戦場の奇跡
何故分かったのか、よく分からない。ただ、嫌な気配がした。
リーディル・フェン・ディド・ファーミンゲイルとの対峙の真っ最中だったが、その嫌な気配で、私の集中は途切れた。そして、その隙をファーミンゲイルが逃すわけがなかった。
―――ファーミンゲイルの剣の切っ先は、私の腹を穿っていた。
まったく、さすがは兄弟だよ。見事に、弟のつけた傷に上乗せしてきやがった。この調子ならば、短いうちに、出血多量で死ぬだろうね。
「すまないな、大尉。弟の敵だ、死んでくれ」
うん、死ぬのは死ぬ。だけど、ただ死ぬわけじゃないよ。……ファーミンゲイル、あなたを殺して、この嫌な気配の根源をたどって、そして、死んであげる。
だから、今は無理にでもこの体を動かさなくては―――
「禁術・燃焼」
だから、禁術を使って、無理にでも体を動かすよ。この術を発動させるのに必要な血は、十分に流した。だから、私の血よ、最後は燃え尽きてしまってかまわない。ただ今は、力を貸して欲しい。
学校で習いはしたものの、よほどのことがない限り使うなと、先生に言われてたっけ。ねぇ、先生、いいよね。今がそのときだよね。
自分の血が燃えていくのを感じながら、ファーミンゲイルを見ると、ファーミンゲイルの表情は、戦慄に染まっていた。
「……っ、な、何をした!? おい、大尉!」
それが、リーディル・フェン・ディド・ファーミンゲイルの最期の言葉。ファーミンゲイルがその言葉を紡いだ瞬間に、私の腕は、私の持つ剣は、ファーミンゲイルの首を落としていた。
うーむ、さすが禁術。体の動きがいつもと比べ物にならないくらいによかった。さすが禁術。対価は半端ないと言うか、死がほとんど確定している術だけど、その寸前に必死でやるなら、いい術だ。
さあ、嫌な気配を感じるほうに行かなくちゃ。
禁術のおかげで、神経が過敏になっている今なら分かる。この嫌な気配は、魔術の気配だと。
つまり、隣国か自国の兵が、何か危険な魔術を使おうとしていると言うことだ。
「大尉! よかった、ご無事でしたか!」
そうしていると、目の前から一人の味方兵がかけてくる。その味方兵は、私の腹部を染める血を見て、顔を青ざめた。
「大尉、その怪我は!? 返り血、じゃないですよね!?」
「うるさい、大事無い」
そういった瞬間、既に貧血になり始めているのか、体がふらついた。味方兵は、その姿を見て、しっかりと目付きを変える。
「全然大丈夫じゃないじゃないですか! 本陣へ戻りましょう。ギルトバード様も待っていらっしゃいます」
「本陣には、お前一人で戻れ。私は、まだやることがある」
この嫌な気配を何とかしなくては、下手をすれば、このワイバーの地全てに被害が及ぶ。それは、避けなくちゃいけないんだ。
「ダメです、大尉!」
「―――ゴメン」
これ以上騒がれると面倒だから、少し、眠っててよ。今の私、禁術で身体能力かなりあがってるから、動いたの見えなかったでしょ? 何も分からない間に、意識奪われたでしょ? いい子だから、そのまま眠っていて。
だって、私はワイバーの奇跡なんだから、このワイバーの危機は救わなくちゃいけないよね。
私は、英雄。私は戦場の奇跡。
ああ、一歩ずつ、確実に嫌な気配のするほうへと近づいてる。近づくに従って、この嫌な気配の原因が少しずつ分かってくる。これは、絶対に止めなくては。
―――だって、これは爆破魔術じゃないか。しかも、集まっている魔力量からして、範囲はワイバー含み、周囲の町もいくつか滅ぼせるレベル。
その中心となっているのは、隣国の兵。それを悟った瞬間に、私は魔術を行使して、その敵兵を殺す。一秒ほど間を置いて、周りにいた兵がその兵の死に気がついた。そして、驚愕の目付きでこちらを見る。
「あ、あ、あ、悪魔だ! 悪魔が来たぁっ!」
「私はワイバーの奇跡、ウィン・ファリエル。消し炭になりたいものからかかってきなさい」
静かに、冷静に敵兵にそう告げる。まぁ、向かってこないなら来ないで、無抵抗で殺すだけだけどさ。
「い、やだ! 死にたくない、助けてくれぇ!!」
………なんて、みっともないんだろう。何で、死を覚悟していない人間が、このワイバーに来たんだろう。もう、いいよね。こんな醜いもの、見ていたくないよ。
「ひいっ!!」
一人、また一人と、ここにいる隣国の魔術兵たちの首を落としていく。なのに、この地に集まる魔力は、散る気配を見せない。………手遅れと言うことか。
こうなると、とめるための方法は二つしかないが、その両方とも、今の私に出来るかが謎だ。
この状態をとめる方法は二つ。一つは、同量の魔力を持って、相殺させること。
そしてもう一つは、それを上回る魔力を持って、押し殺してしまうことだ。
だが、今の私では、相殺させることすら微妙だ。何せ、ファーミンゲイルとの戦いに集中するのにかなりの魔力を使ったし、禁術を使うのにもかなりの魔力を消費している。その状態で相殺させられるか、と言われると無理と答えるだろう。
だが、それは今じゃない場合は、だ。今はとめられるのは私しかいない。私がやらなければ、ワイバーも、周辺の町もこの魔術に巻き込まれて、滅んでしまう。
自分に残された魔力を、一気に放出する。放出された魔力が、あたりに集まる魔力と相殺されて、少しずつ消えていく。
そして、その消えていく量に比例して、私の視界がどんどんとグラついていく。最初は少し視界が滲む程度だったのに、今はぐらんぐらんと、真っ直ぐ立っていられないくらいに目の前が歪んでいる。
でも、まだあたりに集まった魔力は完全には消えていない。寧ろ、殆ど残っている。この魔力量では、間違いなくワイバーを巻き込む。
もう、爆破魔術自体を消すことは出来ないだろう。だから、少しでも被害を少なくするよ。
爆心地になるここにいる私は、きっと生きていられないでしょう。爆発の影響と、禁術。この二つのせいで、私はきっと死ぬ。それはそれでいい。
それで、この国の人を守れるのなら。それで、私がお父さんたちのところへ行けるのならば。
私は、戦場の奇跡。
戦場で魔術を纏い、敵陣へ単身突っ込んだ、魔術兵。
ファーミンゲイル兄弟を殺した、オースティア国の、英雄。
私はここで死ぬ。
でも、後悔なんてしていない。
だって、だって。これで、たくさんの人を、守れたよね―――?
すぐそばで、耳を劈くような轟音が響いた。
次からエピローグ………予定。