あの日の想い
私は、あまり覚えていないが、小さい頃に今の両親に拾われ、育ててもらった。
私が覚えているのは、よく知らないうちに本当の両親から離されて、道端で泣いていたと言うこと。道端で大泣きしているときに、私は今の両親に拾われた。
本当の両親のことは全然覚えていない。だから、私の本当の両親が誰なのか、私は本当は誰なのか、全然分からない。
でも、それでいい。私の両親は、ファリエル家のあの二人で、私はウィン・ファリエルなのだから。
名前も何も覚えていなかった私に、全てをくれたお父さん、お母さん。
なのに、お父さんは五年前から始まった戦争に自ら志願して行ってしまった。その間、私はお母さんと一緒に家で待っていたのだが、ずっと、心配し続きだった。
「ねぇお母さん、お父さん、大丈夫かな?」
「お父さんは強いから大丈夫。ウィンが信じてれば、お父さんは喜んで勝ってくるから」
「……そうかなぁ」
「そう。だから、信じてなさい」
「うん、そうだね。お父さんだし、大丈夫だよね」
毎日が心配し続けだったけれど、それでも、お母さんの言葉で安心できた。お父さんが無事に帰ってくるのを、信じて待っていたんだ。
なのに、なのに――――
「エルシエル・ファリエル大尉、ワイバーにて戦死。これによって、ファリエル大尉は二階級特進し、ファリエル中佐となりました」
ねぇ、お父さん。私、ずっと信じてたんだよ? お父さんが元気じゃなくても、それでも無事に帰ってくるのを、お母さんと一緒に待ってたんだよ? なのに、何で?
ねぇ、嘘だよねお父さん。お父さんは、ちゃんと帰ってくるんだ。だって、私、ずっと信じてるもん。ねぇ、嘘だよねお母さん、信じられないもんね。
「ウィン、近衛兵の方は、わざわざこうやって嘘を仰ることはないわ。………お父さんが亡くなったのは、真実よ」
お母さんはそう言って、泣き出した。その涙を見ていると、私も耐え切れない。涙が、どんどんと溢れ出てくる。
「う、ああぁぁ……」
嘘だ、嘘だ。お父さん、お父さん、お父さん! 信じてたのに、帰ってくるって。戦場に発つ前も、ちゃんと帰ってくるって約束したじゃないか!
お母さんと一緒に思い切り泣いて、そして、その日はもう何も食べず、部屋に戻って泣き続けた。辺りが暗くなっても、夜が明けて、光が窓から部屋を射してきても、いつまでも――
それから、完全に夜が明けて、これ以上部屋にこもっていてもお母さんを心配させるだけだと思ったので、部屋を出て、居間へと向かう。
そこに、お母さんは、いた。―――正確には、あった。
私が見たものは、今の梁に縄をつり、その縄に首をつり、冷たくなったお母さんだった。
その後は、よく覚えていない。気がついたら、隣の家にお世話になっていた。
「ウィンちゃん、大丈夫かい? ウィンちゃん、ウィンちゃん?」
「………隣の、おばちゃん?」
「大丈夫かい、ウィンちゃん? 何があったか、覚えてるかい?」
「何が……? ……っ! おばちゃん、お母さん……」
「――――残念だが、私が見たときはもう……」
その言葉が、私の見たものが真実なのだと告げる。お父さんは戦で殺され、そして、お母さんは自殺したのだと。―――私は、残されたのだと。
「ウィンちゃん、これがテーブルに置かれてた。ウィンちゃんへの手紙みたいだよ」
そう言われて渡された手紙には、間違いなくお母さんの筆跡で、謝罪の言葉と、私には自殺などはしないでくれ、と書かれていた。
そして最後には、お父さんを殺した敵将の名前と、仇討ちなど考えないでくれという言葉。
――でも、もう無理だよ。私は、隣の国の人間を許せない。倒したい。斃して斃して、斃し尽くしたい。
「ねぇ、おばちゃん。兵って、何歳から志願できるんだっけ?」
「兵? 十三だけど………まさか!」
「うん、兵に志願しようと思って。私、学校では先生も驚くくらい、魔術使えるんだ。なら、魔術兵として従軍できるよね」
「そりゃ、そうだけど……。ウィンちゃん、無理して戦に行かなくていいんだよ? ウチの人に確認したら、ウィンちゃんの面倒、見てくれるって」
「おばちゃん。私は、お父さんの仇が討ちたい」
事実、私は志願してある程度早めに戦場へと向かわされた。激戦区、ワイバー。そこが、お父さんの首を奪った敵将が来る可能性が最も高い場所。私はそれを望み、兵に志願した。
ただ、実際にワイバーに行ったら、しこたま驚かれたけどね。子供が、とか女の子が、とかね。
「お前さんみたいな若い子が、こんな激戦区におっちゃいかんだろう。上のに話して、配置先変えてもらいな?」
「そうだそうだ。いい子だから、配置先変更の申請を出しなさい」
「私も同じ女だから分かるけど、ここはあなたみたいな小さい子には無理よ。いくら魔術があっても、ここは厳しいわ」
いやぁ、自己紹介したら、先にワイバーにいた人たちからは徹底的にそういう言葉が返って来たっけ。
「私は、望んでここにいます。ここは、父の敵が現れる可能性が高いんです。私は、父の敵を討ちたいんです」
「……無理は、しすぎるな。ところで、敵ってのは、誰だ?」
「トルストイ・ジェスト・ファーミンゲイル」
「ファーミンゲイル!? 馬鹿言っちゃいけねぇ! あいつに、お前みたいなのが喧嘩を売るのは……っ」
「絶対に、敵は討ちます」
そうして、私はワイバーにいた先輩兵たちには無事認められ、そして、もっと認められるためにも頑張った。
そのおかげか、私はどんどんと階級を上げ、少尉まで昇進していた。うん、頑張った。すっごい頑張った。
「ウィン、召集だ、行くぞ!!」
「あ、はいっ!」
昇進していても、それでも私の死にたがりは変わらなかった。私は基本、魔術を纏って前線で敵に突っ込み、敵を屠っていた。全ては、お父さんの仇を討つために。
―――そして、死ぬために。