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七章

翌日。きっかり午後五時に仕事を済ませた俺は、デートの準備をするべく早々に退社を申し出た。帰りしな、背後から所長の恨みつらみが怒涛のごとく追撃を仕掛けて来たが、俺はそれらの弾道をことごとくすり抜け、脱兎のごとく事務所を後にした。

一旦家に戻って私服に着替え、それから一目散に中心街へと向かう。

待ち合わせ場所であるターミナル駅前の広場は、土曜日の夕刻という事もあり、すでにデートを楽しむ多くの恋人達で賑わっていた。

真澄さんは、ピラミッドを模した小さな噴水の前で、バレリーナのように美しい立ち姿のまま、じっと俺を待っていた。ピンクを基調とした可愛らしいデザインのワンピースは、これまで、落ち着いたダーク系の服を着る事が多かった真澄さんにしては、珍しく、そして新鮮だった。

「真澄、さん?」

俺の声に、栗色の髪をふわりとなびかせながら、真澄さんは振り返った。

――綺麗だ……。

その日の真澄さんは、いつになく、いや、今までの真澄さんの中で一番の輝きを放っていた。メイクも、服装も、居住まいも、そして、その表情も。

「早かったですね」

木漏れ日のような笑顔に、俺の胸は即刻鷲掴みにされた。

「き、綺麗ですね、その、今日は一段と……」

「よかった。今日は安藤さんのために、服とメイクを一新したの。そう言って頂けると、とても嬉しいです」

「えっ! お、俺のために……? わざわざ……」

「ええ」

真澄さんは、さらにとびきりの笑顔を俺に向けた。

「あ、そういえば安藤さん、イタリアンはお好きですか?」

「え、は、はい。大好きです」

「良かった。この近くに、お勧めのイタリアンのお店があるんです。落ち着いた雰囲気で、料理もとても美味しいんですよ いかがです?」

「ま、真澄さんがお薦めするお店なら、どこでも喜んで!」

「まぁ。フフフ」

とりあえず広場を抜け、真澄さんが勧めるレストランへと向かう。道すがら、

「手、繋ぎません?」

と言うなり、真澄さんは、ポケットに頑なに突っ込まれた俺の手を、そっと引き抜き、その白く細い指をするりと絡めてきた。

「ふふ、やっぱり今日もぴりっときた」

真澄さんのしなやかな指と、俺の骨ばった貧相な指が、ストライプのように交互に交わる。夢だ。やっぱり夢に違いないんだ、これは。

「その、いいんですか? こんな……」

「え?」

紅茶色の瞳が軽く見開く。

「俺、その、馬鹿なんで、こんな事されると、その、勘違いしちゃうっていうか」

「勘違い?」

柔和な顔立ちがわずかに傾いだ。不可解だ、とでも言いたげに。

「どうして?」

「え、ええと、それはその、」

「しちゃえばいいんです。勘違い」

「え? それって……」

「さぁ」

子供のように無邪気な笑みで、真澄さんは答えを濁した。



イタリア料理店“ぼなぺてぃーと”は、真澄さんのお勧めどおり、落ち着いた大人の雰囲気と軽やかな喧騒を漂わせていた。控えめな照明の店内は、週末の開放的な気分を楽しむ男女や、コンパと思しき若いグループ、歓談と酒を愉しむ外国人でひしめき合っている。各テーブルには、ゆるやかな光を放つ小さなろうそくが配されており、時々ふわりと揺れる輝きが、空間を幻想的に仕立てていた。

窓際のテーブル席に、俺達二人は向き合って腰掛けた。テーブルに置かれたろうそくの光が、俺と真澄さんを柔らかく包む。

俺は、外の往来に顔を向けつつ、視界の隅で、じっと彼女の表情を見つめていた。こうして彼女を眺めて初めて、ようやく俺は気が付いた。彼女の表情には影がある。俺と向き合っている時の彼女は、確かに明るく振舞っているが、ひとたび目線を外すと、その顔には色濃い影が差すのだ。先程の華やかなテンションも、きっと彼女なりのいつもの気遣いだったのだろう。そうとも知らず、浮かれていた自分が何とも恥ずかしい。

嫌な職業柄だ。視界の辺縁に入ってしまうと、見たくないものでもつい観てしまう。

「先週は、本当にありがとうございました」

赤ワインのグラスを置きながら、ふと、真澄さんは呟いた。

「え」

俺が顔を向けると同時に、真澄さんの顔から影が消えた。いや、彼女が隠したのだ。

ろうそくの灯りを浴びた紅茶色の瞳が揺れる。

「本当に、あなたが来てくれなかったらって思うと……。あの時、たまらなく寂しかったの。まるで世界中に、たったひとりにさせられたような」

「ひ、一人だなんてそんな、俺はいつでも」

「そう。あなたがいてくれたから」

ビールジョッキを握った俺の手に、真澄さんの白い指が添えられる。

「本当に、嬉しかった……」

潤む瞳で見つめられ、俺は、それ以上かけるべき言葉を失ってしまった。


食事を終えた俺と真澄さんは、生ぬるい夜風に吹かれながら夜の街をそぞろ歩いた。

街は、平日とは違う週末独特の華やかな活気と喧騒で満たされていた。笑顔を向き合わせながら連れ立って歩く恋人達、コンパかサークルか、ひしめきながらそぞろ歩く男女のグループ、そして結婚式の二次会だろうか、連れ立って歩く正装の男女達……。街には、幸せが溢れていた。

