。
「やっと起きたな」
目の前にいる灰色の服をみにまとった30代ほどの男が語りかけてきた。
「……ハヤっちゃん……かー……」
まだ完全に開ききっていないまぶたで目の前の男を見ながら、寝ぼけた声で俺はそう言った。
ハヤっちゃん。本名、林健三は俺の学級担任だ。30代にしては少しぽっちゃりしているお腹に丸っこい顔がトレードマークの教師だ。俺が幼稚園の年中の時まで同じマンションに住み、教師志望で大学に通い、俺が年長に上がる時に教職についたのだが、配属になった学校はマンションから遠すぎたみたいで、もっと学校に近いところに引っ越ししてしまった。同じマンションに住んでいた時は、子供の相手の練習にもなるという口実を理由に勉強をさぼり、もとい一時中断して一緒に遊んでくれたりもした。俺も小学校に上がる時に一軒家に引っ越したのでそれ以降は全く連絡していなかった。
この学校に入って担任がハヤっちゃんになった時には正直驚いた。ハヤっちゃんは今年からこの学校に転任になり、俺らの担任になったとこの前言っていた。ハヤっちゃんはどこか抜けているとこがあり、俺が生徒の中に俺がいることも気付かずに学校初日に俺の出席をとった時に初めて気付いたそうだ。ハヤっちゃんというのは林健三の子供の頃のあだ名だそうで、子供の頃によく一緒に遊んだ時にそう呼んでいて、学校でもそう呼んでいたら、彼の陽気な性格のおかげでまだ学校が始まって1カ月もたっていないのにいつのまにかクラスにも浸透してしまった。
「お前、俺の授業で寝ているとはいい度胸だな」
ハヤっちゃんはその唇を少しつり上げてすこし怒った声で言った。
「ハヤっちゃん、こいつは夜遅くまでちょっとエッチなゲームをしてたんだよ。察してやれよ」
不意にそう述べた右隣の席に座っている青年に目を向けた。彼は青みがかった黒いショートヘアーをしていて、腕を組んでいた。俺の視線に気が付いたのか腕をほどくと左手に拳を作ってから親指を垂直に立てると、邪念の一切ない純粋な笑みを唇に浮かべて深海のような深い青色の瞳をこちらに向けた。
「誰がするか」
俺はまだ完全には起ききれていない頭で考えた最善の言葉を言い捨てた。
「え?じゃぁかなりエッチなゲーム?」
「カズ、すこし黙りなさいよ」
俺が口を挟もうとしたら、後ろから何度も聞いたことのある女子の声が聞えた。
「ユミの言う通りだぞ、カズ。思春期だからってそういうことはあまり口に出さない方がいいぞ。いろいろと失敗するから」
ハヤっちゃんがかずのことを呆れたように注意した。毎度のことなのでさすがの担任もあきれ果てていた。するとその助言通りに、カズはクラスの女子から冷たい視線と罵声を浴びせられていた。
ユミ――佐奈島由美は俺と同じマンションに住んでいた幼馴染だ。ベージュ色の短髪が肩にかかっていて、茶色の瞳がカズに冷たい視線を送っていた。
カズ――国平一眞は俺の親友だ。俺が引っ越すまでは同じマンションに住んでいて、ハヤっちゃんがいた時は、ユミと4人でよく遊んでいた。こいつはよく下ネタなどを口走る。昔は普通の男の子だったのだけれども、中学に入ったぐらいからそういうことを言うようになった。こいつの一言で怒るやつもいるし、笑うやつもいる。いわば俺たちのムードメーカーといった存在だ。
俺らの住んでいる家の近くにはそんなに学校の数がないので、俺ら3人は幼稚園の時から同じ小学、中学、高校へと進学し、今に至る。
――キーンコーンカーンコーン
カズを穏やかでない視線の嵐の中から救い出すかのようにチャイムがなった。
「もうそんな時間か。あぁ、そうだ向井。あとで職員室まで来い」
そう言うとハヤっちゃんは教材を手に取り早々に教室から出て行った。
「呼び出しくらったな」
隣に座っている親友がどこか楽しそうに唇をにやけさせながら囁いた。
