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アンのテディ・ベア  作者: 伊那
CHAPTER1:The beginning of the tale
4/28

 夜が明けた頃、小さな雑貨店に着いた。ジョリーの目的地はここなのだろうかとアンは少し不思議になりながら。店は二十四時間開店しているわけではなかったが、住み込みで働いているのか扉を叩くと男の店員が一人出てきて迷惑そうな顔をした。彼は朝から店を開けなければならない事と、こんな場所に一人で女の子どもが居る事に厄介そうな背景が見えて顔をしかめていた。

「お前は、何か食え」

 そのためにここに来たらしいとアンも気づくが、彼女はおこづかいをもらってはいない。“お嬢様”なのにと思われるがただ現金を持っていないだけで父親名義のクレジットカードしか持っていない。

 やる気のない店員にカードしかないと告げるとその太めの店員は母親にお使いでもいいつけられた子どもみたいに顔をしかめた。

「うちは現金でしか受け付けてないよ」

「困ったわね……。あ、一ドルならあった」

「せめてそれで何か買え」

 口を動かす事なくしゃべったテディベアに店員は視線をやったが、気のせいだと思う事にしたようだ。チョコバーを一本手に取り一ドル紙幣を差し出してくる少女に対応する。

 店には椅子と机も存在し、座って食事を出来るようになっていた。アンはその場に駆ける。ふと、太めの店員は歩くテディベアを見た気がしてぎょっと目を見張ったが、次の瞬間ちょこんと椅子に腰掛けるぬいぐるみ以外のなにものにも見えなかったので目の錯覚だと信じる事にした。

「早いとこ手を打たないとね。あたしの携帯電話にはGPS機能がついてる。最初の誘拐犯から逃げる時になくしたけど、いつまでもあいつに気づかれないはずがない」

 むしろ、携帯電話が本人の手にない方が問題だ。何かがあったと思うに違いない。電話をかけて誰も出ないか他の怪しげな人間が出れば誘拐を何度もされているアンがまた被害に遭ったと誰もが思うに違いない。

「……お前、父親だけ呼び出す事は出来ないのか」

「はあ? 無理でしょ。アイツ、社長なだけあって二十四時間監視されてるようなもんだから。プライベートで仕事に穴開けるような事になったらまず秘書が黙ってないわ」

 過去に何かがあったのだろうか、アンは苦々しげに遠くを睨む。

「父親の部下が信用出来ないとなると……行く場は限られてくるな」

「どこ?」

「これまで通り、南西を目指す」

「南西」

 これまで、南西を目指していたのかとアンは窓の外の太陽に目をやる。高速道路(ハイウェイ)はどっちで、どっちから歩いて来たっけ? と頭をひねる。

「ああ。たぶんオレの製造元……工場か何かがあるはずの場所だ」

「ジョリーって工場生産なの?」

「知らねえよ。だが安い素材な気はするぜ」

「え、気にした事なかったけど……そうなんだ」

 どこか残念そうにしたアンははたと何かに気がついたように眉を持ち上げる。

「……て事は、やっぱりアイツが贈り主っていうのはあり得ないわね。アイツ、社長だからって人には高級品しか贈らないの」

「なるほど。つまりは、子ども相手なら安物をやってもいいと考える人間、あるいは単に所得に見合わない贈り物はしないか出来ない人間がオレをお前につかわしたとしか考えられない事になるな」

「子ども扱いしないで」

「……三歳の時の話だろ?」

 最初の言葉だけ聞いていたのか、アンはむくれた。呆れたようにジョリー。しかし一度した失言はアンに許してもらえなかった。そして十歳でもまだまだ充分子どものように思えるのだが、ジョリーは嘆息するように首を振った。

「とにかく、南西だ」

 彼らはもうしばらく休憩をして、昼近くになったら出発するつもりで一息つく事にした。






 その時、降ってわいたのは巨大な爆発音。咄嗟に何も出来なかった。

「な、何?」

 どのくらい、衝撃に耐えたまま耳を押さえつけていただろうか。もうそろそろ脅威は去っただろうと瞼を上げたアンは信じられないものを見る。店内は火事場と化していた。うねうねと触れられもしないのに踊り狂う炎がそこここに広がる。焦ったアンは目に入った熱風と煙とぐったり倒れこむ太めの店員の姿に気絶しそうになる。とにかく、逃げなければ! ジョリーに手を伸ばすと、ぬいぐるみは悲鳴を上げていた。

「あああっ!」

 ジョリーの背中が燃えていた。あっという間に火はぬいぐるみの全身を焦がすだろう。アンはもう、何も考えられなかった。人間だって火には弱いがぬいぐるみはもっと弱い――自律していても!