ふと、俺は空に目を向けた。いつしか夜空には雲が立ち込めており、風に漂う仄かな埃の匂いが、この街に、雨が近づきつつある事を伝えていた。

「雨、降りそうですね」

横を歩く真澄さんが、俺を見上げながら言った。顔は笑っている。だが、その声はどこか寂しげだ。

「どこか別のお店で、飲み直しましょ」

先程のワインが効いているのか、その頬はほんのり紅い。

結局、先程の店では、真澄さんが今の気持ちを正直に語る事はついぞなかった。にも関わらず、何かを取り繕ったような違和感とちぐはぐさは時間を追うごとに色濃くなっていった。呼応するかのように、彼女の気持ちを知りたいという俺の欲求も、いやましに強くなる。彼氏の事をどう思っているのか。そして、俺の事は。

ただの埋め合わせに過ぎないのであれば、いっそ正直に伝えて欲しい。

「真澄さん」

俺は往来の真ん中に足を止めた。不思議そうな顔で振り返る真澄さんに、腹を据えて切り出す。

「あの、良ければ教えて下さい」

「何でしょう?」

「あの、ま、真澄さんは、今でもその人の事が好きなんですか?」

「え……」

声と共に、真澄さんの顔に影が落ちた。今度ばかりは、隠す気もないようだ

華やかな往来の中で、俺達二人の時間だけが硬質な音を立てて停止する。

「どうして、そんな事を?」

「今日の真澄さんは、やっぱり無理をしています。その、正直、見ていて辛いです」

「……そう」

俺の目から逃げるように、紅茶色の瞳が街の往来へと流れた。

膠着する二人の間。けれども、俺はそれを敢えて受け止めた。このまま彼女に偽りの笑顔を向けられるより、醜くてもいい、彼女自身の本当の感情を晒して欲しかった。

ややあって、彼女はようやく口を開いた。

「ふふ。探偵さん相手じゃ、誤魔化しても無駄だったみたいですね」

「やっぱり、そうなんですか」

「ええ……今でも私は、あの人が好き」

やはりそうか。過ちを犯さずに済んだ安堵と、彼女の心を得られなかった失望が、水深十万メートルの圧力で押し寄せる。先程までの浮かれ気分が一気にネガポジ反転を起こし、目の前の景色が突如黒く飛ぶ。

「そうですか」

ようやく言葉を搾り出す。が、すでにブラックアウトした俺の網膜には、もはや何も映ってはいなかった。

「でも」

「?」

突如、真澄さんは思いもよらない事を口にした。

「それは一方的で無責任な気持ち。テレビの向こうのアイドルに心躍らせる事と同じなの。そんなもの、本当の愛じゃない。ただの幼い恋心」

「え……」

「心を通わせて、紡ぎあって……あの人は私にとって、そういう人じゃなかった。でも、きっと私は、そういう人をずっと求めていたのね」

真澄さんの視線が再び俺に向けられた。そこには、先程までの影はすでに消えていた。

――それって。

その時だった。

「やっぱりお前か!」

「この間は、随分暴れてくれたなぁ! えぇ? スタンガン野郎!」

背後から声がし、振り返ると、そこには見覚えのある四、五人の男が立っていた。



男達は、歩道の真ん中で往来を遮るようにして立ち尽くしていた。その真ん中には、例の、パチンコ頭の姿もあった。確か、名前はジンとか言ったか。

「散々俺らの仲間ツブシといて、自分は暢気に彼女とデートですかぁ」

「あいつらに聞かせたらすっ飛んで来るぜぇ」

「おめーを殺しになぁ」

下卑た笑い声と共に、男達はじわじわと俺達に詰め寄ってきた。俺は真澄さんを背後に匿い、連中と対峙した。

「あ、安藤さん、この人達……お知り合い?」

「いえ、知りません、こんな連中」

俺の言葉に、すかさず男達が反応する。

「知らねぇって何だよ、散々俺らを感電させといてよぉ」

「まさか忘れたわけじゃねーだろうな、こないだのクラブでの事!」

「ありゃ漏電じゃねぇ! 本当は全部おめーの仕業だろうが!」

背後の真澄さんが、ふと、何かを問いたげに俺の上着を引いた。

「あ、あの人達が話してる事って、ひょっとして先日の漏電事件の事ですか……?」

「さぁ、何の事だかさっぱりです」

「とぼけてんじゃねーよ!」

ついに、俺のシラに憤懣やるかたなくなった一人の男が、俺に殴りかかってきた。純粋な腕力では敵うはずもなく、横面に拳を喰らった俺は、いともあっけなく地べたと叩きつけられてしまった。

