真実の全て
私の病気は悪化した。ひどい時は一日に何度も発作を起こし、時折血も吐いた。口の中に広がる血の味に顔を顰めながら、ただただ、痛みが過ぎ去るのを待っていた。
先生たちは、必死でこれ以上悪化するのを抑えようとしてくれていたようだったが、私自身が拒否した。
やっと死ねると。やっとお父さんたちの下へ逝けると。
そのために、私はこれ以上の治療を拒否した。だが、人間中々丈夫なもので、何度血を吐いても、死までは至らなかった。まぁ、私が気を失っている間に先生たちに何かされたって言うことも考えられるけどね。
でも、日々苦しんでいることに変わりはない。この苦しみは、お父さんたちの下へ逝くための必要な工程だ。
「ウィンちゃん、諦めないで。まだ、可能性は……っ」
「なん……で? も……いい、でしょ?」
発作を起こして倒れるたび、意識が戻ったら毎回毎回、先生や看護婦さんからそう言われていたが、はっきり言って、何故そんなことを言うのか分からなかった。だって、生きているから、私は苦しい思いをする。なら、死んでしまえば痛みもない、苦しみもない、そして何より、お父さんたちに会える。なのに、何で止めるの?
「ウィンちゃんはまだ若いんだから、未来があるんだから、諦めないで」
「みら……い? そんなの……しら………ない。私に……みらい、なんて……ないよ」
未来など、病気の宣告を受けた日に、全て捨て去った。どうせ死ぬのだからと、最初から切り捨てた。
そして私の命は静かにカウントダウンを始め、そして、やっと死ねるというときに、あろうことか、私はアルガディア大公爵家の姫だと告げられ、望まぬ手術を受けさせられた。
ジーニアス様の命令で無理やり手術を受けさせられた私は、慣れた病院へ戻ることも叶わず、大公爵家での療養を余儀なくされた。
何で、私が大公爵家の姫なのか。私は、ただの庶民だ。私の名前は、ウィン。ウィン・ファリエル。激戦区、ワイバーを守るために敵将、ファーミンゲイルに戦いを挑み、散ってしまったエルシエル・ファリエルの娘だ。まかり間違っても、アルガディア大公爵家の姫などではない。
「ウィルフィリア、君は正真正銘ウィルフィリアなんだ。科学が証明してる、君は、僕らの妹だ」
「科学が証明していようと、私は、ファリエルの人間です」
お父さんたちは、まだ私を娘だと思ってくれているだろう。その分私も、あなたたちしか親だと思えない。私をここまで育ててくれたのは、ファリエル家のあの二人であって、大公爵家の人たちではないのだから。
「やれやれ、頑固だな」
これは、頑固というのか? 人として、普通の感情じゃないのか?
今まで育ててくれた親よりも、産みの親、血の繋がった家族を取るのが当然だと、この人たちは本気で思っているのか?
確かに、私の育ての親は二人とも、既に鬼籍に入っている。だからといって、私がファリエルの人間ではなくなるわけではない。私は、ファリエルなんだ。
「ウィルフィリア、君にお客様だ」
「客? 誰、ですか?」
「隣のおばちゃんといえば分かる、と言われたんだが、誰か分かるかい?」
隣のおばちゃんが、何でアルガディア大公爵家にまで、来るの? そう思いつつも、静かに頷いた。
「ウィンちゃん、無事でよかった……」
「ウィンじゃない、ウィルフィリアだ。そして、口調を改めろ」
「……ジーニアス様、ギルトバード様、シルフィ様、無礼を承知で申し上げますが、出て行ってもらえますか? あと、おばちゃんと、二人にして欲しいんですが」
「何故だ? 理由しだいだ。それと、僕らは兄と言っているだろう」
「あなた方がいれば、おばちゃんが緊張して、まともに話せません。私は、ウィン・ファリエルです。ウィルフィリア様ではありません」
「しかしっ……」
「ジーニアス様、あなた方は、一体何を懸念なさっているのです?」
ホント、何を考えて出て行ってくれないわけですか。はっきりいうなら、邪魔なんですよ。
「……ウィルフィリア、君の、安全だ」