「ジョリーッ! ジョリーィィーーーッ!!」

 叩きつけたのは自らの手だ。水や消火器のみが炎を消すのではないと、アンは知っている。酸素を断つと、ジョリーの体から火は消えた。ごうごうと燃える炎に囲まれている二人。ジョリーはぐったりとして動かない。

「ジョリー! 大丈夫? ジョリー、ねえ!」

「……うるせえ……無茶しやがって」

 まるで満身創痍の男のようにジョリーはうめいた。自分を助けるために火傷も厭わない相棒を悲しげに見上げながら。アンはジョリーの無事に顔を明るくするが、それ以上に彼らの周りは明々と燃え上がっていた。

「逃げるぞ……!」

「うん!」

 身を低くしていたアンがおもむろに立ち上がったのでジョリーはぎょっとした。振り上げたのは先ほど彼女が座っていた椅子。目的はガラスの窓だ。

「やめ……!」

 ジョリーが止めるがもう遅かった。アンは脱出口を作り出すつもりだったのだろうが、酸素が一気に店内に入り込む事で炎が更に煽られる危険性が高い。

 ガラスの割れる音に、炎がアンをあぶるように広がるのと、ジョリーが叫ぶのは同時だった。アンは悲鳴を上げる事も出来ない。

 オレンジ色の炎があちこちに翻って、視界が悪くなった。ジョリーは少女を見つけられない。

「アン!」

 モヘヤと綿の身は燃えやすい。しかしジョリーは手を伸ばそうとした。“その腕”がアンを掴むまでは。ちっぽけなぬいぐるみなんかの手と比べれれば、逞しい腕だった。だが乱暴にアンの体を引っ張ると店内から無理矢理に離脱させた。何が何やら分からず、ジョリーはアンを追って店から飛び出した。

 外は雨だった。火事を消すには足りないが、ざあざあと降る雨は誰かが泣いているかのように不吉だった。まるで人の死を予告して泣く嘆き女(バンシー)のように。

「お前……!」

 気を失ったアンは全身に少なくない火傷を負っているようだが、見た目にはそうひどくない事が分かる。その腕を掴むのは一人の青年だ。まるでアンを助け出したかのようだが、つい数時間前にはアンを殺そうとした張本人のはずの青年。彼も整った顔を煤けさせているが、アンとは違いちゃんと二本の足で立っている。どの程度致命傷を与えたかジョリーは覚えていないが、アンに銃を向けた人間だ、かなりの力で気絶させたはずだ。諦めて、いなかったのか。

「なんでここに! いや、それよりもそいつから手を離せ」

 テディベアに命じられても青年は痛くもかゆくもないようだ。その目はうつろで、感情を見せるものではなかったが、ジョリーはぐるりと眼球を向けられると奇妙な寒気を感じた。

「君こそ何なのだろう……。まあ、どうでもいい」

「そいつから離れろ。お前はオレに一度負けた身だろ? 身の程は知った方がいいと思うな」

「そんな事はどうでもいい。やっぱり爆弾がいいかと思って放り込んだのだが、思ったよりも威力が強いので驚いた……本人かどうか分からないくらいに消し炭になっては困るのに……」

 ぶつぶつと一人言のように口走る内容はジョリーには聞き捨てならないものだったが、どうにも青年の様子がおかしい。

「うう……」

 瞳を伏せたままのアンが身じろぎする。良かった。完全に意識を失ったわけではないようだ。ジョリーが思っていたよりは軽傷のようだ。

「社長には仕事に打ち込んでもらわなければならない……愛人の子とはいえ娘が消し炭になったなんて知ればおかしくなりかねない……」

 じりじりとジョリーはアンの元へと距離をつめて行った。相手は常軌を逸している。その分冷静な判断力も失っているだろう。今ならば、あるいは。

「それから社長は、君のような奇妙な存在も良いものと思わないだろうから、潰しておかないと……」

 ゆら、と青年の体が揺れた。身構えたジョリーは自身の体に異変を感じる。人間であれば背中の火傷が痛むというものだろう。他にも、脱出の際にいくつも傷を受けた。まずい。ジョリーは……内臓がはみ出しかけている。派手な動きは“中味”をぶちまけかねない。その事がジョリーの動きを鈍らせた。

「動くぬいぐるみ……何が入ってるのかな」

 一度目は避けた。しかしジョリーは次の瞬間、青年のナイフに斬りつけられていた。腹を。真綿が弾ける。背中のほつれよりも早く、その傷口からは内臓が飛び出していった。

「――――ッ!」

 声にもならない悲鳴を上げる。代わりに叫んだのは、アンだった。

「ジョ、リイイィィーーーーーー!!!!」

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