「おい、謝れよ」

据えた目の群生が、歩道にうずくまる俺を悠然と見下ろした。その位置関係は、悲しい事にそのまま俺と連中のパワーバランスを示していた。

「なぁ、謝れよ。誠意込めてさぁ」

「土下座しろ、土下座ぁ」

俺は、傍で立ち尽くす真澄さんを見上げた。彼女は、強張った表情を顔に貼り付けたまま、ひたすら俺と連中を見比べていた。

「あの、これって何かの勘違いでは」

おずおずと口にした真澄さんに、連中の一人がすかさず喰らい付いた。

「あぁ? 寝ぼけてんじゃねーよ、つーかお前、彼女のくせに何も知らねーのか?」

「だったら今から、彼氏の本当の姿ってやつを見せてやるよ!」

と、言い終えないうちに、男は汚い腕で真澄さんの肩を抱き寄せると、その白い首筋やうなじに、豚のような鼻を押し付け始めた。

恐怖と嫌悪に固まる真澄さんの顔を、もはや見るに堪えられなくなった俺は、すぐさま膝をつき、手をついて、連中に対して深々と頭を下げた。

「わかった、謝る、謝るからその人を放してくれ! その人は本当に、あの事件とは何の関係もないんだ」

「誰の、どんな仕業について謝るんだっけぇ? そこんとこ、もっとはっきり言ってほしいなぁ」

「さっさと言えよコルァ!」

いやらしい追求に俺は思わず歯軋りした。どうやら連中は、俺の放電行為について真澄さんの前で白状させなきゃ気が済まないらしい。

「すみません……とにかく、その人を離して下さい。お願いします」

俺はさらに額を地べたにこすりつけた。体質について言わずに済むなら、こんな頭、いくらでも地に埋めてやる。だが。

「人の話聞いてんのかよ!」

「ナメてんじゃねぇぞぉ! 俺ぁなぁ、テメーのせいで感電死しかけたんだぞ!」

「言え! 言わねーと、この場で女もろともボコボコにしてやんぞ!」

連中は、なおも俺に、体質についての暴露を望んだ。このままでは埒が明かない。連中は、何が何でも俺に白状させるつもりなんだ。

仕方、ない……。俺は、目に滲む何かをすんでのところで押し留めた。こんな連中のために流す涙など、一滴たりともあってはならないんだ。

「わかった……本当の事を話す……。一応先に言っておくが、今から俺が話す事は、はっきり言って冗談に聞こえてしまうと思う。だが、これは事実なんだ」

「グダグダ前置きはいらねーんだよ! さっさと話せよ、えぇ!?」

しばし呼吸を整え、意を決すると、俺は一気に吐き出した。

「俺は生まれつき、発電体質なんだ。身体の中で電気を生み出し、それを思いのままに放電できる。クラブの連中を感電させた時も、この体質を使ったんだ」

「はぁ?! 発電体質?!」

「きめぇー!!」

「嘘に決まってんだろ?」

「いや、ケイさんも水を自由に扱えたんだし、ありえなくなくね?」

「あー、ありうる! ハハハ、じゃあコッチは電気人間かぁ、マジうける!」

笑いながら、連中の一人が、うなだれる俺の頭を強引に掴み上げた。

同時に、驚きで見開いた瞳と視線がかち合う。

「さっきのお話、冗談です、よね……?」

それは独白のような問いかけだった。話の内容の馬鹿馬鹿しさに呆れているのか、それとも、本当と捉えた上で否定を望んでいるのか、その真意は掴みかねた。が、いずれにしても、彼女は驚き、混乱している様子だった。無理からぬ話だ。大の男が、緊迫した状況で、突如、自分は発電体質だと言い始めた日には、誰しもが男の狂気を疑わずにはいられないだろう。

そこへ突如、男の一人が皆に向けておぞましい提案を投げかけた。

「そうだ、この女に感電させて、さっきの話が本当か実験してみようぜ」

「な!!」

「もし嘘だったら、この女の顔、二度と見られねぇ程ボコボコにしてやる!」

真澄さんは、いやいやと首を振りつつ男達の提案を拒んだ。が、男達は、そんな彼女の意志を汲み取るそぶりすら見せなかった。男達に捕われた真澄さんの顔は、今や恐怖と絶望で完全に血の気を失っていた。潤んだ瞳から、やがて、つう、と涙が零れ始める。