俺は大きなため息を吐いた。
「ほっとけ」
腕を交差させて机の上に乗せ、その中に未だにまだはっきりとはしていない顔をうずめると、カズがすべてをわかっているとういう風に何度もうなずきながら述べた。
「まぁそうだろうな。昨日、かなりエッチなゲームをしたのに発散しきれなかっただよな。大丈夫だ。俺もたまにそういうことあるからな、お前の考えていることはわかるぞ。だから、さっき夢で見た美少女に会いに行くためにもう一回寝ようとしてるんだろ」
俺は顔をうずめたままぶっきらぼうに言った。
「お前は俺をどんなキャラにしたんだよ」
「で、どんな夢だった」
急にユミがワクワクした口調で口走った。
カズ以外の人の声が発せられて驚き、顔をあげた。
「お前まで……」
俺はそこでいったん息を吸い、大きなため息をついてから言い捨てた。
「何でそんなこと聞くんだよ」
「こいつは思春期の親友が見ている夢の中にいる美少女がどんなか気になるんだよ」
するとカズがすかさず口を挟んだ。
「それはお前だろ!」
向こうのペースに嵌まってしまい思わず怒鳴ってしまった。
「なんだ、今日のお前は乗り悪いな。別にいいじゃん、教えてくれても」
「よくねーよ」
「気にしない気にしない」
「今、夢占いにはまってんだ。教えてよ」
ニコニコしながら、生まれて間もない赤子でも抱くように両手で大切に抱えていた本をこちらに突き出した。
このままだとぼちぼち休ませてくれもしないだろうと思い、俺はため息をついてからつぶやいた。
「黒い獣だよ」
「黒い獣?それはどんなプレイなんだ?」
「あんたは黙ってなさい」
ユミは手の中にある本の背でカズの頭を思いっきり叩いた。
「いたいじゃないか。まだ親父にもぶたれたことがないのに」
カズは両手で叩かれたところを抑えながらわめいた。
「で、それはどんな意味なんだ?」
そんなカズを無視して俺らは話を続けた。
「おーい。無視しないでくれないかなぁ」
餌を物欲しげに見つめる猫のようにカズは俺らのことをみるが、ユミはそのまま無視して本を机に広げてページをめくっていった。
「……死の前兆だって」
黒い獣や死神などが書いてあるページを指さして、一度言い淀んだ後に心配そうな声で言った。
「おぉ、当たってんじゃん」
「何で?」
カズの言葉に首をかしげながらユミは尋ねた。
「もうこいつは夜遅くまでそういうゲームをしていたことがバレて社会的に死んでる!」
「どうだ」と得意顔をしている親友に反射で殴りかかりそうになった拳を何とか胸のあたりでこらえて、俺は思いを言葉に変えて発した。
「お前の方が死んでると思うよ」
直後、ガラガラとドアが開き次の教科の担任が入ってきた。それをみるとカズとユミは渋りながらも自分の机へと戻っていった。
バシャーン。
俺の手にすくわれた水が、俺の顔に弾かれ水しぶきとなって壁に取り付けられた洗面台に入っていった。
昼休み、俺は職員室に行く前に寝ぼけた顔を覚まそうと男子トイレで顔を洗っていた。
ふと洗面台に取り付けられている鏡に目を向けると、そこには自分の顔があった。
ショートな黒い髪。黄色人種にはよくある黄色がかった肌。目の下には、昨夜、荷物の整理を遅くまでしていてできたくま。顔には水滴がちらほらあった。
そんな自分の顔を見ていたら不意に鏡の中の自分の口が動いた。正確には動いてはいない。俺がそう感じているだけだ。だが、そんなホラーじみたことはしょっちゅうあることなのでさほど驚きはなかった。
鏡の中の自分はそのことを知ってか知らずか飽きれたような面白がっているような陽気な声で話しかけてきた。
『ハヤっちゃんに怒られたな』
「ほっとけ」
俺はそう言い、手についた水を鏡に向けて放った。鏡についた水は重力に逆らえずに下絵と垂れていった。
