ウィルフィリア・デル・アルガディア
ファリエルの名を捨てた私に新たに与えられた名前は、ウィルフィリア・デル・アルガディア。
コレを名乗ると言うことは、私がアルガディア大公爵家の長女だと言うことを認めたと、そうなる。
でも、それでいい。お母さんが、自殺をしてまでも私をこの家に戻したがっていたのだ、それを聞かず、どうする。
私はアルガディア大公爵家の第三子であり、長女。それが、お父さんたちの望んでいたこと。私を生家に戻すこと。
まぁ、私のファリエルからアルガディアを名乗るようになったからって、あんまり生活は変わらないけどね。手術したばっかりだから無理が出来ないし、病気も完全に治っているわけでもない。
だから基本、私の生活の場は、私の部屋だと与えられたこの部屋くらい、なんだよね、実際。
………まぁ、私がファリエルの名を捨ててからのこの家の家族、反応すごいけどね。いろんな意味で怖いけどね。
まぁ、そのいろんな意味で怖い、の筆頭は私の妹に当たるシルフィ様と、母に当たるシャーリット様だったりする。だって二人とも、毎日のように私の部屋に来るんだよ!? ベッドに横たわったままの私の横で、私とスキンシップをはかろうと、いろいろして来るんだよ!?
助けてください、ギルトバード様。このお二人を止められるのはギルトバード様しかいらっしゃらないと、メイドさんたちから聞きました。お願いします、このお二人を何とかしてください。
あ、ギルトバード様は、この家の次男で、私のすぐ上の兄に当たる。私が入院しているときに、病院に迎えに来たのもこの方だ。
「ウィルフィリア、退屈でしょう? 本を読んであげましょうか」
「お姉様、一緒に寝てもいいですか?」
今日もお二人は、本当に必死だな。
「シャーリット様、本は自分で読みますから。シルフィ様、さすがに一緒に休むのはご容赦願えますか?」
と言うわけで、抑えるためにこう言ってみたのだが…………やぶへびだった。
「シャーリット様、じゃないでしょう? お母様。ほら、言ってみて、お母様って」
「お……おかあ、さま?」
「お姉様! 私もシルフィです。様、何ていりません、敬語もいりません!」
「シ、シルフィ……」
あの、シャーリット様? 母と呼ぶのを強要させないでいただきたいです。まだ、ちょっと無理です。そしてシルフィ様、あなたもです。
ギルトバード様、いつもいいタイミングで現れてくださるのです、今、この時にいらしてください。そして、このお二人を止めてください。
「母様も、シルフィも、いきなり強要しすぎです。少しずつ慣らさないと、後からどんな弊害があるか分かりませんよ」
ギルトバード様、弊害って何ですか。シルフィ様とシャーリット様では、そんな恐怖があるんですか。
「ウィルフィリア、君も、早く慣れておくれ? そうしないと、シルフィたちを諌めるのに、僕も疲れるんだ」
「すみません、ギルトバード様」
「ギル兄様、若しくはギルお兄様と呼んでくれると嬉しいね。今はまだいいけど、少しずつ、そう呼べるようにしていってくれ」
「ギ……ギルにい……さま……」
「ギルお兄様ずるい!」
ちょ、なんかいきなり兄と呼ぶと、恥ずかしすぎるんだけど。顔、真っ赤になってないかな。
「で、兄様も、ジーン兄様か、ジーンお兄様って呼んであげてくれ。きっと喜ぶ」
うう、ジーニアス様もですか。まぁ、ジーニアス様はお仕事がお忙しいらしく、基本、顔を合わせることはないのだが。大公爵様も、そうだが。
ただ、大公爵様はどうやっているのか、ジーニアス様以上に、私の元へやってきては、父と呼ぶよう強要する。そしてそのたびに、ギルトバード様に諌められている。
それが何度も続くため、私は日々、大公爵様が訪れそうな時間帯は眠っておくことにした。眠っておけば、大公爵様も無理に起こそうとはなさらないらしい、ので……
「あぁ、そうだ。今日は庭に出ないか、誘いに来たんだった。たまには太陽の光を浴びたほうがいい」
「外、ですか?」
「あぁ。大分手術の傷も塞がってきたようだし、医者からも少しは外に出したほうがいいと言われてね。どうだい? 行かないか?」
「お姉様、今は庭の花がきれいです! 一緒に行きましょう!!」
「行くのなら、車椅子を持ってこさせるが、どうしようか?」
庭かぁ。確かに、この家に来てからずっと、この部屋しかいないよね、ほかの場所行ってないよね。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
私がお願いをするとすぐに、ギルトバード様はメイドを呼び、すぐに車椅子を持ってこさせた。……って言うか、まだ無理は禁止ですか、ちょっと歩くのもダメですか。
ま、いっか。気分転換も大事だし、何も考えずに外に連れて行ってもらおう。
ただ、私が車椅子に移動したあとに、バトルが始まったけどね。
「ギルお兄様は先ほど、お姉様を車椅子に移動させるのに抱き上げたじゃないですか! だから、私がお姉様の車椅子を押します!」
「外へ行こうといったのは僕だ。僕が最初から最後まで、しっかり面倒を見る」
あの、車椅子なんですし、喧嘩をするくらいならメイドさんに押してもらえればいいんじゃないかなーって思うんですが、どうでしょう?
『そんなの許さない!』
そうですか。お二人揃って言わないでください。
――――そしてシャーリット様、さりげなくお二人を放置して、私の乗る車椅子を押さないでください。
「あ! 母様ずるいっ!」
「ずるくありません。二人が喧嘩するからでしょう」
『でも!』
「でもも何もないの! さ、ウィルフィリア。お母様と一緒にお庭に行きましょうね」
「えっと、ギルトバード様と、シルフィ様は……」
「あの二人は放っておいてかまわないから。ね?」
え? いいんですか? お二人とも、すっごい悔しそうにシャーリット様を見られてるんですが。
「いいのいいの。ギル、シルフィ、一緒に行くの? 行かないの?」
『行く!』
さすがご兄弟、息がぴったりです。そしてシャーリット様、私の車椅子を押してくださるのはいいのですが、雰囲気が怖いです。嫌な予感しかしません。そしてギルトバード様とシルフィ様の視線も怖いです。
あの、メイドさんがた? 同情するような瞳で見つめるのならば、助けてもらえませんか?
ちなみに、それは私が外に出て、少しだけと懇願して自分の足で歩くまで続いた。
そして、私が自分の足で歩き出してからは、転ばないかどうか相当心配だったらしく、さっきとはまた別物の、だが鬱陶しい目で見られていたのは最早余談である。