「おばちゃんが私を傷つけるとでも? それに、何かあれば魔術で対応できます」
私がそこまで言って、ようやくジーニアス様方は、渋々ながらではあったが、部屋を出て行ってくれた。
「久しぶり、おばちゃん。いきなり口調改めたりしないでね。私は、ウィンだからね。ウィルフィリア様じゃないから」
「いいや、ウィンちゃんはウィルフィリア様だ」
「……なんで、そう思うの?」
私が問いかけると、おばちゃんは一枚の紙を取り出した。
「これは、ウィンちゃんのお母さんが亡くなった後、うちに届いたんだ。ウィンちゃんが落ち着いたら渡して欲しい、って書いてあってね。その手紙に、ウィンちゃんへの手紙に書いたことも、殆ど書いてあるって、書いてあった。見てごらん?」
「お母さん、から?」
何だろう。そう思いながら、慎重にその手紙を開いた。
*****
ウィンへ。
あなたがこの手紙を見ている頃、あなたは私の死からは立ち直っているでしょうか。
突然死を選んで、あなたには本当に悲しい思いをさせたと思います。ですが、あのまま私がいては、あなたに執着してしまった。あなたを、本当の両親の元へ戻ることが出来なかった。
ウィン、あなたは、アルガディア大公爵家の長女、ウィルフィリア様です。
お父さんが偶然、アルガディア大公爵家のご子息等のご尊顔を拝する際に、ご子息等のお顔が、あなたにそっくりなことに気づき、お父さんはこっそりと、ウィルフィリア様の年、誘拐された時期等、調べていました。
結果、あなたはウィルフィリア様であるということは、殆ど確実でした。
本当は、このことが分かってすぐ、これをあなたに話し、あなたを本当の両親の元へ戻すつもりでした。ですが、私たちは執着してしまったのです。ウィン、あなたとずっと一緒にいたかった。
そうこうしている間に、戦争はひどくなり、お父さんは戦地へと行ってしまいましたね。お父さんのいない家は、どうしても寂しかった。あなたにいて欲しかった。だから私、お父さんと相談して、戦争が終わって、お父さんが帰ってくるまではあなたと一緒に過ごし、お父さんが帰ってきたら、今度こそあなたを本当の両親の元へ戻すことを決意しました。
ですが、お父さんは戦地で果ててしまった。
お父さんのいない家は、寂しい。だけど、あなたを本当の両親の元へ戻したい。
私がいれば、私があなたに執着して、あなたを戻せなくなってしまう。
それは、避けなくてはならなかった。そのためには、私がいてはならなかったのです。
突然自殺した私を見て、あなたは悲しんだでしょう、泣いたでしょう。
ですが、あなたはこれで本当の両親の元へ戻れる。本当の両親の元で、幸せになれる。
ウィン、アルガディア大公爵家に行きなさい。きっと、あなたの顔を見れば大公爵様方も分かってくださるでしょう。
仮に分かってもらえなくても、今は、髪の毛や血液から、自分との血の繋がりを調べる方法があります。
そうして調べてもらえば、きっと、あなたがアルガディア大公爵家長女、ウィルフィリア様だということが分かると思います。
ウィン、幸せになってください。
カルロ・ファリエル。
*****
「おかあさん……知って……」
「らしいね。私への手紙にも、ウィンちゃんはウィルフィリア様なんだって、書いてたよ」
お母さん、私もずっと、お母さんたちと一緒に暮らしていたかった。お母さんたちがよかった。
生きていて欲しかった、執着していて欲しかった。今さら大公爵家の人間なんだって言われても、何の実感もわかない。
だけど、私が大公爵家にいることで、一番喜んでいるのはお父さんとお母さんなのだろう。私を、やっと本当の家族の元へ返せた、と。
ならば、私はウィルフィリア様にならなくてはならない。お母さんたちにここまでさせたのだから、私は、もうファリエルを名乗ってはいけないんだ。
「ウィンちゃん、おばちゃんはもう帰るよ。………もう二度と、こうやって軽く話せることは、ないだろうね。幸せになりなさい、ウィルフィリア様」
そしてこの日、私はファリエルの名前を捨てた―――