口付けという行為における意味についての考察
僕の目の前にある扉は、毎朝毎晩何度も開け閉めしている扉のはずなのに、全く未知の扉に見える。
それは僕が子どもであるという証拠に他ならない。木で出来た軽い扉が今では重く感じる。
どうしたの?
ううん。
そんなやりとりをしながら僕の部屋へ二人で入った。
いつもは秩序ある汚い部屋が小綺麗に見える。あぁ、失敗したな、と思った。下心丸見えの僕。
でも、それでいい。彼女だってそれを承知でここにいるのだから。
親がいない夜。小さい家の中を手を繋いで部屋に入った僕達。心拍すらきっと共有していた。
電気は、いらない。
僕達はそう打ち合わせたかのように、スイッチに手をかけることなく、抱き締めあった。
立ったまま抱き締め合うのは別に初めてじゃない。なのに、どうしてこんなにも熱いのだろう。
聞こえる?
うん。
心臓の音。少しだけ早い吐息。すべてが僕を狂わせる。僕の体が僕の物じゃないかのように熱く激しさを増す。
彼女の瞳は、闇の中でも僕を捉えて離さない。遠いようで近い輝き。それが徐々に近づき、少しずつ閉じられていく。
気がついた時には、僕らの距離は零だった。最初は温もりと優しさ。彼女の温もりを確かめるように、彼女の存在を確かめるように、長く長く。
けれども僕を徐々に蝕むのは、激情、快楽、欲望。僕の舌は彼女の柔らかい唇を濡らす。端から端までゆっくりと、自分のモノへと変えてゆく。
漏れる吐息。それこそが僕を変える麻薬だった。耳から、肌から麻薬は僕を侵食する。
口の中から、意思をもったように舌が彼女を犯す。粘る唾液、混ざり合う温もり、零れる声。僕を満足させるには全然足りない。
ばか。
うん、知ってる。
粘膜と粘膜を合わせるだけの行為。ただそれだけなのに、どうしてこうも僕達はそれに意味を見いだそうとするのだろう。
ただの繁殖行為。そしてその為の口付け。元々はそれだけのことかもしれない。けれども僕は、彼女は。
ねぇ、好きだよ。
あ、忘れてたね。
ばか。
うん、知ってる。
好き。
うん、知ってる。
なんてことない、粘膜と粘膜の接触を愛と呼ぶのだ。