こいつとはかなり長い付き合いになる。
親が買い物で出かけ一人家の中で寝転がっていると外から急に声が聞こえてきた。外をみると日陰になっている窓に反射している俺が口を開き、話しかけてきた。名前を訊ねると少し間をおいてから「シデンタ」とそいつは名乗った。このことが普通じゃないことを直感で察していた俺は一人の時しかこいつと話さなかった。 気づいた時には、もう、声に出さなくても思うだけで「シデンタ」と会話ができるようになっていた。
その半年くらい後にテレビで二重人格について取り上げられていて、俺はそこで自分が二重人格ということに気付いた。それからは、俺の相談相手にもなってくれたりして感謝はしている。が、こいつは面白そうなことがあると俺の身体の主導権を奪い取りいろいろと問題も起こしてくれたりもした。こいつの性格は俺とは正反対なのでいろいろと苦労しているが、もう一人の俺ということなのでまぁ一応仲良くしている。
カズもユミも俺の性格がたまに激変するのでなんとなくは感づいているのかもしれないが、表立ってはそういう話はしていない。
『まぁ、頑張れや』
昔のことを思い出していたら、目の前の俺は、悩みなど何もないような呑気な声でそうつぶやいた。
俺はそのまま職員室へと歩いて行った。
――コンコン
職員室の前の廊下に扉をノックする音が響いた。
「失礼します」
俺は断りをいれて職員室に入った。
「おう、向井。こっちに来い」
ハヤっちゃんの陽気な声が、先生方が授業などで席を外し他に誰もいない職員室に反響した。
ハヤっちゃんは俺が自分の座っている席の近くまでくると、隣の席を引いて俺に座るように促した。
「で、何用でしょうか?」
俺は席につくなり、目の前の書類らしき物に目を通している先生に向かってぶっきらぼう言った。
「無愛想だな。まぁ、いい」
ハヤっちゃんはそこで一度呼吸を整えて、生徒に向ける言葉ではなく、友人をいたわるような口調で言った。
「今日の授業のことだ。お前が授業中に寝るなんて珍しいからな。どうかしたのか?」
俺は少し昨日のことを思い出し、再び疲れた感じになったのを堪えて言った。
「いえ、別に何もありませんよ。ちょっと親の荷物整理に付き合わせられたぐらいです。しかも母親は夜遅くまで向こうと電話してました」
「相変わらずだな、恭子さんは」
真正面の教師は何かを思い出しているかのよう空中の一点を凝視し、苦笑いをしてから言った。
「そろそろだっけか?」
「今日です」
「マジか!」
ハヤっちゃんが声を張り上げてしまった直後、扉が開く音がして二人ともそちらの方を見ると教師の一人が入ってきていた。
「まぁそれだけだ。もう帰っていいぞ」
俺は扉まで歩き、扉を開こうと手をかけた時ハヤっちゃんが話しかけてきた。
「巧、恭子さんによろしく伝えといてくれ」
俺は声を出さずに親指だけを地面に垂直にたて、教室をあとにした。
――巧ねぇ。
部屋を出たとたんに微笑とともにそう考えた。
ハヤっちゃんは同じマンションに住んでいた時は俺のことを巧と呼んでいて今でもたまにそう呼ぶ。高校の教師になってからは初日に向井と呼んでからは教師として話しかける時は向井と呼び、私事のときはなぜだか巧と呼ぶ。
俺は購買部で焼きそばパンを買い、教室に向かって歩いている。
――いよいよか ずっと待ちわびていた反面どこかこのままこなければいいのにと思ってこの数日間を過ごしてきた。明日からのことを想像すると気が滅入りそうになり、考えるのをやめ、教室の扉に手を掛けた。
すると教室の中から陽気な話し声が耳についた。
「巧の奴、何言われてっかな?」
「あんたは人の気持ちってのを考えなさいよ」
「へいへーい」
かずらしき声が適当に返事をした。
