ウィルフィリアのこっそりお出かけ
「ふぅ」
一息つく。ここは、既にアルガディア大公爵家が小さく見える場所。これならば、しばらくは見つからないし、捕まらないだろう。
アルガディア大公爵家は、あまりにも窮屈すぎた。あの家の人たちが優しく接しようとすればするほど、私の息苦しさは増して、息抜きが出来なくて、辛かった。
何故、私は大公爵家の人間なのか。
何故、ウィルフィリア・デル・アルガディアとして生きなくてはならないのか。
ウィン・ファリエルでいたかったのに、いられなかった。
だって、お母さんが、自分の命を絶ってまでも、私が大公爵家に戻ることを望んだから。だから、私は戻らざるを得なかった。
でもさ。たまには、こうやって一人で外出させてよ。ちゃんと、戻るから。
たまには、大公爵家とは関係の無い場所で、気分転換をさせてよ。そうすれば、しばらくは持つから。
探さないで。
せめて、夕方までは。
暗くなる前に、ちゃんと戻るから。
だから。
私を、一時的に解放して―――?
*****
「シルフィは家で大人しく待ってろ!!」
「嫌です! 私もお姉様を探しに行きます!」
「お前まで来ると、人数が増えすぎて逆効果だ。いいから、ウィルフィリアが自分から帰ってくることを考えて、待っていろ」
「しかし……っ!」
「僕の命令だ! いいから家にいるんだ、いいな!?」
「………ずるいです」
ウィルフィリアがいなくなったアルガディア大公爵家では、ギルトバードとシルフィの争いが始まっていた。
事の発端は、ギルトバードがウィルフィリアを探すために街に出ようとしたところを、シルフィが一緒に行こうとしたことだった。
ギルトバードは、最初から自分と家の兵たち数名を連れて、ウィルフィリアを探しに行くつもりだった。彼とて、護身術としての剣術は習っていたため、兵の数は少なくても、彼の身はそこまで危険にはならない。
だが、シルフィが来るとなると、話は変わる。シルフィは幼い上に、女だ。故に、父、アルガディア大公爵は、シルフィには護身術としての剣術は習わせなかった。つまり、自分の身を守るすべを知らない。そうなると、必然的に護衛の兵が必要となり、大所帯となる。
そうなると、もう大変。仮にウィルフィリアが逃げようと考えている場合、その大群を見れば、間違いなく気づく。そして、逃げてしまう。
それを避けるために、ギルトバードはシルフィに留守番を命じていたのだが、シルフィがとことん反対した結果が、先ほどの喧嘩だった。
「いい子だから、家で待ってろ。絶対に連れて帰ってくるさ」
「絶対ですよ! 絶対ですからね!!」
「分かってる。じゃあ、行ってくる」
*****
「くしっ!」
な、何だ? 寒くも無いのに、いきなりくしゃみが………
何となく、嫌な予感がするね。多分、ギル様かシルフィ様辺りが、何か考えてるね、これは。
うーん、まだ捕まりたくはないし、周りに気を配っておくか。仮に、ギル様かシルフィ様がいらしたとしても、逃げられるように。
だーって、まだ帰りたくないもん。今帰っても疲れるだけだし。
それに、病気は完治して無くても、たまには心休まるときも必要でしょう?
というわけで、今日はアルガディア大公爵家領の端っこにある花畑まで足を伸ばそう。元兵士の私にとっては、このくらいの距離、軽い軽いってね。
ちなみに、私はここでは気づかなかったのだが、この街の至るところにはアルガディア大公爵家の兵がいて、全員しっかりと私の顔を覚えているらしい。
つまり、その連中に顔を見られた瞬間、アルガディア大公爵家に伝わると言うことだ。
結果。
「見つけた、ウィルフィリアぁっ!」
「げ! ギル様!?」
「げ、とはなんだ。そして、兄と呼びなさい」
いつの間にか、先回りされてたよ、くそう。何でこんな場所にいるんだよ。……うん、まぁ、まだ逃げるけど。
「こら、逃げるんじゃない!」
「絶対に戻りますから、もう少し自由な時間をくださいっ!」
「却下だ! みんな心配してる、帰るぞっ!」
「暗くなる前に、戻りますからっ!」
やっぱりそう簡単には逃がしてくれない感じ? でも、逃げるから。せっかく精神的にも落ち着けるように出てきたんだ、最後まで逃げてやる!
「ダメだといっているだろう。兵、ウィルフィリアを捕まえろ!」
「はい! 失礼いたします、ウィルフィリア様」
そう簡単に、捕まりますか!
「こら、まだ魔術はっ!」
「大丈夫です! 自分の体は、自分が一番分かってますっ!」
風の魔術で、私を捕まえようとした兵を吹き飛ばす。そのときに、ギル様の表情がすっごい怖いものになったけど、とりあえず無視。今は逃げます。
結果、この日はギル様との追いかけっこな一日になった。
ちなみに、ギル様に捕まる前に、自分で家に戻りましたよ。シャーリット様にはしこたま泣かれて、シルフィ様にはたっぷり叱られ、結果、一緒に寝ることで何とかお二人には許していただいた。
…………え、ギル様? 許してもらえなかったよ。いつの間にか私が帰ったから、かなり暗くなるまで帰ってこられなかったよ。
その分もあって、ギル様は未だに口を利いてくださいません。……ま、いいんだけど。
ちなみに言うならば、この件は大公爵様とジーン様にも伝わったらしく、数日後にお二人揃って屋敷に戻ってこられました。そして、叱られました。
たまにはいいじゃないか。本気で思った今日この頃だった。