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アンのテディ・ベア  作者: 伊那
CHAPTER2:To be or not to be?
14/28

 薄明かりの街頭の下、少年少女が語り合うのを眺める人間はほとんどいなかった。メラン・タウンのこの時間がお行儀のよろしくない人物の活動時間とは知っているが、火事があったことで人々は大人しくなっているらしかった。

 人工的なオレンジ色の光に近づく蛾の動きを気持ち悪いと思いながらも、アンはそれを目で追っていた。一度だけ、ネッドを見る。

「確認しておきたいことがあるんだけど……今後はどうするつもりなの?」

 腕を組んで会社の重役のような険しい顔つきをしていたネッドは、眉のしわを少しだけゆるめて答えた。まだ先ほどの怒りは解けていないらしい。

「……ゆくゆくは、この動くぬいぐるみの謎を解くつもりだ」

 きちんと順序を踏めばそれができると言わんばかりのネッドに、アンは少し眉を上げる。

「ほかにも実例がないか探したら、きみに行きあたったってわけ。まだほかに同じような存在がいるかは分からないけれど……ぼくらにぬいぐるみを与えた人がいる。だからそっちの線で探してみるつもりだし、もちろんきみの持つ情報を元に今後についても考える。それからきみを狙った男たちについても調べるつもりだ。ぼくが以前からマークしている組織と関係があるかもしれない」

 話すうちに少しは気分がまぎれたのか、彼の思い通りになるはずの未来を口にして、ネッドは得意げになってきた。

 どうやら本当にネッドはアンが知るものよりも多くの情報を手にしているらしい。気にかかる点もあったが、それは後で聞くことにしよう。夜空を見るのは止め、今度のアンは地面に視線を移す。

「そっちは、どうするつもりだった? きみのことは一年前の新聞にものってたし……ぬいぐるみ、今は」

「うるさい」

 さえぎらずにはいられなかった。それが真実でも、会ったばかりの少年にとやかく言われたくない。ネッドは顔を引きつらせていたが、アンの様子がどこかおかしいのに気がついていた。黙ったまま、彼女の反応をうかがう。

「あたし……あたしは……」

 アンの願いは単純だ。ジョリーともう一度話がしたい。そのためだったら、何でもする。その謎なんて、どうでもいい。

 ――アン……危険を承知でオヤジに連絡しろ……

 それが彼の願い。きっとアンの身を案じてのこと。

 ――それがだめなら、南西の……工場に行け

 ジョリーはどうしてか、自分の生まれた工場を目指していた。その理由について深く聞いたことはない。それでも、彼が望んだなら。

「あたしは……このテディベアが作られたところを目指すつもりよ」

 ぎゅっと、ジョリーの入ったカバンを抱きしめた。彼らにジョリーの現状を伝えたくなかった。あの分だと知っているだろうけれど、それでも……あんな、きちんと動くウサギのぬいぐるみを持つ人間になんて、今のアンの気持ちが分かるはずがない!

 アンは、ひとまずジョリーが目指していた場所に行く。手がかりが得られようと得られなくとも、ジョリーが動くようになればそれでいいのだ。

「ふうん。じゃあ、ちょっとはぼくらと目的が近いわけか」

「ひとつ聞きたいんだけど」

 やっとアンは、ネッドの方を向いた。視線を合わせられるほどではなかったが。

「今日の、あの男たちが誰であれ、あんたたちはこれまでに会ったことがあるの? 危険な目に遭っても親は何も対策してこないの? 見たところ――それなりの身分の家柄だと思うんだけど」

「質問が二つなら、二つ聞きたいことがあると言うところだよね。それとも、最後のも入れて三つかな?」

 いちいち上げ足を取る少年に、アンは少々苛立ちを覚える。

「うちは徹底した放任主義家庭なんだ。それに、これまでにうちに手出しをするような命知らずは出てこなかった」

「あ、そう。箱入りってことね」

 見下ろすような瞳のアンに、笑顔が不自然なものになってしまうネッドだが、確かに彼はあまり危険なことに出会ったりしてこなかった。彼の両親が家庭を顧みない人間だということは世間ではよく知られているし、外出をあまりしないネッドであった。誘拐の機会は少ないし、何より外出の際は親の寄こした付添い人がいるし、だいたい送り迎えが付く。

 今回親の目を盗めたのは、学校の林間学校という行事を利用したのだ。リラはともかく、ネッドは放任されているとはいえ、親の命令で大抵は人が近くにいる。家の中にいる間と、学校にいる間を除いて。学校の行事にほとんど興味のないネッドの前にタイミングよく現れた林間学校。一週間もの間行われるそれは、しかし学校の教師や生徒の間でするということで、親が監視をつけなくてよいと判断させるものだった。

 それはともかく、結局は両親の対策など、ネッドがこれまでにされていたこと以上に行われる予定はないのだろう。今回の抜け出した件が知れても、今後の活動が大きく制限される気はしない。

