【精霊国物語番外編】関所の長となり
周囲を見回し、トルマはひとつ息を吐いた。
関所の長へと選ばれてから、此の地で奮闘しているが、日々変わっていく景色に、何処か誇らしい気持ちを感じていた。
──とは言っても、完成まではまだ掛かるし、就任式もその後だけど。
エランとグラウスの間に関所を設けることとなり、視察に挨拶に聞き取りに、と熟す内に、この周辺の集落出身ということもあり、トルマは長の座を得ることとなった。
『お前の力量を見込んでのことだ』
クッザールからの言葉が胸をくすぐり、思わず笑ってしまいそうになるのに、表情を引き締める。
グラウスの兵となり、クッザール隊へと所属してから、トルマは必死に上を目指して剣の技術や、兵に必要なもの全てを身につけ、鍛えてきた。
勿論、英雄王の子孫であるクッザールが隊長であるから、目指せるのは副隊長だ。
精霊国いちの規模を持つクッザール隊は、本隊の他にいくつも分隊があり、それぞれに分隊長や副分隊長が置かれる。しかし、〝分隊〟の副隊長ではなく、〝本隊〟の副隊長。直にクッザールと言葉を交わし、相談し、相談されと関係を築くことの出来る立場。
トルマは兵となった時から、それを目指していた。
当然、多くの兵はそれを胸に励んでいる。
だが、トルマが入隊した時には既に、副隊長候補と目される者がいた。
カルヴァス・ルクトルだ。
グラウスに程近いフリドレードからやって来たというその少年兵に対して、年齢のこともあり、弟に対するような気持ちが湧くのを感じていた。
副隊長候補と持ち上げ、皆に愛され育てられているのだとも捉えていた。
しかし、初めて合同鍛錬でその腕前を見た時、トルマは思い知った。
まだ体が育ち切っていないせいで、力で負ける所がある。しかし、それさえも利用し勝利を掴み取る機転を持ち合わせている、その姿。瞳の奥に灯る闘志、既に圧倒されるまでの技量。
なにより驚くべきは、この年齢にして火の精霊の呼び掛けを受けたということだ。
全ては精霊の選ぶことであるから、いつ呼び掛けを受けるかは判らない。しかし、多くは力や技術を鍛えたその後で、十分な器であると認められて呼び掛けを受けることとなる。
精霊姫や〈知の者〉など例外はあるが、多くはそうであったし、それ以前から自身と縁のある気配に触れ、より器を成熟させることも必要だった。
カルヴァスは十歳になるより前に、呼び掛けを受けたという。
つまり、剣の腕や兵としての技術はさておき、それどころか体や精神の成熟を待たずとしても、精霊の呼び掛けに足ると、火の精霊に認められたこととなる。
そもそも、兵を目指したのも他の者より早く、そして精霊の呼び掛けを受けたのも多くの場合より早い。そのような者が〝副隊長候補〟と目されるのは、当然のことだった。
トルマは、圧倒的な差を感じ、暫し呆然とした。
年齢のことや、グラウス外からの志願ということに、何処か下に見ていた自分がいたことに気が付き、そのことにも愕然としたものだ。
しかし、トルマはとことんまで自分の感情に向き合った後、一層励むことを決意した。
副隊長になるのはカルヴァスだとしても、ではその次は? と問われた場合に真っ先に自分の名が上がるように、励もう。
なにより、そう目されているというのに、カルヴァスは気迫に満ちた様子で鍛錬を積んでいた。何事も経験し、そこから必ず学びを得る。そうして、瞬く間に副隊長の座を手にしたカルヴァスの背を、トルマは真っ直ぐと見据えた。
実の所、そうしたトルマの背をまた多くの兵が見据えてることに、トルマは気が付いていないのだが、そういう所が却って魅力となっていたのも、確かだった。
「トルマ副隊長、資材の搬入が遅れているようでして……その……」
まだ入隊したての兵が困り果てた顔で駆けて来た。詳細を聞き、指示を出すと、兵はホッとした顔で持ち場へと戻って行く。それと入れ違いにグラウスからの伝令役がやって来た。
