室内戦争
さあお姉様、お散歩です。オルトを飲み終えて少しして、シルフィ様はにっこりと微笑みながら告げる。
「さあ、お庭を散歩しましょうお姉様」
「いえ、出来れば部屋で休みたい………んだけど」
危なかった、また敬語になりそうだったよ。でも、それが本音なんですよ、シルフィ様。採寸で、シャーリット様をお相手するのに随分と疲れましたし、オルトだけではあまり休息にならなかったんです。
だから、部屋で、一人でゆっくりしていたいんですよ。もちろん、メイドさんたちも抜きでお願いしたいですね、シーラ、ノイ、クロッカ?
「おかあさまぁ!」
「ウィルフィリア、せめてメイドくらいそばに置いておきなさい」
「しかし、メイドさんがいると落ち着かないんです」
「ダメよ。許しません」
「許してください」
「お母様、お姉様、無視しないでください!!」
「ああ、気にしないでね、シルフィ」
「気にしちゃダメよ」
あ、無視されてたシルフィ様が反応したか。ですが、もうしばらく黙っていてくださいね。申し訳ございませんが。
「気になりますっ! ギルお兄様ー!」
「母様、ウィルフィリア」
「ゴメンね、シルフィ、ギル。もう少し黙っててね」
「俺もですか?」
「そうですね。申し訳ありませんが、ギル様も黙っておいてもらえますか?」
今はシャーリット様を説得するための時間ですから、ギル様とシルフィ様は黙ってくださいよ。
「ふぅ。じゃあ、私は部屋にいますよ。一人で、いますね」
「シーラ、ノイ、クロッカ」
シャーリット様、三人について行くよう言わないでもらえますか?
「三人とも、ついて来ないでくださいね?」
「ウィルフィリア様?」
「敬語は訂正しませんよ? いいからついて来ないでください、一人になりたいんですよ」
だから、いちいちついて来ようとしないでください。何かあれば呼びますから、それまでは放置していてもらえますか。
………だから、ついて来ないくださいと、言っているでしょう? シーラ、ノイ、クロッカ。
「ウィルフィリア、三人は連れて行きなさい」
「嫌です」
「ダメよ」
「嫌だって言ってるじゃないですか。一人になりたいときもあるんですから、放っておいてください」
だが、やはりシャーリット様は一人でいるということは許してはくれなかった。とにかく、シーラやノイ、クロッカを連れて行かせられた。……ちっ。
もういい。ベッドのカーテンを閉めて、徹底的に外界と自分を遮断して、寝てやる。
「ああっ、ウィルフィリア様ぁ」
「呼ぶまで、絶対に近寄らないでくださいね」
「ウィルフィリア様」
「知りません。敬語でいいでしょう、もう。面倒くさい」
だから、呼ぶまでは絶対に近寄らないでください。まぁ、基本的に呼ばないでしょうがね。
これなら、誰かをそばに置いておくと言うものだけは聞いてるよ?
