在りし日の大公爵家
「ジーンお兄様、ギルお兄様! お姉様が見つかったと言うのは、本当ですか!?」
ある日のアルガディア大公爵家。そこでは、幸せなニュースが蔓延していた。
―――ウィルフィリアが見つかった。
幼い頃、誘拐されてそれ以来行方が知れなかったアルガディア大公爵家長女、ウィルフィリア・デル・アルガディア。家の者は皆、生きていることを信じてはいたが、今までずっと見つからなかったことに、ずっと悲しみ続けていた。
だが、ようやく、その子は見つかった。見つけることが出来た。
見た目、境遇、そして、遺伝子。調べた限り、それは確かにウィルフィリアであり、彼らの妹、姉であった。
そして、それは激戦区ワイバーですさまじい活躍を見せたものの、敵将を屠る際に大怪我を負い、搬送された病院で命に関わる病が見つかった英雄、ウィン・ファリエルだった。
彼らは、もちろんようやく見つかった彼女を受け入れる決断をした。ただ問題は、彼女のその病だった。
「とりあえず、僕が近いうちにその病院に、ウィルフィリアの容体を確認に行って来る。そのまま連れてこれるようなら、連れ帰ってくるよ」
「お兄様、急いでお願いします!」
「待て、興奮しすぎだ、シルフィ。落ち着け」
「落ち着けません! やっと、やっとシルフィのお姉様が戻ってきてくださるんだもの!!」
「ウィルフィリアに嫌われていいのか?」
「………嫌です!!!」
その後、シルフィはギルトバード、ジーニアス両名から、今までウィルフィリアが暮らしてきた環境を語り、急激に環境が変わるのだから、過度の干渉を禁じる旨を語られる。
そのときは、嫌われてくない一心でしきりに頷き続けていたのだが、実際にウィルフィリアが戻ってくると、その言葉もどこへやら、衝動が抑えられず、シルフィは何度もウィルフィリアに引っ付き、若干迷惑がられるようになる。
そして後日、病院へウィルフィリアの容体の確認へと向かっていたギルトバードは、予想以上の病の進行に驚き、すぐさまウィルフィリアをアルガディア大公爵家へ運ばせ、そして、侍医の診察を受けさせた。そして、診察をした侍医は、急いで手術をしなければ命に関わる、と診断を下した。
だが、今このまま手術をしては、体力的に無理ということで、ウィルフィリアの意識が戻り、少しでも体力がマシになったときに手術を行うと言うことで、ここは話がついた。
そして、その判断が下された後、家族は全員意識のないウィルフィリアに付き添っていた。ようやく見つかった可愛い子供。ようやく手元に戻ってきた、愛らしい子供。
二度と、手放すつもりなどなかった。ほかの貴族に嫁がせようなど、一切考えていなかった。
固く閉じられた瞳。その目が開かれるのがいつなのか、この家の人間たち、メイドたち、執事たちは今か今かと、ずっと待ち続けていた。
そして、ウィルフィリアを大公爵家へと運んでから四日後、ようやくウィルフィリアの意識が戻った。
「私は、ウィルフィリア様ではありません」
だが、目を覚ましたウィルフィリアは、説明を受けた後も、自分がウィルフィリアではないとはっきりと言いきった。だが、彼女は紛うことなき、大公爵家の子女。遺伝子がそれを告げているのに、彼女はそれを信じなかった。
あくまで自分はファリエルだと、そういい続けた。
―――そして、激しく咳き込んで、血を吐いた。
そのまま、淡く微笑みながら意識を失うウィルフィリア。もちろん、死なせるつもりなんてなかった。意地でも生かすつもりだった。
だから、ウィルフィリアの意思を無視して、手術を受けさせ、生かした。
そしてそれからは、ウィルフィリアは何があったのか、ギルトバードたちと触れ合うことは、するようになった。ただ、兄弟としてではなく、あくまで貴族と庶民と言う立場で、ではあったが。
もちろん、ジーニアスもギルトバードも、自分たちのことは兄と呼ぶようにいい、シルフィも妹なのだから、様などつけず、普通にシルフィと呼ぶようにお願いはしていた。だが。
「私は、ウィン・ファリエルです。ただの庶民です。庶民が王家にも連なるアルガディア大公爵家の方々を兄と呼んだり、気軽に名前で呼ぶことは、許されることではありません」