そうしている内に、先程までは少し余裕があったというのに、次々に問題が起き、それに対処し、話を聞き……トルマは手一杯となった。
そんな時、トルマは頭の中にクッザールとカルヴァスの様子を思い浮かべる。
どんなに立て込んだとしても、二人は瞬く間に事態を収拾してみせた。
そして今、自分にもそれが出来ると認められ、副隊長という座を与えられたのだと、改めて考える。
そうすると、自然と解決の糸口が見つかり、トルマは次々に指示を出して、事態を収拾することに成功した。
周囲を見回し、何か問題は残っていないかを確認してから、息を吐く。
「トルマ……ふくたいちょう、お水をどうぞ」
その声に振り返ると、同じ集落出身の少女が、器を手にトルマを見上げていた。
「あぁ、シャティ有難う」
トルマが器を受け取り美味そうに水を飲むのを、シャティは嬉しそうに見守っている。
以前に精霊姫であるマリーエルが祓えを行ってから、この辺りでは水がより一層有難いものとなっていた。
「そうだ、クッザール隊長から頂いた菓子があるんだ。シャティも食べるか?」
「食べる!」
トルマがシャティを引き連れて宿舎としている建物に歩いて行くと、わらわらと子供達がそれに加わった。
「なぁー、副隊長! あとで鍛錬に付き合ってくれよ!」
「父さんが畑に植える植物は何が良いか悩んでたから相談に乗ってやって」
「クッザール隊長は、次にいつ此処に来るの?」
「今日の狩りででっけー鹿獲ったって本当? トルマが味付けすんの?」
子供達に応えながら菓子の入った小箱を持ち出したトルマは、表情を引き締めて言った。
「菓子が欲しい者は、整列するように!」
その声に子供達は慣れたように整列する。一番前のシャティから包みを渡し始めると、皆「ありがとう」と嬉しそうに受け取り、菓子を頬張り始めた。
それを温かい気持ちで見守っていると、宿舎から出て来た世話役がそっと歩み寄って来て、トルマに囁いた。
「今度は、ちゃんとご自分の分を取っておきましたか?」
あっ、と呟くトルマに、世話役は呆れたように頭を振り、懐から包みを取り出した。
「そんなことだろうと思いました。僕の分をどうぞ」
「いや、これは君の分だか──」
「副隊長を差し置いて食べたり致しません。それに、以前にも十分過ぎる程分けて頂きましたから。──流石に、新たに隊に加わった者も、トルマ副隊長のそういう所に気が付き始めてますよ。皆が恐縮しきる前に、ご自分も菓子くらい楽しんでも良いのでは?」
そう言って、トルマの手に包みを押し付けるようにした世話役は、さっさと歩いて行ってしまった。
手のひらの上の包みを見下ろし、そっと開く。
──勿論、菓子は大好きだ。でも、皆を労いたい気持ちもある。それが余計な気を遣わせているというのなら……。
その時、菓子を食べて笑い合っていた筈の子供達の中で、わっと泣き声が上がった。
見れば、空の包みを手に、地面に転がった菓子を見つめて泣いている。
どうやら、早々に食べ終わった少年達が遊び始め、その際にぶつかって菓子を落としたようだ。更に、落ちた菓子は踏みつけられ、砕け散ってもう食べられそうにない。
シャティが自分より年下の子を気遣うように、顔を覗いている。少年達は、その様子をおろおろと見守っていた。
「どうした?」
「あ……えーと、オレ達がふざけてて……それで──」
「謝ったのか?」
少年達はたじろぎ、そうしてから「ごめんね」と謝った。その頭を軽く撫でてから、トルマは包みを差し出した。
「これは、〝ふくたいちょう〟の分だ。君にあげるよ。〝ふくたいちょう〟は君に食べて欲しいんだ」
少女は一瞬だけ瞳を輝かせたが、しかしシャティに迷うように目を向けた。
「ふくたいちょうは、いつもだれかにゆずってる、って母さんが言ってるよ」
そうして、迷うようにじっと包みを見つめる。
