増援と敵
ギル様が陛下に増援をお願いして数日後、しっかり私はまだベッドの上の住民です。だって、ワイリー先生が許可くれないんだもん。そのせいで、シーラたちの目がずっと光ってるし。
「ウィルフィリア様、まだ無理はなりませんよ?」
「少しくらい動かなくちゃ、体が鈍るじゃありませんか」
「無理は禁止です。それと、敬語は」
「訂正しません」
あーもう、ワイリー先生は許可くれないし、シーラたちの目は厳しいし、退屈だし。オマケに言うならば、怪我のせいで診察の頻度も増えたしね。今までは毎食後だったのに、毎食前後になったしね。何て面倒な。
しかも、怪我した最初の日と、その次の日は一日中点滴入れられてたし。増血剤と栄養剤が入れられてたらしいけど、私からすればいい迷惑です。
「病気のほうは問題なさそうかな。怪我のほうは、まだまだだね。もうしばらくは安静にしているように」
「ソウデスネ」
「前みたいに、随分とやる気のない返事だね」
「ソウデスネ」
「いい? 絶対、安静にしてること」
「ソウデスネ」
くそう、面白くない! 今も一般の兵士たちは敵国の兵と戦ってるのに、私はここでベッドの上生活か!! ………まあ、アルガディア大公爵家の屋敷に戻らされないあたりはいいんだろうけどさ。
ついでに言うなら、治ったら戦線復帰できるのも喜ぶべきかな。
「無理したら、大公爵家の侍医の方に相談して、大公爵家で治療を受けるよう、変えていただくよ?」
「約束しますっ!」
大公爵家に戻らされるのは絶対にゴメンですので、絶対に安静にしています! だから大公爵家に戻されるのだけは勘弁してください!!
「うん、約束ね。破ったらすぐにギルトバード様に進言差し上げて、大公爵家に戻すからね」
「うん、やめてください。ちゃんと休んでます」
「約束ね。まぁ、ギルトバード様が陛下に増援をお頼みしていらしたから、ウィンちゃんが出る幕はないと思うけどね」
ああはい、そうでしたね。ギル様が陛下に増援を頼んでいらっしゃいましたね。くそう、英雄としての存在意義は!?
そうは思っていても、口には出さない。だって、口に出したら危険な感じがしない? いろんな意味で。特にワイリー先生とかワイリー先生とかワイリー先生とかが。
「ウィルフィリア様、オルガを用意いたしました。先生も、オルト、如何ですか?」
「ああ、ありがとうございます、クロッカさん。いただきます。ウィンちゃんも飲もうね」
「ええ、いただきます、クロッカ」
だから、飲む間くらいは起き上がっていても何も文句は言われませんよね? うん、オルガが甘くて美味しい。
「こういうエネルギーは大事なんだから、しっかりとること。いい?」
「分かってますよ。だから、美味しくいただいてるじゃないですか」
大体、少し口うるさすぎませんか? 確かに、怪我してから食事量、ごっそり減ったけどさ。だって、食べるの面倒だし、あまり食欲も無いし。その分、ギル様がすっごく不安そうにしてるけど、それは無視。うん、無視していいんだよ。
まあ、そのおかげで食前食後の診察の時間が、もう、うるさいんだよなー。ワイリー先生だけじゃなくて、様子を見に来たギル様までいろいろと仰るし、偶に大佐まで来て、大佐もいろいろと口を挟んでくださるし。「もっと食べなさい」だ、「これっぽちでは治る傷も治らない」だと、ね。ふふふふふ、思い出したくもない。
「イイコだね。飲んだら、またいい子で休んでるんだよ」
「あーもう、寝るのも飽きましたよ」
「でも、寝ないと治る傷も治らないからね。早く戦線に復帰したいなら、ゆっくりしっかり休むこと。いいね?」
そうやって、指示に従って休んだのが悪かったのかタイミングが悪かったのか。
「あ、目が覚めたんだね。怪我の具合はどう?」
