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アンのテディ・ベア  作者: 伊那
CHAPTER3:The bumpy road
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「まあとにかく、そんな訳でおれは自分の演技のためになるなら、どんな事にでも首を突っ込む男だから、今回も面白そうだって同行させてもらってる。よろしく」

 面白くなんかない。アンはよっぽどそう言おうと思ったが、もはやサージェントの神経が知れなかった。きっと思考回路がアンのものとはまったく別なのだろう。理解できないものは遮断すべし。アンは白目をむきながら受け流した。

「じゃあ、次は誰の番かな?」

 テレビ番組の司会者のようにサージェントはたずねる。

「お嬢様はあれからどうしてたの? なんか救出されたっぽい報道聞いたけど」

 随分と簡単に言ってくれる。アンは怒りを思い出す。何を口にしても暴言にしかならなそうで、彼女はただ拳を握った。爪が食い込むぐらい、強く。

 無言の苛立ちを背後から感じ取ったネッドは、ただ眉を持ち上げた。他に道がないなら、自分が大人になるしかない。そう思って口を開く。

「分かったよ、次はぼくだ」

 ふう、と息を吐くと少年はバックミラー越しに相棒の少女を見た。リラはまるで一人音楽でも聞いているかのように周囲に無頓着だった。

「この際だ、どうしてぼくとリラが動くぬいぐるみを手にするようになったか、そこからはじめよう」

 風を切るドライブは順調、道は長く続いており、まだまだ目的地に着きそうにはなかった。




 ***




 誰でも、何かひとつくらいは恵まれないことがあるものだ。

 エドワード・ナイト・ホークスは五歳の誕生日を迎える前にそれを悟った。彼は親族に恵まれなかった。父親は何故結婚などしたのか分からないほどに堅物で人間嫌いで偏屈な仕事人間。母親は我が強く回遊魚のように動くのをやめたら死んでしまうと手帳をスケジュールで埋める女。彼女はどうやら母性というものをたまわらなかったようで、父親以上にネッドに興味を持たなかった。

 両親は巨大な会社の上層部を親類縁者で埋めていたので、ネッドは幼い頃から父親の家族や親戚にお披露目をさせられていた。いずれネッドが次期社長の座に座るのだという皆の認識が、幼子を鋭い眼差しの的にさせていた。それは好奇の目ではなく、悪意のあるものも含んでいた。

 たくさん余計なことを教えられた。片手で年を数えられるような子どもにはふさわしくないことばかりを。

『親が子の仕事を継ぐなんて時代遅れも甚だしい、馬鹿げている。君は社長の座になど興味はないだろう?』

『お前の父さんは汚い人間だ。金の悪用、横流しをしている』

『きみはろくな人間にはならないだろう。父親がろくな親じゃないからな』

 ネッドが父親を嫌うことで、彼の後継者となることを拒否させようと思ってのことだったのだろうか。小さな子どもは大勢の監視の目に守られながら、大人の世界を知らされていった。

 とはいえ、彼にはすべてがあった。

 望めば、空の上だって海の中にだって簡単に行けるし、国境をいくつも越えるのだって些細な事だった。上手くいけば、奇跡的に父親がエドワード少年の存在を思い出してくれて、ごくごく稀にドライブに連れて行ってくれることもあった。

 ネッドには才能もあった。幼いながらに暗記をすらすらとこなし、大人でも難しい本を読み、ヴァイオリンの腕は神童とうたわれ、運動神経にも恵まれていた。

 なんでもできたし、なんだって手に入った。ねだれば、五十回に一回くらいは、父親が家に帰ってきてくれることもあった。

 だが、“きみはまだ小さいから知らないだろうけどね”などというお決まりの言葉ではじめる親戚たちの“演説”のせいで彼はすべてを、

「あっそ」

 で済ます子どもになっていた。

 自分以外の人間は愚か者で、とるに足らない存在だ。子ども相手になめきった大人がいると、何故そんなに知能指数が低いのに平然として町を歩いているのか分からなくて、かわいそうになる。

 そんな彼が、リラ・ニューマンと出会ったのは最悪な出来事だったと知るには、少し時間が要った。

 最初は、ただ自分と同い年くらいの変な子どもだとしか思っていなかった。だが彼女は理数系に特化した天才だった。ネッドは天才児だったが、理数に関しては彼女が上、その分野ではネッドなど人並み程度だった。ただ彼女は自分の興味のあるものにしかその才能を発揮しないために、物理や数学、化学などの分野以外では常人以下の知識しかない。それでも、リラの登場はネッドの鼻を明かすには充分すぎるほどだった。

 そんなことを知って、自分の無知を思い知らされて、少年が面白いはずがなかった。すぐに、リラのことをうっとおしいと思うよりも、憎らしいと思えるようになった。

「ついてくんなよ」

 パーティー会場で出会えば、リラはじっとこちらを見て、何も言わないまま距離をあけたままついて来る。眼差しはネッドを見ているのに、どこも向いていないような半眼の瞳。気味が悪かった。

「お前うっとおしいんだよ」

 何度か、これまでにも拒否を口にしたことはあったが、それをたて続けに口にしたことはなかった。だからだろうか、リラはふいと視線をはずして立ち止まってしまった。

 清々する。

 ネッドは彼女をその場に残して立ち去った。

 すっきりしたはずが、嫌な大人たちに捕まりそうになって、ネッドは会場をふらふらと放浪するはめになる。そういえば、リラを置いてきた階段裏は、大人たちのよりつかないとっておきの場所だった。まだあの場所にリラがいるとは思えなくて、もう一度そこへ向かった。

 彼の希望に反して、リラはまだ階段裏にいた。もしかすると、先ほど別れた時から一歩も動いていないのではないかと思わされるほどに、微動だにしない。

「……お前、ここはぼくの場所なんだよ。どっか行けよ」

 するとリラは眼鏡の奥からネッドを見据える。

「このフェリーチェ・ホテルはカサット財閥の所有する不動産で、あなたの会社の傘下に入っているわけでもないのだから、あなたがこのホテルの一部を所持しているという主張とは矛盾している」

 理路整然と並べたてられて、当たり前のことだというのに、ネッドにはひどく苛立ちを覚えた。確かにこの階段裏はネッドの所有物ではない。だが、それが何だというのだ?

「ああ?」

「あなたが言っていた“うっとおしい”という言葉について考えていたの。わたしは、饒舌すぎたり、動きが早くて何度も同じ場所を行ったり来たりすることを、うっとおしいのだと思っていたけれど、違ったのね」

 訥々と語られて、一瞬何を言われているのかネッドには分からなかった。自分が先ほど口にした言葉すら忘れていたのだ。

「自分の認識と他者の認識に違いが生まれるのはわかっていたけれど、やっぱり、気がつかないこともあるのね」

 何を言っているんだ、こいつ。

 ひどい言葉を浴びせたわけではないが、優しい対応をしたつもりもない。それなのに、先ほどのことがなかったかのように振る舞い、なおかつ意見の相違について語られるなんて思ってもいなかったのだ。

 リラ・ニューマンは何かが違う。

 何かおかしい、と言ってよかったかもしれないが、それでもネッドは小さく笑ってしまったのだ。

 こいつ、本当に変だな。

 いつしか彼らは縁が切れないまま、顔を合わせ続けることになるのだが、ネッドはやっとこの時、リラ・ニューマンに出会った気がした。

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