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戦場の奇跡  作者:
番外編
36/41

ウィルフィリアのこっそり外出・再


 以前外出して以来、やっとギル様が口を利いてくださるようになりました。



 というわけで、またこっそり出かけようかな。今回は、街に出てすぐに着替えたから、そう簡単には見つからないと思う。

 さー、今日は海辺に行くか。波の音に心を落ち着かせてから帰りましょう。

 ま、今日も書置きは残してきたしね、一応。暗くなる前に戻ってくるので探さないでください、って残してるし。

 んまあ、またどうせギル様辺りが探しに来られるんだろうけど。でも、やっぱりたまには精神安定が必要だよね。精神を安定させなきゃ、治る病気も治らないっと。


 ………………帰った後で、また精神的に危なくなる感じがしなくも無いけど。

 だって、この間のときは、ギル様は口を利いてくださらないし、シルフィ様には泣かれるし、シャーリット様には叱られるし、帰って来たジーン様にはこっ酷く叱られるし。

 うん、ジーン様のお叱りが本気で怖かった。大公爵家の令嬢としての自覚を持てとか、病人の自覚はあるのか、とかね。え? 自覚? 無いよ、そんなの。

 だって、私は、私の中では基本庶民だし、病人は病人だけど、今はそんなにひどくないから問題ないし。


 だから、今日もこっそりお出かけするよ! シーラたちメイドの目を盗んで外出するよ!

 今の私を止められる人など、この家にはただの一人としていないのだ!!!


 と言うわけで、街に出てすぐに、着替えました。今の私の格好は、どこにでもいるようなただの街娘です。

 まぁ、見る人がみれば分かると思うけどね。だって、髪も適度に隠しはしたけど、完全には隠れてないもん。

 でもまぁ、今日一日バレなければよし。さ、その辺で馬車でも拾って、海に行くか。


 そして、やってきました、海。やっぱり、目の前に広がるこの広大なものを見ると、自分が考えていることが随分とちっぽけに感じてしまう。

 そういえば、ワイバーの近くにも、海があったっけ。私が初めて敵兵を殺した日、仲間たちが私を連れ出して、海に行ったんだっけ。


「ほら、見ろよ。海、ひっれぇだろ。それに比べれば、俺たちの悩みなんて、ちっぽけなもんだぜ」


 みんながそう言って、慰めてくれた。これは戦なのだから、と。殺さなければ殺される。だから、そこまで悔やむなと。

 それから私は、敵兵を殺すことに、あまり抵抗を感じなくなったんだっけ。戦っていれば、いつの間にか横を走っていた兵が倒されている。倒さなければ、次は自分がこうなる。

 お父さんの敵を取るまでは、死にたくなかった。お父さんの敵さえ討てれば、後は死んだってかまわなかった。


 今、この海に入って行ったらどうなるのだろう。気温はさほど低くは無い。それでも、死ぬのだろうか。

 死ぬとしたら、どうやって死ぬのだろう。溺れ死ぬのか、低体温で死んでいくのか。


 砂浜で、ただその上に座って海を眺める。耳に届くのは、波の音のみ。目に映るのは、前へ後ろへと動く、波のみ。

 この海に足を踏み入れたら。

 この波に、この身を委ねてしまえば。


 ―――そうすれば、私は"無"に戻れるのか。


 頬を伝う、温かい水。

 ああ、やはり私は死を望んでいるのだと。

 お父さんやお母さんには悪いけれど、私は生を望んでいないんだ。


 アルガディア大公爵家の方々は、確かにみな、そろってお優しい。

 でも、あの方々は、私にとっては家族ではない。


 ああ、やっぱり。

 やっぱり、会いたいよ、お父さん、お母さん。



「―――見つけたぞ、ウィルフィリア」


 そうしていると、突然頭上から声が降ってきた。


「ん? どうして泣いているんだ。どこか、痛むのか?」


 静かに問いかけてくるのは、ジーン様だ。おそらく、ギル様方から、私が内緒で外出したのを聞いて、探しに来たのだろう。

 そう思いながらも、痛む場所はないので、小さく首を横に振った。


「なら、どうして泣いているんだ? 兄に話してごらん?」


 ジーン様はそう言って、私の座っていた砂浜に、横に座り込んだ。


「僕は兄として、妹の悩みを聞く。そして、出来る範囲で、僕がその悩みを何とかする。だからほら、話してみなさい」


 ありがとうございます、ジーン様。ですが、話すことはできません。そんな意味を込めて、首を横に振る。


「僕に話せないようなことか。なら、無理に聞きだしはしないが、自分だけで押さえ込んで、壊れるなよ?」


 ああ、ジーン様も、本当にお優しい。

 でも、私は。私は、あなた方に何も返せない。ただ、迷惑を、面倒をかけるだけ。

 本当に、あのときに死んでしまえばよかった。トルストイ・ジェスト・ファーミンゲイルを討ったあのとき、そのまま死んでいれば楽だった。病気に苦しまされることなく、ただ、お父さんの敵を討ったのだと、満足した状態で逝けたのに。

 そして、私が小さく頷くと。ジーン様は私の頭に手を置き、優しく撫でてくださった。


「ならいい。さ、もう少しここで海を見たら、帰ろうね」


 ジーン様のそのお言葉が、私の涙に濡れた目が少しでもマシになるのを待って下さっているのだと、伝わってくる。涙に濡れた目で帰ったら、シャーリット様方が心配なさるから。だから、ジーン様はそれを抑えるために、もう少しここにいようと仰ってくださっている。


 結果、それから数時間、私たちはこのまま海を見続け、暗くなる前に屋敷へと戻った。

 が、泣いていたことはしっかりシャーリット様にバレました。しっかり泣きやんで、ジーン様にも分からないとお墨付きをいただいてから帰ってきたんですがね。


 そしてその結果、屋敷に戻った後はお説教兼ねて、シャーリット様に何故泣いていたのか、聞き出されることになりました。

 そしてもちろん、シャーリット様に黙秘なんて、通用しません。


 いろんな意味で天国と地獄を見た一日だったりする。


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