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短編小説

涙を流すロボット

作者: うわの空

「豊田さん、さっき亡くなったんだって」

 その言葉を聞いた瞬間、私の眼から透明なものが零れおちた。……まったくもって、便利な機能だと思う。


 私は病院で働くアンドロイド、すなわち人型のロボットだ。見た目は、普通の人間となんら変わらない。知らない人が見たら、ただの女性スタッフに見えるだろう。

 けれど私はロボットで、感情というものがない。

 なのに、感情を表す機能が付いているのだ。


 他の人間が笑っていれば、自分は楽しくなくても笑う。

 人間が悲しむ場面だと判断した場合、目から水が流れる機能が付いている。



 実際は、人間が死んだところで私は悲しいとも何とも思わない。だって、人間が死ぬのは当たり前のことじゃないか。なのになんで悲しむ必要があるのか、私には理解できない。



 そんな私の考えとは裏腹に、眼からはポタポタと冷たい水が零れおちる。なんの感情も含んでいない涙。目に水鉄砲が付いてるだけだと言ってもいいくらい、お粗末な機能でもあると思う。


 私が初めて泣いた時の、科学者たちの満足そうな顔を思い出す。結局はこんな機能、人間のために作られた自己満足機能なのだ。

 私は適当なところで水を流すのを止めると、勤務を再開した。




「さゆり姉ちゃん」

 さゆり、というのは私の名前だ。私と同じ型の「さゆり」というロボットが、全国に何台あるのかは知らない。しかし、この病院にいるさゆりというロボットは私だけだ。私は、声の方向に顔を向けるという動作をした。そこにいたのは、オレンジ色のパジャマ姿の

「たける君、どうしたの?」

 たける君。9歳。心臓に難しい病気を抱えていて、治る見込みはない。余命は、1年。インプットされた情報が、私の頭の中に流れる。

 たける君は歯を見せて、にかっと笑った。乳歯の抜けている部分が黒いせいか、少し間抜けに見える笑顔だ。

「さゆり姉ちゃん、これあげる」

 たける君が私に向かって差し出したのは、オレンジ色の飴玉だった。多分、昨日のレクリエーションの時に配られたものだ。

 たける君は飴が嫌いだというわけではない。むしろ、オレンジ味は一番好きな味だったはずだ。私の頭には、そのように記憶されているのだが。

「気持ちだけで十分だよ、ありがとう」

 私はこれまたインプットされていた言葉を、スピーカーから吐き出した。「気持ち」なんて言葉を使ったけれど、実際は、自分の好物の飴をくれようとしている子供の気持ちはよく分からない。……好かれているとか、懐かれているとか、そういうことなのだろうか。

「ロボットは、飴食べない?」

「そうだね、ごめんね」

 反応に困った時のマニュアルから、妥当だと思われる言葉を引っ張りだした。しかし、たける君の顔は曇ったままだ。私はどうすればいいか分からず、とりあえずいろんなマニュアルを頭の中で繰りながら、目の前の少年の様子を見守った。

 たける君はしばらく、自分の手の中にある飴と私の顔を交互に見た。それから、

「さゆり姉ちゃん、楽しい?」

 不安そうな顔で、そう訊いてきた。

「え?」

「さゆり姉ちゃんはよく笑うけど、楽しい?」

「……楽しいよ」

 本当は、楽しくないけど笑っているだけ。人間が知っている事実ではあるが、それを私の口から言うのは禁止事項に含まれていた。楽しいかと訊かれれば、楽しいと答えなければならない。

 私はマニュアル通りの答えを、マニュアル通りににこやかに答えた。しかし、たける君の顔は晴れない。しばらくするとたける君は、オレンジ色の飴を握り締めたまま、どこかへ行ってしまった。




 私は病院で働いているが、医療行為のできるロボットではない。私の役目は「患者と話をすること、遊ぶこと」だ。コミュニケーション能力が必要な仕事。だからこそ笑うとか泣くとか、感情を持っているように見せかける機能が搭載されているのだろう。


