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アンのテディ・ベア  作者: 伊那
CHAPTER3:The bumpy road
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「まずどこから話そうか」

 備え付けの椅子にゆったりと腰掛けて、ネッドは体の前で手を組んだ。小さな王様のような振る舞いに、アンは眉を持ち上げベッドに腰を下ろす。

「あんたたち、どうやってあたしの居場所を知ったの?」

 突然アンの前にあらわれた少年少女。アンと同じような動くぬいぐるみを持つ彼らは、その共通点ゆえに彼女を探し出した。どのような経緯によってだろうか。アンは自分以外の動くぬいぐるみなんて知らなかったというのに。

「話せば長くなるんだけど、」

「なら簡潔にまとめて」

 最後まで言わせないところがネッドの気に食わない。切り捨てるかのようなアンの物言い。少年は決めた。この少女の希望だけは絶対に叶えるまいと。

 組んでいた腕をはずすと、ネッドは端緒を探すようにしばし視線をさまよわせる。リラの傍らのラップトップに視点を固定すると、しばしそれを眺める。

「最初に君を知ったのは、君の父親がニュースに出ていたのを見て、だったよ」

 リラが先ほどまで映していたテレビ画面も、今はもう電源が落とされており表示されていない。

「ロイ・フォックス・ワイエス州知事候補者。君もテレビくらいは見るだろう。ぼくらもだ」

 父親の名前が出ても、アンは口をつぐんだままだった。

 うかがうようにアンに視線を移したネッドは、彼女の反応が薄いのに気がついていたが、あえて何かを言うことはなかった。

「ぼくらは、自分たちの動くぬいぐるみについて調べていた。毎日それにかかりきりってほどじゃなかったけど。ある日、ワイエス候補者の出自から家族について何から何までやっている番組を見たんだ。元々有名だったしね。君のことも話に出てきたよ。いくらか映像が出てね、ずっとテディベアを手にしているのに気がついたんだ」

 アンは眉を寄せる。テディベアを手にする少女のどこに注目すべき点があるのだろうか。子どもはぬいぐるみの類が好きなものだ、それこそアンのような子は星の数だけいるだろうに。

「まさか、それだけで? ぬいぐるみをずっと持ってる子どもなんていっぱいいるじゃない」

 自分の長い髪を指にからませながら、アンは退屈そうに言う。

「ぼくらは動くぬいぐるみを持ってる。それも、カラテ・キッドみたいに強い。君が何回誘拐されても無事なのは、そのせいかと思ったんだ」

 何度も誘拐されるという貴重な経験をしているアンは、顔をしかめる。そのどれも楽しい思い出ではなかったからだ。

 それだけではなく――ずっと、ジョリーが守ってくれていたのなら、ずっと前からジョリーがアンに話しかけてくれていたなら、どんなによかったか。

 苦い過去とそれが続く現在を思い出したからだ。

 くるくると茶色の髪を指に巻きつけるのをやめ、アンは髪から手をはなした。

「君みたいな……ぼくらぐらいの年頃になると、ぬいぐるみはそろそろ卒業するだろ。それなのに持ってるってことは、何か理由があるんじゃないかと思ったんだ」

 反論の余地はあったが、一般論を語っても仕方がない。彼の勘が当たっていたのは事実だし、アンたちは、普通では起こり得ない事象に対峙しているのだから。

「けっきょく、調べはじめてから確信にいたった」

 自分のことを調査されていたと知り、アンの表情が明るくなるはずもなかった。

「とにかく君の誘拐事件のことを洗い出した。危険が迫らなきゃ、ぬいぐるみが動く必要もないからね。それで変だなと思うことがあって、ちょっと、本格的に君を調べることにしたんだ」

 少年は立ち上がった。どこか歯切れの悪いネッドの様子に、アンは気がつく余裕がなかった。あの一件に関することは、未だに彼女の心臓を鉛のように重くする。

 詳しいところはともかく、アンは自分の親が有名人なのだと思い出した。父親が工事現場の職員という子どもよりは、見つけやすいだろう。

「それで、どうやってあたしの現在地まで知ったのよ。ワイエス候補者の家にいた時よりは探しにくかったと思うけど」

「ちょっと偶然が重なって、かな……」

 ネッドは歩き出すと、窓の前に立った。閉めていたカーテンを少し開くと、夜の窓ガラスが鏡になって、少年の顔を反射する。少しの間、ネッドは階下を見下ろしてネオンを瞳にうつしていたが、カーテンから手を離し、外部を遮断する。

「君が最後に誘拐された時、南を目指してるように思えた。自分の家とは反対方向に進んでいたから、気になったんだ。それで、君の元いた家からはじめて南に下ってみようかなって話になった。そう進まないうちにメランタウンにたどり着いたら、それらしき人物がいたってわけ」

