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アンのテディ・ベア  作者: 伊那
CHAPTER2:To be or not to be?
15/28

INTERVAL2:One year ago

 In the past


 アンは長い長い高速道路を歩いたことがある。距離にしてみれば、子どもが一日に歩くにはあまりにも遠い距離を移動したのだろう。だけれども、そんなことは一緒にいる人物が実につまらない話し相手だった場合だけだ。この時の話し相手は、これ以上にないくらいに最上の相手だったのだから、大陸ひとつだって横断できる気がした。

「ねえ、覚えてる? ジョリー。前にさ、あたしがジョリーの顔にケチャップを飛ばしちゃった時のこと」

「ああ……んなことも、あったな。だから、食事の時には遠ざけてくれって思ったな」

 テディベアの返事にアンはぱっと顔を明るくした。何度疑いそうになっても、何度でも信じられる。ジョリーは、本当にアンのよく知るジョリーなのだと。

「それで、あたしが布巾で汚れを落とそうとしたんだけど、反対に広がっちゃって」

「あん時は、確かジョージアが洗ってくれたんだっけな」

「そう、ママが」

 たまにはアンも、母親が心配になる。自分のことで手一杯だったけれど、ジョージアは一体どこへと失踪してしまったのだろうか……。

 返事が少なくなったアンに対し、ジョリーはあまり言ってはいけないことを口にしてしまったと気がついて、話題を変えることにする。

「そういや、お前のオヤジは寄越さなかったが、他のやつらならぬいぐるみを寄越したことがあるよな」

「ん、まあね……。たしか、アルバートは小さなぬいぐるみをくれたっけ。他にも何かをくれた人はいたけど、アルバートのものほど興味を持てなかったわ」

 いつからだろうか、アンがまだジョージアと暮らしていた頃から、ロイと会う機会を与えられていた。家の前に安くはなさそうな車が止まっているのを見ると、今日がその日なのだと知る。ジョージアのいない時間にやってくるアルバートは初老に近い男性で、彼がいつも迎えに来ていた。

『お嬢さんにはこれをあげましょう。社長には内緒ですよ』

 本人にそのつもりはないのにお嬢様扱い、アンは嫌いなものだったが、アルバートが言うそれには嫌な感じを受けなかった。彼はアンがただの窓際社員の娘だったとしてもそうするだろうと思わせるような瞳で、微笑んでくれたから。

 黄色いクマのぬいぐるみや、白いアザラシのぬいぐるみをもらって、アンは確かにうれしかった。でも、テディベアのジョリーにはかなわない。アルバートに申し訳ないと思いつつも、部屋でお留守番中の小さなぬいぐるみたちは、今はどうしているのだろう。

 まさか、彼らも話をできるような存在なのだろうか?

 それとも、ジョリーをアンにくれたのも、アルバートなのだろうか?

「アルバートな、あんまり覚えてねえけどアイツがオレの贈り主とは思えねえな」

 アンの考えていることが口に出ていたわけでもないのに、察したみたいにジョリーは言った。それも、どこか不機嫌そうな声だった。アンが他のぬいぐるみのことを考えていたから、怒っているのだろうか。

「だいじょうぶだって、あたしにはジョリーが一番だから!」

「何だよ急に」

 自分の足で歩いていたジョリーは、自分より大きな少女にのしかかられて――それは抱擁(ハグ)という愛情表現だったのだが――よろけた。「離れろ、歩けねえだろうが」文句を言いながらアンを突き放す。

「あたしが抱っこしてあげるのに……」

 少女はこれまでにしてきたようにジョリーを抱きしめて歩きたい。そう告げるが、さっきよりも更に嫌そうな声で相手は答えた。

「ばっか、お前、男が女に持ち運ばれて喜ぶかよ」

「ええー?」

「……ったく、お前はよー……」

 何にも分かっちゃいねえんだから、とぼやくジョリーの言葉は半分以上アンの耳に届いていなかった。ゆらゆら揺れる、水玉のリボン。ジョリーのリボンが崩れている時にはよく直してやったものだ。

「リボンは、あたしが洗濯したよね」

 汚れに気がついた時に、きちんとジョージアに聞いて選んだ洗剤を使って、手洗いで。

「そうだったか?」

「うわひっどい、なんで覚えてないの?」

「別にリボンがあったってなくたって気になんねぇし」

「えー、あたしは、ジョリーが今の姿でなきゃジョリーって気がしないけどなあ」

 それからそれから。思い出話はたくさん口の中から出てきた。当然そのすべてをジョリーは覚えていて、相槌を打ったり彼からもいくつか話が飛び出した。

「それとさ、」

 ふとアンはぼんやりとした記憶が脳裏をよぎるのに気づく。

「……そういえば、ジョリー、前にさ……」

 夢を見たことがある。それはアンが出てきて、ジョリーが出てくるという夢だった。もしかすると、覚えている限りの一番古い夢の記憶かもしれない。

 どういう夢だったかまでは、思い出せない。それでも、一番最初の夢がジョリーというのは、アンにはとてもうれしいものだった。

「……ううん、なんでもない」

「何だよ、言いかけといて。気になるだろ」

 大事にとっておきたいから、黙ったままにしよう。夢の記憶はおぼろげで、日常の記憶の中に埋もれてしまった。これ以上薄めてしまうのは嫌だから、空気に触れさせないで、心の中にしまっておく。

「なーんでーもなーい」

 ジョリーが気にしてくれるのが、うれしいから。

 ちょっと早足になってアンは、ジョリーをからかうように置いて行った。

 大好きだから、ずっと。

 高速道路を行く小さな影は、ふたつ。

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