力が欲しかった。連中を圧倒できる力を。

真澄さんを解放し、元の平穏な日常へと連れ戻す力を。

欲しい。力が。何でもいい、とにかく欲しいんだ。

――

――いや。

すでに持っているじゃないか。連中を軽く圧倒できる力を。

「次は――絶対にあなたを許しません」

一瞬、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。が、それは、今の俺にとってはもはや、遠い異国の言葉に過ぎなかった。


「実験? そんなもの今すぐやってやる」

俺は、後頭部を掴む無作法な腕を掴み返すと、早速、ありったけの電気をそこに叩き込んだ。百の言葉で説明するより、実物を見せた方がはるかに早いだろう。

男は、ぎゃああああ、とマンガのような声を上げると、あっさりと握力を失い、ころんと地面に転がった。豚のような体が、歩道の真ん中に無造作に投げ出される。

振り返ると、他の男達は彫像のように固まったまま、微動だにせず俺を眺めていた。

なんだ? 自分らでフタを開けといて、今更怖がってやがるのか?

「おい、どうしたよ? 知りたがっていたのはそっちだろ?」

男達は、醜い面を寄せ集めながら、何やらぼぞぼそと呟き始めた。

何の相談かはわからない。まぁ、ろくな話じゃないだろう。

ほどなく、二人の男が、張りのないときの声を上げながら、俺に向けてまっすぐに飛び込んできた。その手には、バタフライナイフが握られている。

「ははは、ほんっつ当に、お前らアホじゃないのか?」

俺は右手を軽く薙いだ。と同時に、俺の腕から伸びた青白い光が、ナイフの切っ先を捉え、持ち主の身体をくまなく奔り抜ける。

空気を切り裂く破裂音が、往来のしじまに響き渡る。

連中は、身体から白い湯気を立てつつ、その手からナイフを取り落とした。ほどなく、まるで切り倒された木材のように、連中の身体はゆっくりと横様に倒れ込んだ。

「どうだ、ご理解頂けたか?」

残された二人の男は、無言のまま顔を突き合わすと、どちらともなく真澄さんを投げ捨てると、脇目も振らずに往来へと消えていった。

制圧は至ってシンプルに終了した。

「何だよお前ら、こんな程度で俺にケンカ売ってきたのかよぉ、ええ!?」

足元の肉塊を蹴り付ける。締りのない肉体は、空気の抜けかけたビーチボールのように緩慢な弾みを返した。

「ははっ、バカだろお前ら。敵いもしないくせに、性懲りもなくさぁ」

なんだ、簡単じゃないか。さっきまでの俺はどうかしていた。

何故、こんな連中のために、俺はわざわざ地面に額をこすりつけていたんだ? こんな無力な奴らのために……。

ふと目を移す。震えを止めない紅茶色の眼差しと相対する。どうして、未だに怯えているんだ? 連中の危険は消え去ったというのに。

「どうしました? 真澄さ、」

「来ないでください!」

彼女の鋭い叫びに、俺は、踏み出しかけた足を留めた。

「こ、来ないで……。私に近づかないで」

真澄さんは、なおも震える瞳で俺を見つめたまま後退った。

「ご、ごめんなさい――でも、怖いんです」

「怖い? 何が……」

「安藤さんの事が」

言うなり、真澄さんは身を翻すと、振り返る事もなく、一目散に往来の向こうへと走り去っていった。

――怖い? 俺の事が……?

彼女の言葉を脳裏で何度も反芻し、そして、ようやくその意味を理解した時、俺は絶望に眩暈を覚え、そして膝を崩した。

なんて事だ。最も恐れていた事が、現実になってしまった。

俺は、彼女を失ってしまったのだ。



「やはり君は、社会にとって危険な存在だったようだな」

さざめく背後の往来から、聞き覚えのある涼やかな声が響いた。今夜はやけに会いたくない奴とばかり会っちまうもんだな。

「加賀美さん、でしたっけ」

俺は振り返りもせず、言葉を返した。

「知っているのか? 私の名前を」

男の声がかすかに上擦る。どうやら驚いているらしい。

「あれだけ大量に盗聴器を仕掛けておいて、よく言いますよ。 俺、一応これでも探偵事務所に勤めてるんですけど」

「なるほど、見破るプロに対して、こちらの手際が杜撰だったという訳か」

「そういう事です。で、今日は何の用ですか?」

「ここしばらくの間、君の様子を観察させてもらった。普段は安定しているように見えるが、ひとたび不安定になると、その危険度は並の異能者の比ではない。やはり君は、一般社会に野放しにしておくにはあまりに危険だ」

「そうですね。おっしゃる通りです……」

そうだ。だから俺は、彼女に嫌われてしまったんだ。

危険だから。ともすれば人を殺せるおぞましい力を持っているから。

「どうして、もっと早くに、俺を捕らえに来なかったんですか?」

立ち上がり、振り返る。そこには、いつぞやと同じスーツ姿の男が立っていた。

「慎重に観察を行っていたのだ。君が本当に、」

「んな事はどうだっていいんですよ」

加賀美の言い分に興味はない。

「どうして、もっと早くに捕えてくれなかったんですか。……捕えてくれていたら、こんな形で彼女に嫌われる事はなかったのに。好きだったのに……。本当に、好きだったのに……」