 アンの中で、ジョリーの声がよみがえる。

『これまで通り、南西を目指す』

 あの頃――小さな体躯に従って、アンはただ歩いていただけ。ジョリーに意図があったように、それがネッドたちに意図的に見えたのだという。

「なんにしろ、何か気持ち悪いわ」

 結局言い捨てたのは、アンの気分的なもので、ネッドの顔をうんざりしたものに変えただけだった。何しろ、ネッドはアンをやたらと調査していたし、偶然にしたって、なんだか出来すぎていて気味が悪い。それに関しては、アン自身がロイの家から遠く離れていなかったからという理由もあるだろうが。

 アンとジョリーが南西へ向かっていたのは、ジョリーの製造場所を目指してのことだった。どうしてそこへ行きたがったのか、ジョリーは告げないまま、動かなくなってしまったが――。

「……気になってたんだけど、その……動くぬいぐるみを、どこで見つけたの?」

 同じ動くぬいぐるみなら、ネッドのぬいぐるみもまた、どこかの工場でつくられたのだろうか。話を少しずらすことで、アンは心の平定を保った。

「それはこっちも聞きたいね。とはいえ、このぬいぐるみに関する話もまた長くなるんだけど」

「話をきれいに短く要約する能力がないのね、あんた」

「……きみって、そうやっていちいち揚げ足をとらないと気がすまないの? 話が進まないからやめてほしいんだけど!」

 ほとんどアンの目の前に立って、ネッドは両手を腰にあてて憤慨した。

「あらごめんなさい。真実をそっくりそのまま口にするのって必ずしも正しいことじゃなかったわね」

「……こ、こいつ」

 怒りでかすかに顔の赤くなるネッドとは対照的に、アンは涼しげな顔だ。

「ネッド」

 また二人の対立がはじまるかと思いきや、リラが静かだが強い声を上げる。彼女にしては珍しいことで、ネッドだけでなくアンも彼女を振り返った。

 リラはまたラップトップを立ち上げて、ベッドの上でうつ伏せになっている。

「……この町、意外と街頭に監視カメラがあると思って、ちょっと見てたんだけど」

 リラは眼鏡にラップトップの光を反射させ、画面から目を離さない。姿勢こそくつろいだ様子であるものの、傍らにやってきたネッドも見上げずにラップトップをたたき続ける。

「え、ちょっと待って。見てたって、町の監視カメラの映像を?」

「ちょっと黙ってて。で、何か問題でもあった?」

 監視カメラをちょっと見ていた、というのはよく考えなくとも問題発言ではないのか。口を挟んだアンだったが、ネッドに静かに遮られて不満顔のまま口を閉じる。

「複数の男が町のあちこちで何かを調べているように見える。解像度が悪いから断定は出来ないけど、何かを掲げているみたい」

 顔をラップトップに近づけて、ネッドも問題を注視する。アンのいる場所からは、彼らが見ている画面は見えないが、もしかしなくとも本当に町の監視カメラを覗いているというのか。怪訝な顔のまま、アンは彼らの間に入れないでいる。

「……警察手帳か何か、身分証のようなものかな」

「もしくは、尋ね人の写真」

 ラップトップから顔を離して、ネッドは腕を組む。

「……まずいな、追っ手かもしれない」

 少年は自分の荷物に視線を移した。その様子が、アンにも手荷物の場所を確認させ、いざという場合に備えるべきだ、という考えを思い起こさせた。

 メランタウンでアンを追いかけた人物たちは、以前のよう父親をおびき出すための駒としてアンを見なしているようには思えなかった。そういう人物が、ネッドたちのところにも姿をあらわしたことがあるのだろうか。

「ねえ、あんたたちのことを追ってる人間がいるってことなの? そういえば、“以前からマークしている組織”とか何とか言っていたわね」

「黙って」

 ネッドの横顔が真剣そのものだったので、アンは苛立ちを彼にぶつけることが出来なかった。

「どうする、ネッド」

「……警戒するに越したことはないな」

 アンはやっと、自分の知ることが、彼らのそれよりもはるかに少ないと気づいた。そして、彼らの持っている武器も、アンにはないものだ。あまり褒められた技術じゃないかもしれないが。

 自分の持つものは、大きな鞄と、庶民的な感覚、ゆるがぬこころざし、ただそれだけ――。アンは唇を噛んだ。

 偉そうな口を利いておいて、このざまか。

 アンは確かに彼らと手を結ぶしかないようだ。どうしたって、アンには足りないものが多すぎる。悔しいが、彼らに頼るしかない。もしアン一人だったら、追っ手らしき存在に気づけぬままこの部屋の前までたどり着かせていたかもしれない。

 自分の荷物を手にとると、ネッドは決意したように言った。

「ホテルを出よう」

 反論する者はなかった。

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