変わらないもの
あの後、食事の時間にシーラたちに起こされ、ギル様の待つ貴族たち用にと分けられた食事の場へ向かう。そこでは、既にギル様がお待ちで、ギル様のお相手を大佐がなさっていた。
「ウィルフィリア、大丈夫か?」
「先ほど、少し休んだので何の問題もありません」
「それはよかった。では大佐、食事にしようか」
「畏まりました。少々お待ちください」
大佐はそう言うと、周りにいた食事担当の兵たちに食事の準備をするよう指示を出す。そして、大佐の視線はこちらへ向いた。……何です?
「本当に大丈夫か? 大尉」
「ご心配、ありがとうございます。ですが、本当に大丈夫ですよ」
「それならいいが、何せ、久しぶりの戦場だ。無理は、禁物だからな?」
「はい」
ああ、大佐の目的は、私の体調を調べることと、軽い注意か。本当に大丈夫なのに。自分の体調も考えて、魔術は使ってますよ? ―――まぁ、一応は。
あの、大佐? その生暖かい視線はなんなのでしょうか。一番初めに私が配属されてきたときも、そんな目をしてましたよね? そして、配属先を変えてもらえと、真顔で言ってきましたよね。
「さあ、どうぞ、ギルトバード様、大尉」
「いただきます」
そうしている間に食事の準備が整ったようなので、ギル様と共に食事に感謝の挨拶をして、頂く。うん、さすがは貴族用。一般兵用の食事と比べると段違いに美味しい。
……………でも、量、多くない?
「ウィルフィリア、きちんと食べなさい」
「いえ、量が多いんですが」
「……そうか? なら、せめてもう少し食べなさい。さすがに少なすぎる」
「そうですね。大尉、もう少し食べなくては持たないぞ」
うう、ギル様と大佐が揃うと、私に勝ち目はない。もう十分にお腹いっぱいなんだけどなー。
「お父様に報告して欲しいかい?」
「―――いえ、食べます!」
そう思っていると、ギル様が私に言うことを聞かせるための魔法の言葉を放つ。
お願いします、大公爵様にお伝えするのはご容赦ください。そうすれば、シャーリット様やシルフィ様にも伝わって、戻ったときが面倒になりますから。
「ならいい。さ、お食べ?」
うう、ギル様、鬼畜です。大公爵様にお伝えするといわれると、私も言うことを聞かざるを得ないではありませんか。
「ごちそう、さまでした」
さすがにこれ以上は無理です、勘弁してください。無言でギル様に訴えると、ギル様は淡く微笑み、そのまま私の頭を撫でた。……いいっていうこと、なのかな?
「頑張って食べたね。後は、ワイリー先生の診察を受けて、お休み?」
「そうします。ギル様、大佐、失礼します」
「ウィルフィリア、ギル様じゃない、お兄様だ」
「失礼しました、お兄様」
「お疲れ様、ウィンちゃん。顔色悪いね、早く横になって」
部屋に戻ると、シーラやノイ、クロッカのみならず、ワイリー先生にも出迎えられた。………顔色、悪いかなぁ。
「久しぶりだから疲れた? 無理はダメって、馬車の中でも言ったよね?」
ワイリー先生の指示に従ってベッドに横になると、すぐにこの恐怖のお言葉が飛んできました。ワイリー先生、怖い、怖いですから!
「いえいえいえ、無理はしてませんよ? 疲れてる自覚もありませんから!」
「それもそれで問題だけどね。さー、診察するから動かないでね」
そう言うと同時に、先生の耳にはしっかりと聴診器がかかり、その先は私の胸に来ている。
「うーん、心音には異常はないみたいだから、大丈夫かな」
「ですか」
「でも、一応、もう休んでてね。じゃないと、明日の参戦は禁止」
「うえ!? 先生、その脅しはずるくないですか? そういうのは、明日の朝の診察の結果次第というのでは……」
「ウィンちゃんだからいいの」
「横暴だ!」
言葉だけで考えると、本当に横暴ですよ、先生。でも、私は先生に感謝しているんですよ? 今までの知り合いは、私がアルガディア大公爵家の人間だと分かってから、掌を返すように態度が変わった。でも、ワイリー先生だけは、前のまま、ウィンちゃんという呼び名で呼んでくれる。それが、どれだけ嬉しいだろう。
……まあ、最初にギル様が怒ってたけどね。身分を考えろだ、その呼び方はウィルフィリアではない頃の呼び方だろう、などと、忙しかった。それを、必死でお願いしてやめてもらった。先生の態度は、変わってほしくなかったから。
「シーラさん、ノイさん、クロッカさん、ウィンちゃんが無理しないよう、見ててくださいね。仮に無理をしたら呼んでください。鎮静剤を使って、大人しくさせますから」
「ちょっ、先生!?」
「鎮静剤を使われたくないなら、いい子で寝てるんだよ」
「……はい」
くう、やはり、あのころから先生には勝てない。この先生に勝つのは至難の技だ。………何せ、ギル様も勝てなかったしね。私の呼び方について、実際は私が口を挟む余裕もなく、先生は自力でギル様を黙らせてたからね。
というわけで寝ようと思うんだけど、その前に、先生が忘れてたとでも言うかのように、鞄から何か薬を出していた。
「ゴメン、その前に、これ飲んでてね」
「これ、何?」
「ちょっとした栄養剤。ウィンちゃん、どうせご飯あんまり食べてないでしょ?」
「今日は、頑張って食べましたよ?」
「一応ね」
「………シーラ、ノイ、クロッカ、水ください」
栄養剤って……、今日はギル様や大佐に言われて頑張って多めに食べたのに、更に栄養を摂取せよと? 体重が増えて動きにくくなることが必須じゃないか、ちくしょう。
でも、逆らえないからちゃんと飲む。先生のことだから、飲むまでは出て行ってくれないし。
「お水です、どうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
そうしていると、クロッカが水を持ってきてくれたので、先生に渡された薬を口に含み、そして直後に水で流し込んだ。
さあ、これでいいでしょう? 後は、私は寝ますから。ちゃんと寝ますから大丈夫ですよ!!
「さて、じゃあ後はお願いしますね、メイドさん方」
「お任せください」
まあ多分、これで寝なかったらシーラたちから先生に連絡が行って、そこからギル様に報告が行って、それがまた大公爵様方に伝わるんだろうな。それは避けたいから、今はとにかく寝ます。お休みなさい。