「何を言っているんだ、君は」

「やかましい!」

俺は、掌に気を凝らせ、鋭く横一文字に薙いだ。

掌から鞭のように伸びた青白い筋が、轟と共に周囲のネオンを次々と粉砕し、街から煌きを奪ってゆく。逃げ惑う連中の悲鳴、怒号、阿鼻叫喚が通りを埋め尽くす。

世界が、闇に包まれてゆく。

「やめたまえ、安藤君。このままでは君もレベル四に堕ちてしまう」

レベル四? 俺が?

「知るか! もう、まともでいても仕方がないんだよ!」

俺は何度も何度も空を薙いだ。次々と蒼い雷光が閃き、通りには花火のような轟音が響き渡る。ショートした照明機器から噴出した炎が、周囲の可燃物に引火し、火の手をさらに広めてゆく。

灰色の煙が往来に充ち、周囲の混乱をさらに色濃く演出する。

――はは、ざまぁみろ……。

今や、通りを満たしていた幸せな時間はことごとく破壊され、蹂躙されていた。

そう。他でもない俺の手で。

俺が壊した。俺が壊したんだ。

「はは……。はははははは……ざまぁみろ。ざまぁみろざまぁみろぉ!!」

さらに腕を払い、雷光を放つ。一薙ぎの度に、何かが壊れ、何かが弾けた。

「ふざけるなよ……なんで、なんで何の力もない連中が、俺より幸せそうな顔して笑ってやがるんだよぉ!!」

光を失った街に向け、俺は吼えた。

と、その時。

痛みとも暑さともつかない感覚が突如肩口に差し込み、と同時に、目を射すような橙色の光が、耳元で激しく瞬いた。

これは――炎!

「あつっ!」

すかさず俺は上着を脱ぎ捨てた。シャツは、鼻を刺す臭いを放ちつつ、ほどなくして黒く小さく縮れていった。

肩口がひどく疼く。見ると、俺の肩は見たこともない赤紫に変じていた。

じゃり。

足音がし、振り見ると、灰色の霞の向こうから、今まさに加賀美がその右手に炎の塊を手繰りながら、こちらへ向けて悠然と歩み来るところだった。炎は、加賀美の掌を包むようにゆらめき、その指と戯れる事を愉しむかのように、激しくその身をくねらせていた。

一方の加賀美は、熱さに顔を歪めるどころか眉根一つ動かす事なく、相変わらず涼しげな顔で、俺をじっと見据えていた。

「なんだ。あんたも、化け物か」

俺は焼けた肩の疼きを込めて吐き捨てた。

加賀美は、すう、と目を細めた。鷹のような視線がさらに鋭角を増す。

「真の異能者と、化け物とは違う」

「はぁ?」

高慢な口はさらに続けた。

「真の異能者は強力な自己をもって力を律する事ができる。弱い者ほど、安易に力に頼り、そして溺れる。私は、そのようにして力に堕ちた者達を狩る事を任務としている」

「それ、俺の事を言ってるのか?」

「そうだ。安藤君、君の心は弱い」

「俺が、弱い?」

「このままでは、君はカミに堕ちてしまう。その前に、然るべき対処をさせてもらう」

加賀美は、役所の窓口係員のような口調で終始淡々と言葉を流し続けた。

俺が弱い? ――どういう事だ?

「ふざけるな! 俺のどこが弱いんだ!? えぇ?」

体中の細胞が泡立ち、俺の身体から、これまで感じた事のない程の膨大な電力が生じ始めた。蓄電限界を超えて溢れ出した電気が、身体のそこかしこで勝手に火花を散らす。まるで枯れる事のない泉のように、その湧出は止まる事を知らなかった。

――なんという快感。

街を仰ぎ見る。もうもうたる煙の向こうには、未だおびただしい光が街に煌いていた。

電気仕掛けの楼閣。いつぞやの影の台詞を思い出す。俺には全てを壊す力がある。そうだ、アレを全て壊したら、どんなに気持ちがいいだろう……。

壊したい。壊したい壊したい壊したい!!

「らあぁ!」

雨雲に向け、雷光を放つ。

そして一瞬後。

雷鳴と共に、おびただしい数の雷が一気に街を穿った。一挙に光を失う街。

気持ちいい……最高だ! この感覚、もう止められない!

「これでも俺は弱いか? えぇ? 明確な回答をよこしてくれよ、公務員さんよぉ!」

――と、俺が言い終わらないうちに、目の前に巨大な炎の壁が立ち上った。

膨大な熱量に圧倒され、思わず身を引き、腕で顔を覆う。

や、焼かれる!!