「おはようございます、ルイゼ殿下。そしてお休みなさいませ」
「あ、こら。少しでいいから起きて、話をしない?」
「申し訳ございません、お休みなさい」
何故、ルイゼ殿下がいらっしゃるのでしょうか。ここ、一応激戦区なんですが。王族の方が気軽に訪ねられるような場所ではないと思うのですが。………まあ、護衛の騎士はたくさんいるでしょうが。
だが、それにしても何故、わざわざルイゼ殿下がいらしているのかが分からない。兵を鼓舞させるためならば、私が完治させて復活すればいいだけの話しだし。
むー、分からないんですよ、ルイゼ殿下。その状態であなたとお話など、無理に決まっているじゃありませんか。
しかし、本当に陛下も何故、ルイゼ殿下をわざわざこんな危ない場所へと派遣なさったんだか。大分マシになっているとは言えども、ここは立派に激戦区だというのに。はっきり言えば、この本陣も完全に安全だとはいえない場所なのに。
「シーラ、ノイ、クロッカ。ウィルフィリアの傷の具合は?」
「先生のお話では、順調に回復していらっしゃるとのことです」
って、ルイゼ殿下、私が反応しないからって、シーラたちに走りますか。まあ、シーラたちならしっかり答えてくれるからね。
「そう。それは、よかった」
「傷も、うっすら残るか残らないか、とのことです」
「……完全に、消えてくれればいいけどね」
あー、気にするトコ、そこですか? 私は傷痕が残っても残らなくても、別にどうでもいいんですよ? 第一、今の私の体って、ファーミンゲイルに付けられた傷を縫った後と、無理やり受けさせられた手術の傷痕と、両方とも残ってるわけですし? 今さら傷痕の一つや二つ、気にもならないのに。
まあ、今の私から一つ言わせていただくとするのならば。
「申し訳ありませんが、もう少し声量を落としていただけませんか?」
うるさくて眠れませんから。傷が痛むのは全然かまわないけど、ワイリー先生に怒られるのはいやだから。え、何? 逆じゃないかって? 合ってるよ。傷の痛みより、ワイリー先生のお叱りのほうがよっぽど辛いって。
「ああ、ゴメンね、ウィルフィリア。ゆっくり休んでいて」
ルイゼ殿下はそう仰ると、これ以上長居することは避けようと思ったのか、シーラたちと一緒に部屋を出て行った。多分、この後の行き先はワイリー先生のところだと思われる。殿下のことだから、多分、医者から直接私の容体を聞こうと考えているだろう。
まったくもう、やっと戻ってきたいとこだからって、過保護になりすぎでしょ。
ゆっくりと目を開き、あたりを見回す。予想通り、この部屋からルイゼ殿下はおらず、ノイだけが、残っていた。
「ウィルフィリア様、お休みにならなくて大丈夫なのですか?」
「休みますが、その前に水をもらえますか?」
「少々お待ちください」
ふふ、もう敬語に対しての修正はなくなりましたね。うん、いいことです。とってもいいことだ! これで堂々とシーラたちにも敬語を使って話せる!
「はい、お水です、どうぞ。それと、メイドに敬語はなりません」
と思ったのも、つかの間か。しっかり訂正が入ってきたよ。ま、聞かないんだけどね。
「ありがとうございます。飲んだら寝ますから、離れておいてもらえますか?」
「……畏まりました」
敬語に関してか、すごい苦々しそうな表情をしてたけど、無視。水は飲んだし、後は言ったとおり、寝ておくか。寝るのが一番平和なはずだしね。寝ていれば、ギル様の相手も、ルイゼ殿下のお相手もしなくても問題は無い。だから、平和なはずなんだよねぇ。
うん、平和な人生っていいよね。アルガディア大公爵家にいるよりも、戦地に立っているほうが生きているって言う感じがしていいんだ。
だから、早く怪我を治して、戦線復帰しなくちゃなぁ――