 私は小児科病棟に行くと、レクリエーションをしている子供たちと一緒に遊んだ。これも役割の一環だ。折り紙を折ったところで私自身は何も楽しくないわけだが、口角は上がった状態を保ち続けている。折り紙の作り方は色々インプットされているので、簡単なものから難しいものまで次々と作り上げ、子供たちを喜ばせた。

 たける君も、みんなと同じように笑っていた。彼は私の作った作品の中から、簡単に作れるかぶとを手に取ると、

「これ、ちょーだい!」

 と言った。他の子たちは、作り方の難しい折り紙を欲しがる。なのに彼が選んだのは、彼でも作れそうな兜の折り紙だった。

「いいよ」

 私がそう言うと、たける君は茶色の紙で折られた兜を頭にすっぽり被って、「変身! やあっ!」と叫んだ。それから、ちらりとこちらの方を見た。

――ここはほほ笑むべきか。一瞬の判断で、私はほほ笑む動作をする。しかしたける君は、がっくりと肩を落とした。

「面白くなかった?」

「面白かったよ。たける君、かっこいい」

 私が褒めると、たける君は笑った。しかし、眉毛がハの字になっている。無理して笑っているということ? 褒められても嬉しくなかったということか。だとすれば、なにを言えば良かったのだろう。

 たける君はその兜を、宝物のように両手で持って、自分の部屋へと帰っていった。




 たける君は何故か、私によく懐いた。私の後をずっとついてきたり、服の袖を引っ張ったり、手を握ってきたりするようになった。

「さゆり姉ちゃんの手、冷たい」

「冷え症なの」

 私は見た目こそ本物の人間と大差ないが、体温というものはなかった。私の中のICチップが、熱に弱いからだ。というのと、「見た目さえ人間ならそれでいい」という科学者の判断によって、体温という概念は私を作るときに切り捨てられていた。

 だから言いわけとして、「冷え症」だと言う。これをインプットされていた。

「手が冷たい人は、心があったかいって聞いたことあるよ」

 そう言って、たける君は笑った。

 私には感情がないということを、9歳のこの子は理解していないのだろうか。




 ある日、たける君がわんわんと泣いている声を聞いて、私はたける君の病室に駆けつけた。泣いているたける君の足元には、私がいつか作ってあげた兜の折り紙。それがぐちゃぐちゃに丸まった状態で転がっていた。