「やはり、君は弱い」

炎の壁の向こうから、涼しげな声が響いた。

「は?」

「もう一度言う。君は、弱い」

何故。何故認めない? 

街を壊した。世界を闇に包んだ。それでも、俺を弱いだと?

「ふざけんなぁ!!」

俺の咆哮に、加賀美は何も答えなかった。

「バカにしてんじゃねぇよォ!!」

こうなれば、直接その身に知らしめてやる!

生身の肌、そう、その涼やかな顔に、思い切り叩き込んでやるんだ!!

俺は、拳にありったけの電圧を込めながら、声の方へと飛び出した。

肺が焼けぬよう息を止めつつ、炎の壁を突き抜ける。加賀美は、相変わらず颯爽とした居住まいで俺を見下ろしていた。俺の突進など意に介する様子もなく、ゆるゆると手元で炎を弄び続けている。

ナメやがって!

全神経を、全精力を、男に突き立てる。

絶対に、殺してやる!!

十数歩の距離を一気に詰め、俺は拳を振りかぶった。

かすりさえすればいい。その一瞬で、この高慢な男を確実に殺す。

そして、ついに俺は、奴の横面を捉える間合いまで踏み込んだ。

「死ねぇぇぇえ!」

――その時。

「もうやめてぇぇぇ!」

俺の眼前に、突如、小さな影が現れた。

邪魔だ!!

構わず拳を振り抜く。と同時に、俺の拳が肉を穿つ確かな感触を捕らえた。

「が……!」

え? どうして?

骨の軋む音と共に呻き声を上げたのは、拳を食らわせたはずの見知らぬ人影ではなく、加賀美本人だった。細身の長身はいともあっさりと吹っ飛び、それまでの威厳ある姿とは一変、無様な姿で地に叩き付けられた。

先程飛び出してきた人影は、なんだったんだ? 俺の見間違いだったのか?

いや、どうやら見間違いではなかったらしい。

よく見ると、加賀美はうつぶせのまま、懐に何かを抱いてうずくまっていた。ほどなくして、人影は自ら蠢き、加賀美の腕の中から這い出して来た。そして、その正体を見た時、俺は目を疑い、そして、凍りついた。

「か……桂木?」

 


どうして、桂木がこんな所に?

い、いや違う、問題はそこじゃあ、ない……

俺は、桂木を殴ろうとしたのか? 違う! 俺はあくまで加賀美を、あの高慢な男の横面を殴ろうとしただけなんだ。そうだ、俺は決して桂木の事など――。

うつぶせに突っ伏したままの加賀美を見下ろしながら、百の弁明を呟く。

これは事故だ。事故……。 いや、違う。

飛び出した影の正体に構わず、俺は影もろとも加賀美を吹き飛ばそうとした。が、その瞬間、俺の拳を避けたはずの加賀美が身を翻して影を庇い、その代わりに俺の拳を食らったのだ。

足元の加賀美は、桂木に揺さぶられながらも、指先一つ動かすことなく地面に横たわっていた。

「あの、すみません、大丈夫ですか? あの」

加賀美の名前を知らない桂木は、言葉の選択に戸惑いつつも、必死で加賀美の意識を呼び続けた。脈を確かめているのか、加賀美の首元に指を押し当て、続いて口元に耳を当てて息を確かめた。その一連の手際をぼんやりと眺めながら、俺はひたすら、恐ろしい仮定に意識を捕われていた。

もし仮に、俺の拳を、桂木が食らっていたら――。

そう。もし仮に、加賀美が桂木を庇わなければ、今、地を這っていたのは桂木だったのだ。俺は再び膝を崩し、へたり込んだ。

誰でもいい、知ってほしい。違うんだ。俺は違う。そんなつもりなんてなかった。

俺は桂木を殺したかった訳じゃない……! いや、殺そうとしたがそれが桂木だとは……でも結局は同じことだ。俺は確かに桂木をこの手で殺めようとした……

「桂木……信じてくれ……」

突如、俺の口から、自分でも思いがけない言葉が零れた。

振り返った桂木は、俺を鋭く睨みすえながら、ゆっくりと立ち上がった。が、その足はこちらへと踏み出される様子はなく、ただその場にじっと立ち竦んでいた。当然だろう。こんな化け物に、おいそれと近づく馬鹿はいないし、そうでなくとも桂木は馬鹿じゃない。だから、それが全くの見当違いな願いである事は百も承知だった。

人を傷つけておいて、まして、もう二度と人を傷つけない事を約束した相手に対して、信じてくれ、など――。

それでも俺は彼女に願った。全身全霊で願った。

俺を信じてくれ。受け止めてくれ。

「じゃないと俺は……堕ちてしまう」

ポツリ。

その時、足元に小さな染みが生まれた。染みはすぐさま数を増し、ほどなく地面を覆い尽くした。雨は瞬く間に勢いを強め、この季節独特の、生ぬるい大粒の雨が激しく地面を打ち始めた。雨はやがて道の脇に川を作り、最寄の排水溝へとなだれてゆく。