「邪魔したら、後で暴れる」
「……何かありましたら、遠慮なくお呼びください」
よし、諦めたね。……さて、寝るかなー。寝てれば時間も過ぎるし、体力も回復するしね。
「おーねーえーさーまー! お休み中申し訳ございませんが、起きてくださぁい!」
「………シルフィ、様?」
「お姉様!」
「……おやすみなさい」
「起きてくださいったらぁ!」
「寝かせてください、眠いんです」
「敬語はやめてください! そして起きてくださいったら!」
いつの間にかぐっすりと寝ており、シルフィ様の声で目が覚めた。が、まだ眠たいので寝かせてください。
「食事の準備が出来ているんです、起きてください!」
「ご飯いりません。寧ろ寝かせてください」
「おねえさまーぁ」
うう、うるさいですシルフィ様。いいから寝かせてください、起きるのも億劫なんです。
「……リア? ウィルフィリア?」
……次は、ギルトバード様ですか。どうしてこのご兄弟は、揃って私を寝かせてくださらないのでしょう。
「大丈夫か? ウィルフィリア。調子が悪いのか?」
「は………い?」
「具合が悪いから、起きられないんじゃないのか? 少し、こっちを向いて?」
ギル様はそう言って、私に自分のほうを向かせ、私の額に手を置いた。
「熱は無いようだな。一応侍医を呼んだから、診てもらいなさい、いいね?」
「遠慮します」
「診てもらえ」
「遠慮します」
「診てもらえっつってんだろ」
「遠慮します。それより、口、悪いですよギル様」
「悪かったな。大体、自由奔放な母と妹を諌める立場としては、たまにはそうやって素で言いたくもなるんだ」
ああ、なるほど? でも、侍医の診察はいりません。大体、最近やっと診察の頻度が減ってきたのに。一番最初の一日毎食後の診察から、一日二回、一日一回、二日に一回、とじわじわと減ってきてるんだから、診察を受けなくていい日に診察を受けるつもりはありません。
というわけで、また寝るか。ギル様、侍医は呼ばないでくださいね? そして、もう起こさないでください。ぐっすり寝たいです。
しかし、ギル様も苦労人だなぁ。自由奔放なシャーリット様、シルフィ様をお諌めするのはギル様のお役目なのですね。
「ウィルフィリア様、起きてくださいね」
「……………寝かせて」
「寝ている間に診察を進めてもかまいませんか?」
……もう、勝手にして。とにかく寝かせろ。
ちなみに、目が覚めたら周りにはシャーリット様、シルフィ様、ギル様のみならず、大公爵様やジーン様までいらっしゃいました。
「大丈夫か? 調子が悪いと聞いて、飛んで帰って来たよ」
「無理はしないようにと、いつも言っていただろう? ほら、起き上がらないで」
………このお二人に、私が調子が悪いと嘘を言ったのはどこのどちら様でしょう? 調子は悪くありませんよ? ただ、眠たいだけで。
「それが、調子が悪いと言うんじゃないのか? 医師の診断によれば、疲れが溜まっているんだろうとのことだ。少し休んでいなさい」
「確かに疲れましたけど、大丈夫ですよ?」
「ご飯も食べなくていいと思えるくらい、ひどいのにか?」
いえいえ、ご飯前にオルトを飲んだから、それでお腹に溜まっているだけですから。だからご飯、別にいいかな、と思っただけです。
「確かに熱も無いようだ、安心した」
「大丈夫ですよ」
「いいから休んでいなさい。ただし、消化のいいものを一口くらいは食べるんだ」
「遠慮します」
「食べなさい。父として、私からの命令だ」
「申し訳ございませんが、逆らいます」
「シーラ、ノイ、クロッカ」
「はい。ウィルフィリア様、麦を柔らかく煮込んだリゾットを準備しております」
「食べませんよ」
「食べてください」
「いりません」
「食べてください」
シーラ、ノイ、クロッカ? いつの間に麦のリゾットなんて準備した。
「リシュの実を入れましたから、体力の回復にいいですよ」
リシュの実か。リシュとは、疲労回復に言いといわれている果実である。リシュの果実は、普通に食べる分にはすっぱいが、火を通すと甘みが出るため、リゾットという料理法以外でも、砂糖と一緒に煮込んでジャムのようにすることもある。
どちらにせよ、体力の回復に言いといわれているため、軍にいるころにもよく食べていた。……そのまま。おかげですっぱかったっけ。
「いりません」
「食べてください」
シーラ、ノイ、クロッカ。諦めてくださいよ、いい加減。私は食べないといっているでしょう? 大公爵様、あなたも命令しないでください。
「食べないというのなら、また、侍医に診てもらうよ?」
また? ああ、そう言えば、ギル様が一度、侍医を呼ぶから診てもらえ、と仰ってましたね。そのあとに寝たんだけど、寝てる間に来たのかな。
「食事と、診察どちらを取る?」
「………おやすみなさい」
どちらも取りません。とにかく寝ます。
だから、人の睡眠の邪魔はしないでくださいね? 次、起こされたら本気で暴れますから。