「どうしたの、たける君」

「かぶと、たいしょーに壊されちゃったの」

 たいしょーとは、小児科病棟にいる子供の一人だ。ちょっと乱暴で、人に危害を加える行為が目立っていると、報告は受けていた。

 ぐちゃぐちゃになった兜を見て、たける君は泣き続けている。



――私にはわからない。兜なんて、また作ればいいだけの話じゃないか。しかも兜なら、たける君だって折れるはずだ。なのにどうして、この子はこんなに泣いているんだろう。



 悲しい場面、と判断した私の頭の所為で、眼から勝手に水が流れ始めた。それを見たたける君は大きな眼をさらに大きくしてこちらを見、それからぴたりと泣きやんだ。

「さゆり姉ちゃん。ごめん。泣かないで」

 彼は濡れた頬のまま、おろおろと私の方を見ている。私の涙は勝手に流れるが、簡単に止められる。泣かないでと言われたので、私はさっさと涙を止めた。

「たける君。折り紙持ってきてあげる。それで兜を作りなよ」

 私が言うと、彼は何が悲しいのか目を伏せた。何か言いにくそうにモゴモゴと口を動かしている。なんだろう。人間がこういう動きをするときって、なにが言いたいんだろう。

「……もしかして、兜の作り方、知らない?」

 思い当たったことを聞いてみたが、たける君は首を振った。余計に分からない。彼は一体、なにを言いたいんだろう。

「さ、」

 彼は言いにくそうに、小さな口でモゴモゴと言った。

「さゆり姉ちゃんに、作ってほしい」

「うん。分かった」

 そういうことか。私の方が綺麗に兜を折れるから、作ってほしかったのか。だったら初めから、そう言えばよかったのに。


 私はたける君に、二つ目の兜を作った。彼の望んだ、オレンジ色の折り紙で。


 彼はそれを嬉しそうに被り、わざと白目を剥いて変な顔をして見せた。けらけらと笑う場面だと判断した私は、「たける君、面白い」と言いながらけらけら笑った。

 たける君は私の方を見ると、歯茎が見えるくらいに口を開けて笑った。

「僕ね、さゆり姉ちゃんのことが好きだよ。だからね、いつも笑っててほしいの」

 

 たける君の前では、私は笑っていることの方が多いはずだ。

 なのになんでこの子は、そんなことを言うんだろう。




 半年後、たける君の容体が急激に悪化した。たける君のご両親に連絡したものの、ご両親が到着するまでたける君がつかどうかは分からない。

 看護師に命令された私は、たける君の側にいた。

 たける君も死んじゃうのか。色んな機械に繋がれているたける君を見ながら、棒読みの感情でそう思った。その時、たける君がうっすらと目を開けた。

「……さ、ゆり姉ちゃん……」

 人工呼吸器のせいで、声がくぐもっていて聞き取りづらい。しかし、呼吸器を外すわけにもいかない。

「ん? なに?」

「かぶと、……取って」

 私は、枕元にあったオレンジ色の兜を手に取った。たける君の手の上に置けばいいのかと考えてから、

 たける君がいつも兜を被っていたことを思い出し、彼の頭に被せてみた。


 頭に兜を被ったたける君は、いつものように笑った。少し間抜けに見える、笑顔で。少し苦しそうな、顔で。

「さゆり姉ちゃん、……笑って」

 彼はそのままゆっくりと、眼を閉じた。



 心肺停止を知らせる音が、病室に鳴り響く。



 笑ってと言われた私は笑おうとして、けれども彼が死んだという状況を理解して、眼から水を流した。笑い、ながら。


 ……なに、これ。


 すさまじいスピードで次々と、色んな事を思い出した。


 

 いつも後ろをくっついてきた彼。兜を被って、得意げに笑った彼。その兜を壊されて、わんわん泣いていた彼。手が冷たい人は心が温かいんだって、と言って笑った彼。私に笑ってほしいと言った彼。最期まで、そう言った彼。


――ああ、なんで



 なんで私はあの時、飴を受け取ってあげなかったんだろう。



 私の眼から流れる水は、だんだん熱をもって、温かい涙へと変わっていった。どうして? そんな機能、ついていないはずのなに。


 身体にこもる熱と、温かな涙。それはまるで、人間のような。


 彼が、たける君が、くれた、もの?



 私は自分の意志では止められなくなった温かな涙を流し続け、そして倒れた。





 笑う場面と泣く場面が同時にやってきたことで回線が混乱し、ショートしたことによる熱。それが水を、温かな涙に変えただけ。ただの故障。科学者はきっと、そう言うだろう。



 けれど、きっと、私が温かい涙を流した本当の理由は、それだけでは、なくて。




 徐々に動かなくなる回路あたまの中で、私は彼の最期の笑顔を、思い出していた。




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― 新着の感想 ―
[一言] うわの空さんの話大好きです! 温かい感じがするので・・・。 最後の方本当に泣きそうになりましたw これからも応援してます!
[一言] こういう 『ロボットが心を持つ』 という作品は、どうしても説得力に欠ける場合が多いんですが、 この作品はすんなり納得できる形でした。 地味に毎作読んでますw 頑張ってください! 応援してます…
[一言] よい作品だとおもいました。
2011/07/21 22:19 退会済み
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