「その男に……近づいては……」

足元から声がした。ようやく意識を取り戻した加賀美が、地に這い蹲ったまま桂木を見上げて呻いたのだ。

「……その男はあぶない。きみを……殺そうとした」

桂木は、加賀美の言葉に構わず、じっと俺を見下ろしていた。

彼女の細い顎や、さらりと伸びたまっすぐな髪の先端から、とめどなく雫が滴り落ち、そして落ちた。

やがて彼女は、雨粒で濡れた薄い唇を開いた。

「私、言いましたよね。もう二度と、その力で人を傷付けないで下さい、って」

硬質な声が、雨音の中に鋭く響く。

「覚えていますか」

俺は、桂木の視線に耐えられず、俯いて一つ頷いた。

「次は、絶対に許しません、って、言いましたよね」

一つ頷く。

「なのに、信じてくれだなんて、随分と都合の良い話だとは思いませんか」

頷く。その通りだ。俺は、心に響いた桂木の声に耳を貸すことなく、力の暴走を許してしまった。もし、あの時、彼女の声に従い、安易な力の行使を止めていれば、こんな事にはならなかったはずなのだ。

真澄さんに嫌われる事も、街を破壊してしまう事も。

「すまなかった……。お前の言うとおりだ。俺が、弱かったばかりに」

雨はなおも激しく街を穿ち続けた。

俺は顔を上げる事もできず、目を落としたままじっと俯いていた。これ以上、桂木の眼差しに耐えられる自信がなかった。彼女が、一体どんな眼差しで俺を見下しているか、想像するだけで俺は酷く心が砕かれる思いがした。

斬首を待つ罪人のようにうなだれたまま、俺は、じっと桂木の次なる言葉を待った。

「この間、私、グレる人の気持ちが分からないって言いましたけど、あれ、嘘なんです」

「え?」

あまりにも予想外の言葉に、俺は思わず顔を上げた。

その表情は、思いがけず柔らかな色を帯びていた。

「本当は、一度だけグレた事があります。母親の駆け落ちを知った時でした。家中の、母親の持ち物を全部、窓から放り投げてやったんです。服も、靴も、写真も、化粧品も、母が育てていた金魚も全部」

突然の話題の変化に、俺は正直戸惑った。一体、桂木は何を言おうとしているのだろうか。まるで読めない話の流れを、俺は呆然と見守った。

「もちろん、すぐにマンションの管理人に見つかって、こっぴどく叱られてしまいましたけどね。でも、叱られるのをわかっていながら、そうせざるを得なかった。――寂しかったんです。とても」

黒い瞳が、いつになく揺れている。その様はまるで水面に映る月を思わせた。

「お前が……? 寂しかった?」

白い腕が、俺に向けられた。と同時に、その足がゆっくりと踏み出される。

「大人げないですよね、そんな理由で、部屋で暴れたり、街を壊したりするなんて。ほんと、大人げない」

「桂木……?」

「大人げないです。私も……あなたも」

桂木は、俺の首元にその腕を回した。平板だがほんのりと柔らかい胸元に抱きすくめられると、すぐ耳元で彼女の強い拍動が聞こえた。

暖かい……。

気が付くと、俺もまた桂木の胴に手を回し、その体が折れんばかりにきつく抱きしめていた。いや、抱きしめているというより、すがりついているという方が正しかった。その腕を外してしまえば、俺は未だ知らない深い場所へと堕ちてしまう。彼女の身体は、俺にとっては儚くも確かな蜘蛛の糸、最後の救いだった。

「桂木……」

「本当に、これが最後ですから」

僅かな肉と骨の向こうで脈打つ確かな彼女の存在が、堕ちかけた意識を次第に現世へと引き戻す。

「本当に……すまない……」



「ダメだよ探偵さん。戻っちゃつまんないだろ?」

やおら背後で聞き慣れた声がし、俺は咄嗟に桂木の腕を解いて振り返った。

通りの真ん中、雨に身を任せた人影。それは、一度見かけたら決して忘れようのない、極めて個性的な姿の男だった。

――ケイ。

「つまらない?」

俺は、雨粒に目をしばたかせながら答えた。

「そう。さっきのキミは本当に楽しそうだった。街を壊して、人を嬲って。本当に満ち足りた顔をしていたよ。なのにどうして、その気持ちをまた閉じ込めるの? 本当はずっと、壊して、壊して、壊し続けたかったはずだよ」