言うたびに、病床にあるウィルフィリアからはそのような言葉が返され、そして、その後は疲れたからと休息の許可を求めてきた。
許可など求めなくていいと、何度言ってもウィルフィリアは許可を求めた。そしてその際、ベッドに上がって一緒に休もうとするシルフィを諌めてもらえるよう、ギルトバードに目で頼んだ。
そんなウィルフィリアが、自分はファリエルではないと、ウィルフィリアだと言い出したのは、ウィルフィリアがウィン・ファリエルであった頃に隣に住んでいたと言う女性がウィルフィリアを訪ねてからだった。
「私は、ファリエルを名乗ってはいけないのです」
彼女の育ての母親の自殺の原因、それが、隣に住んでいた女性の持ってきた手紙に書いてあった。ウィルフィリアはそれを見て、ファリエルを名乗ってはいけないと、アルガディアを名乗ると言ってくれたのだ。
もちろん、大公爵家の面々は喜んだ。ようやく家族に戻れるのだと。やっと、家族の本来の姿になるのだと。
それから彼女は、頑張って両親や兄妹たちの呼び方を改めていった。両親を父、母と呼ぶよう改め、ジーニアスとギルトバードを兄と呼ぶよう改め、シルフィを名前で呼ぶよう改めた。だが、やはり咄嗟のときはその呼び方にはならず、訂正を受けていたが、それでも頑張ってはいた。
手術の傷が癒えて、城で開催されたパーティにも参加した。
突然現れた王太子や王子、王女とも僅かながら話をした。
同じく、突然現れた国王とも話をした。
そして彼女は、再び激戦区、ワイバーへと旅立った。
わざわざウィルフィリアが再び戦地に立たなくてもいいのではないか。アルガディア大公爵、ウォルフガングやシャーリット、ジーニアスは、国王に直接それを訴えた。
だが、ウィルフィリア自身が戦地へ行くことを選んでしまった。
―――自分は戦場の奇跡だから、と。
そして彼女は、その地で息を引き取った。
敵兵の仕掛けた魔術での爆発の威力を少しでも抑えようとして。
そして、そのまま爆心地でその爆撃を受け、果てた。
ウィルフィリア・デル・アルガディア。
アルガディア大公爵家の第三子。幼い頃に誘拐され、十四で敵国武将、トルストイ・ジェスト・ファーミンゲイル大佐を倒し、ワイバーの奇跡と呼ばれるようになるまで、ファリエル家で育つ。
ワイバーの奇跡と呼ばれた後は、ファーミンゲイル大佐を倒した際に負った怪我の影響で、そのまま退役。退役時の階級は、少尉(後に大尉へ昇級)。
が、翌年、ワイバーに再び敵武将が派遣されたことから、軍に戻る。
そこで、派遣された敵武将、リーディル・フェン・ディド・ファーミンゲイル大佐を倒し、その後、敵国の仕掛けていた爆破魔術を止めようとして、結果、爆心地でその爆撃を受け、殉死。
後に、爆破魔術を仕掛けさせた敵国兵から聞いた話によると、当初、その爆破魔術はワイバーと周辺の街数箇所を巻き込む威力だったそうだ。つまり、大尉は自らの命を以って爆破の威力を抑え、街を救った。
このことから、陛下はアルガディア大尉を特別三階級特進で大佐とし、王都に大佐の像を建てさせ、唯一見つかった大佐の剣を奉納した。
亡くなった時の大佐の年齢は、まだ、若干十五歳だった。
淡い白銀の髪と、新緑を映したような瞳の色をした、我が国の英雄。
これが、後に伝わったウィルフィリアの話。
後世に語り継がれる、ウィルフィリアの話。
民はウィルフィリアの活躍を語り継ぎ、歴史書にもその名前を残すことになった。
その歴史書の一部が間違っていることを、民は知らない。
ワイバーで爆破魔術を真正面から受けたウィルフィリアが、実は生きていたことを知るものは、民の中にはいない。
ウィルフィリアの本当の死因が、嘗てウィルフィリアを苦しめ続けていた病だと知るものは、民の中にはいない。
それを知るのは、王家の人間と、アルガディア大公爵家の人間、そして、彼女の意識ガ戻るまでずっと見続けていた医者たちだけだから。
医者たちには、既に王やウォルフガングが緘口令を敷いたため、そのことが外部に漏れることはなかった。
ウィルフィリア・デル・アルガディア。享年、十六歳。死因、病。