「でも気になるだろ?」
「まぁね」
巧は長いため息を吐いた。
今、教室に入っていくと餌に飢えたハイエナどもの餌食にされてしまう。そんな中に入っていく気はさらさらない。
俺は手を扉から離し、教室から離れてさっき通った廊下を歩いていった。
――誰もいないとこに行こう。
俺が通っている伊々座御高校は南側からみると小文字のhみたいな形をしており、南西部には俺がさっきまでいた職員室と音楽室や化学室などの専門の教室、東側には体育館や更衣室があり、中央部には教室がある。北西部には食堂があり、生徒や教師はそこで昼食を買える。中央部は三階建てでそれ以外は二階建てになっている。
食堂の二階はバルコニーになっている。食堂にはちゃんとした食べ物が多く、適当に食べたい人は購買部に行けば軽く食べられる。購買部は南西部の建物と食堂の間にあり、教職員も買えるようになっていて、ハヤっちゃんもよくそこで軽く昼食を済ませることもあるとこの前言っていた。
体育館は二階まで突き抜けている。ステージは学校の南東に位置している。入学式のときには椅子が床に敷き詰められそこに座った。それ以来は体育の時間以外には来たことはない。体育館の二階はキャットウォークになっておりステージの裏から登れる。
南西部は職員室が一階にあり、専科の教室は二階にある。
それぞれの校舎の隔たりと端には階段があり、階層を行き来できる。この学校は三階だてと地下一階からなり、一年生の教室は一階、二年生は二階、三年生は三階にあり、俺の教室は中央部の東寄りの所にある。地下にはトレーニングセンターがあり、部活に入っている生徒が顧問の教師の許可付きでここを使うことができる。
俺は中央部の真ん中にある階段を上階目指し上っていた。二階、三階と上に上っていく。三階から上にいく階段は螺旋状になっており、一段、また一段と上っていく。
最後の段を蹴るとそこにはドアがあった。なんのカラクリもないただのドア。俺は右腕をあげた。それはそのまま正面のドアノブを掴み、ひねった。そのままドアの反対側へと歩いていった。
一瞬あまりの光に目がくらみそうになり、思わず手で視界を遮った。
恐る恐る腕をどかすと俺は室外にいた。
そこには灰色の地面に常盤色のようにくすんだ緑色の柵がはえ、その向こうに様々の色をした家が小さく連なっていた。その上からすべてを包み込むように青い空に白い雲が浮いている。
ここは屋上だ。屋上は扉よりも一段低くなっている。俺は屋上に降り立った。
屋上は前に校舎内で迷っていたらたどり着いた。少し汚いだけなので俺は全く気にならない。一人にならないときにはよく来る。
周りを灰色のコンクリートに囲まれ、内側には扇風機のように羽がぐるぐる回り生暖かい空気を吐き出し続けている突起した排気口。その縁に俺は背を預けて買ってきた昼食を口に運んだ。
排気口の羽の回る音。
風が柵にあたり、カサカサと立てる音。
鳥たちの鳴き声。
風にそよがれる雑草の音。
屋上には雑音はなく調和が取れていて、とても静かだった。四月中旬と言うのにその割にあたりは暖かかった。
ふと顔を空に向けるとそこにはひつじ雲やすじ雲、雷雲もとい積乱雲などが優美に空を漂っていた。太陽の近くには虹色の光を放ち、彩雲も美しく照っていた。雲は風に煽られながらゆっくりと時間をかけながら空を流れている。
――雲はいいよな、どこまでも遠くにいけて。ずっと同じ場所にとどまらなくていし……。ただ風に煽られていればいいんだし……。
不意にそんなことを考える。
その間にも雲は上空の風に運ばれて移動していた。
――キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げる鐘が全校舎に響き渡り、俺は急いで教室へと戻っていった。