俺は何も答えられず口を閉ざした。その言葉を否定する資格を、俺は持ち合わせていなかったからだ。

「聞くな……」

すっかり濡れ鼠と化した加賀美が呻く。

「そいつの……聞き入れるな……聞けば、カミに墜ちる……」

その声に、ケイの鋭い声と視線が応じる。

「ボクは探偵さんと話をしているんだよ。キミは黙っていてくれない?」

やおら、加賀美が小さな悲鳴を上げた。

見ると、その四肢は足下を流れる雨水から延びる触手に完全にからめ取られていた。

加賀美は、顔を赤らめ、苦悶の表情を浮かべながら必死で首の縛めを引き剥がそうと努めていた。が、その指は虚しく水飛沫を掻き出すばかりで、用を成す気配は全く見られなかった。

ケイは、加賀美の苦痛にはまるで関心を示す事なく、さらに続けた。

「ねぇ、認めなよ。本当はもっと壊したいんでしょ? 探偵さん」

認めたくはないが、いちいちケイの言うとおりだ。

「……どうして、そんな事がわかる」

「前も言っただろ? 同じだからだよ。ボクとキミは、同じなの」

「同じ……俺と、お前が」

「そ」

 ケイは子供のような笑みを浮かべた。その時だった。

「勝手に、知ったような事を言わないでよ!」

突如、横の桂木が吼えた。

「どうしてそんな事がわかるの? あんたみたいな人殺しが、勝手に安藤さんの事を決め付けたりしないで!」

「じゃあ、キミにはわかるのかい? 彼の中に押し込められた心が。欲求が。――キミに受け止める事ができるのかい?」

「……それは」

「キミこそ、知ったような事を言わないで欲しいね」

その刹那。

突如、ケイの身体が大きく膨らみ、俺達の目の前で大爆発を起こした。

いや、正確には、膨大な水蒸気となって膨張し、空気を入れ過ぎた風船のように、粉微塵に弾け飛んでしまったのだ。水風船を壁に打ちつけたような鈍い破裂音が響き、一瞬前までケイが立っていたはずの場所には、大量の白い蒸気が濃霧のように漂った。

――死んだのか?

俺はすかさず加賀美の方へ目を遣った。こんな芸当ができる奴といったら、加賀美しか思い当たらない。

加賀美は、恐らくは熱で水管を焼き切ったのだろう、全身から白い蒸気を上げつつ上体を起し、先程までケイが立っていた場所を鋭く睨み据えていた。

すかさずその肩を支えるべく手を伸ばした桂木は、あっと叫んで手を引っ込めた。

「さ、触らない方が、いい。たった今、あの水紐を焼き飛ばしたばかりで、まだ、表面には熱が、残って……」

言い終わらないうちに、加賀美は再び上体を雨水に沈めた。と共に、接水面から、激しい蒸発音と共に発生した大量の蒸気がもうもうと立ち昇る。

「大丈夫ですか!? あの、大丈夫ですか!?」

桂木が様子を伺うも、加賀美は、もはや返事一つ返す事はなかった。

「まさか、死んで……」

先程と同じく桂木は口元に耳を寄せ、首で脈を取りながら加賀美の様子を確かめると、すかさず俺に振り返り、鋭く言い放った。

「安藤さん! 急いで119番に電話をお願いします!」

「え、でも、そいつは異能者で……」

普通の病院に運んでも、果たして大丈夫なのか? と、続けようとした俺の言葉を遮って、さらに桂木の檄が飛んだ。

「早く!」

「わ、わかった」

よく考えたら、俺だって普通の病院に通っている。多分、加賀美も大丈夫だろう。

電話を掛け終わり、桂木に目を戻すと、あろう事か、彼女は今まさに加賀美の口に自分の唇を重ねる間際だった。

「お、おおおまえ、なにやってんだ!」

慌てて割って入り、その血気を食い止めると、桂木は、鬼気迫る形相を上げて喚いた。

「人工呼吸に決まってるじゃないですか!」 

ああそうか、人工呼吸か――ってお前が? 加賀美に? 駄目だ! それは駄目!

「だったら俺に任せろ」

「え?」

「む、昔、教習所で習ったんだ。とりあえずここは俺に任せろ」

加賀美から桂木を引き剥がすなり、咄嗟に加賀美の口に俺の口を押し当てる。

唇に感じる柔らかな感触と、男の肌独特のワイルドなざらつき、そして、妙に馴染みのある、生えかけたヒゲのチクチクとした感触……。

「安藤さん! もっと強く吹いてください!」

頭上から、桂木の必死の檄が飛ぶ。

「ふぁ、ふぁい」

野朗の口に唇を押し当てながら俺は返す。

自分の責任とはいえ、なんという因果応報。そして、何という破壊的な絵面。

何が悲しゅーて、俺はこんな事を……。

「もう、安藤さん! 代わって下さい、次は私がやります!」

「ら、らめ!」

その後、ほどなくして加賀美は息を吹き返したが、俺の精神はその後もしばらくの間、生と死のボーダーライン上をギリギリアウト気味に徘徊し続けた。




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