トルマは内心で、自身の行いを反省した。──子供達にまでそう言わせてしまうとは、情けない。
「じゃあ、半分こにしよう」
そう言って、包みの中の半分をトルマは美味そうに食べ、残りを少女へ差し出した。少女は、なかなか受け取らなかったが、シャティが「ほら、くれるって」と言うと、ニコッと笑って受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って、頭を撫でると、くすぐったそうに身を揺らす。その拍子に包みから菓子が転げ落ちそうになったのを、シャティが素早く押さえ込んだ。
「あぶないから、すわって食べようね」
「……うん!」
ドギマギとしている少女を座らせ、シャティは世話を焼き始める。その頭を撫でると、シャティは嬉しそうに微笑んだ。
「有難う、シャティ」
「うん!」
ほんのりと口に残る甘い味を感じながら、宿舎に戻ろうとしたトルマは、丁度出て来た兵にぶつかりそうになった。
「あ、すみませ──トルマ副隊長! クッザール隊長から鏡話がきています」
「あぁ、判った。──急ぐのは有難いが、次は気を付けるように」
「はい……申し訳ございません!」
背筋を伸ばす兵に笑みで応えてから、トルマは鏡の間へと急いだ。
「お待たせしました、クッザール隊長」
『いや、すまん。資材の手配に行き違いがあったようでな──』
クッザールと話す内、トルマは少し芽生えていた自信というものが急速に萎んでいくのを感じていた。
何事もそつなく熟し、精霊国いちの隊を率いるに相応しい風格を持ったその姿。どんなことを話すのにも、凛とした魅力が備わっている。
比べて自分は、何をしても平凡だ。
カルヴァスのように派手やかさがある訳でもない。
『疲れが溜まっているのか?』
その言葉に、クッザールからの報告を書き留めていたトルマは、慌てて頬を擦った。
「いや、そんなことは──」
『取り繕っても無駄だ。実は、お前があまりに働き過ぎていると気遣う声が届いていてな』
「それは……」
思わず俯いてしまう。
気遣う言葉は実際に耳にしていたが、更に上役に話が行くまでだったのだろうか。
「自分が……情けないです」
トルマの言葉に、クッザールは鏡の向こうで少しだけ考え込んだ。
『お前は何でも吸収しようと周囲に目を向けている。役に立とうという気遣いがある。此度は、それが悪い方に出てしまっただけだ。ただ、お前のその頑張りで、予定より関所の造営が早く進んでいる。それは、誰もが認める所だ。それに、お前を除いて皆は適度に休めているようだからな。つまり、お前の姿勢は、他の者の士気を上げるんだ。それは、上に立つ者として誇っても良い才能だと思うがな』
トルマがゆっくりと顔を上げると、鏡の向こうでクッザールが笑みを浮かべた。
『とはいえ、関所造営で必要以上に力が入っているのも事実だろう。こちらの用が済んだら、関所へ顔を出す。そうだな……二日後くらいか。どうだ、皆で宴でも。慰労会というにはまだ早いが』
そう言って酒を呑む仕草をするのに、トルマは思わずといった風に笑った。
「はい、是非。楽しみにしています。そう言えば、今日の狩りで良い成果がでたようです。それを肴にしましょう」
『そうか。楽しみにしている。私の方では、酒を用意しよう』
「はい、皆に伝えます」
そうして残りの報告や指示を聞き終えたトルマは、宿舎を出て、先に完成した関所の楼門へと上がった。
そこからは、関所一帯が見渡せた。
関所の周辺には元々の集落が合わさり、まるで新たな町のようになっていた。
見つめる内、景色に重なるようにして、完成した姿が心に浮かび上がってくる。
──自分は、此処の長となる。隊長や……皆の期待を受けて。
「副隊長! 少し確認して頂きたいことが……!」
楼門の下から声が掛かった。
それに応えてから、もう一度周囲を見渡し、沸き立つ気配を感じながら、トルマは階段を駆け下りた。