「……ちなみに、今日の男たちに会ったことはないよ。きみの言うのが、彼らと志を同じくする人間が他にいるとして、そういう類の人間に会ったことがあるかって質問なら、ないね。でもまあ今日の男たちとも初対面だけど」

「うちも両親は子どもの行動に頓着しないよ。あの男たちに会ったことはない」

 淡々とリラ。なんてことのないように言うが、どちらにしろ薄情な親だとしか思えない。

 とにかく、ネッドとリラはまだ親とのつながりはあるようだ。そのことによって事態が今後、好転するかは分からない。けっきょく彼らは子どもなのだ、危ない遊びを見咎められ、家に連れ戻され外出禁止を言い渡されてもおかしくない。だからアンは家を出た。絶対に止められるだろうことをはじめるには、つながりを絶つしかないのだ。

 だが、それが彼らにもできるかどうか疑わしい。あちらは二人で行動をしているし、一気に音信不通になれば怪しまれる。芋づる式にアンも連れ戻される可能性があるが、先ほどのようなネッドたちが危険な目に遭いそうになった時でも、遠くから彼らを守る護衛が飛び出してくることはなかった。要するに、放任主義はある程度、本当のことなのだろう。

 気がかりではあるが、いきなりそれを切り出すのも難しい。まずは彼らの話を聞いてからだ。

「とりあえず、どこかで休もう。話はそれからだ。きみの格好もひどいし、ぼくまでそんな人間と同レベルと思われても困る」

 逐一嫌味なやつだとアンは顔をしかめた。




 最初、ネッドは自分の手元に便利な道具がないのを忘れて、車を呼ぼうとした。携帯電話は壊れ、家の車を呼べないのならタクシーをと提案したが、それさえアンに止められた。曰く“お金がもったいない”だ。

 ネッド・N・ホークスは節約の概念を知らずに育ってきた少年だ。しばしアンの言葉を理解できないでいた。

 “夜通し歩けっていうのか!”少年が叫ぶと、アンはメラン・タウンの治安の悪さを思い出した。すぐに出て行けるほど狭くない町の面積も。メラン・タウンに住んで一年近い彼女は、近隣の町のことなら少しは知っている。というよりも、以前の住居のある町からさほど離れてはいない。子どもの家出の限界は近所だと取られても仕方がないが、アンは近場でとどまっているはずがない、と考える人間の逆手をとったつもりだった。実際、この一年で今日まで誰かに居場所を知られたことはない。一体、彼らはどこでアンのことを知ったのか謎ではある。

 結局押し黙ったアンを前に、ネッドはタクシーでの移動だけは譲らないと言い張った。どう言いくるめようか考えながらもアンは、移動手段が徒歩だけというのはあまりにも心もとないと知っていた。

 それならせめて、進路はアンに決めさせてもらう。行く先は西だ。ひとまずの進路だとしても、西にあるヴィタリーの町はそれなりの大きさを持つ町だし、買出しをするにもちょうどいい。

 結局アンが折れて、ネッドは生まれてはじめて公衆電話――二軒も壊れたものに出会って、三軒目でかろうじてつながる電話を発見した――を使ってタクシーを呼び出した。

 やってきた車に乗り込むと、三人は雑多な町を後にした。

 相変わらず灰色で、夜の明かりはまばらながらもうるさいものだった。

 メラン・タウン。無色で透明で灰色で、それでいて多彩な町だった。スリに遭ったり、傷害事件の話を聞くことも珍しくなかった。タマラが一度、行動の不審な男に追いかけられたことがあると言っていた。そんな町。

 アンの住まいの一階下に住むウェルズさんはひどく愚痴っぽいおばさんで、子どもを預けたまま帰ってこない自分の娘について語ると長かった。彼女の孫にあたる小さなジムは寝つきが悪くて泣き虫だった。でも、笑うととってもかわいかった。

 小さな生活雑貨屋のおじさんは、ひどく酒飲みで機嫌が悪いと睨みをきかせて恐ろしかったが、たいていは陽気な調子のいい人でいつもおまけをくれた。

 古ぼけたコインランドリーでは、言っては悪いが柄の悪そうなお兄さんに話しかけられたことがある。髪型が奇抜すぎて何度も見上げてしてしまった。小銭を貸してといわれていよいよカツアゲかと思ったが、次の日きちんと返してくれた。

 アンは危ないと思うような場面に遭遇したこともある。恋人らしき相手を殴る男に、万引き少年をすごい剣幕で捕まえた店員、どう見ても怪しげな薬をやっているようにしか見えない男がふらつく姿。

 それでもアンは、メラン・タウンが嫌いになりきれなかった。

 あの場所に生きていたのは、どうしようもないほど、ただの人間だったから。

「さよなら、メラン・タウン」




 第二部・完

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