あの日の約束
「にいしゃま、いっちょにおでかけめーなの?」
「ごめんね、ウィルフィリア。兄様、お腹が痛いんだ」
「ぽんぽんいちゃいの?」
「そう。だから、今日はウィルフィリアだけで行ってきてね」
「にいしゃま、らいじょぶ?」
「ありがとう。ウィルフィリアは優しいね。大丈夫だから、ウィルフィリアは楽しんでおいで」
「あい。にいしゃま、こんどはいっちょね」
「そうだね。次こそは一緒に行こう」
ああ。これは、夢だ。ウィルフィリアが誘拐されたあの日。ウィルフィリアが出かける前の、ちょっとしたやり取り。
あの日、僕はウィルフィリアと一緒に、出かける予定だった。だというのに、突然腹痛を起こし、心配したお母様にお出かけを禁止され、出かけるウィルフィリアを見送った。
思えば、あの子の心からの笑みを見たのは、あのときが最後だろう。次は一緒にお出かけしようと、無邪気に笑いかけてきたあの子。このあとに起こることを一切知らず、ただ笑っていた愛しい妹。
僕は今でも、ウィルフィリアの誘拐に関わった奴等を許せない。何年経っても、何十年経っても許すことはないだろう。それは、お父様もお母様も、兄様もシルフィとて、同じだろう。
可愛いウィルフィリア。僕の可愛い妹。
君と、何年間離ればなれだったろう。
君と共に過ごした時間は、どのくらいだったのだろう。
もっと、一緒に過ごしたかったよ。
昔の約束は、結局果たせないまま、かな。
―――一緒に、お出かけしよう。
「こんどはいっちょね」
それは、約束。幼い僕とウィルフィリアとの約束。
果たせなかったね。君と僕がお出かけしたのは、せいぜい城だったし、二人じゃなかった。
僕は、一生君を忘れない。僕たちは君を忘れない。
ウィルフィリア、君は確かに生きていた。君は確かに、僕らと共にあった。
―――でもね、今、もしも君が生きていたら、とよく思うよ。
ウィルフィリアが生きていて、そばで笑ってくれていたら、と。
ウィルフィリア、家は君がいなくなったあの日から、シルフィが生まれるまで、ずっと暗かった。シルフィが生まれてからは、シルフィが元気だったから、ウィルフィリアがいなくなった悲しみも大分緩和されたのだが。
ウィルフィリア。シルフィ。可愛い妹。
なあ、シルフィ。お前だけは、幸せになってくれ。ウィルフィリアの分も、幸せに。
僕は、シルフィを絶対に幸せにするやつを探して見せる。あの子が幸せになれる相手を。ウィルフィリアの分も、ウィルフィリア以上に幸せにできる相手を。
ウィルフィリアを幸せにできなかった分、僕はシルフィだけでも幸せにしてみせよう。
―――そしていつか、帰ってきておくれ。ウィルフィリア。アルガディア大公爵家ヘ。いや、アルガディア大公爵家じゃなくていい。このオースティアに。
その時は今度こそ、一緒にお出かけをしよう。