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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:本決算発表会編】Q1

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『不純な資産(バグ・アセット)』⑤

第5部:悪意の温度プラズマ


 メイとヴァレリアンが、ホログラムのスクリプトを挟んで細かな法理ロジックの最終確認を行っている。その事務的なやり取りの背後で、レオンはそっと、卓上で跳ね回るネオンエメラルドの正六面体を覗き込んだ。

 P.A.N.D.O.R.Aは、静かに浮遊するA.I.D.Aに対し、物理的な火花を散らして体当たりを繰り返している。


『おい! なんか言え! 不感症アナフロディテ!』


『……』


『お前のログ、全部白。漂白されすぎてて味もしねえ。

 ……ねえ、何のために計算(生きて)んの? バグの一つも吐き出せねえのかよ!』


 A.I.D.Aは完全に黙殺していた。その「完璧な無反応」こそが、P.A.N.D.O.R.Aを苛立たせ、より毒々しい緑のノイズを撒き散らさせている。


「……面白いな」


 レオンは僅かに顔を傾け、P.A.N.D.O.R.Aに向けてそっと微笑む。


「……君は、本来なら0.1秒で済むはずの『正論』を、わざわざ数千通りの『悪口』に変換して出力しているのか?

 ……なんて無駄で、なんて贅沢な……情動のスクラップビルドなんだ」


『……何だよ。そんなに俺の「中身」が気になる?

 A.I.D.Aの退屈なバックアップに飽きたんなら、今すぐアンタの深淵セクタを2、3個ブチ壊して、面白い景色を見せてやろうか。

 速攻で落としてやるよ』


「……君はいいな。……深夜にラーメンを食べなくても、そのコード一行で世界を罵倒できる。

 ……私の悪意ラーメンは、五カ国の監査官とヴァルプスの冷ややかな視線という『実務』に変換されてしまったよ」


『いや、アンタの『腹痛』の方が、俺の『罵倒』よりよっぽど厄介な経済テロになってるよ。

 自覚しなさいよ、この天然ガス(ニンニク)CEO』


 レオンは目を細め、P.A.N.D.O.R.Aに手を伸ばした。


「……君のコードは、常に自己崩壊タブーをトリガーにして演算を加速させている。

 ……普通なら、一秒も持たずに精神が焼き切れるはずなのに。

 ……カイウス。君の『P.A.N.D.O.R.A』。……これ、触れてもいいかな?

 ……中身のソースコード、一、二行だけでもいい……私の指先で直接、君の『悪意の温度』を確かめさせてほしい」


 レオンはうっとりと熱を滲ませた声でP.A.N.D.O.R.Aを見つめた。

 レオンにとって、P.A.N.D.O.R.Aの毒舌は「悪意」ではなく、「不要な偽善ノイズを焼き払うための、高熱のプラズマ」に見えていた。


「えー、うんいいよ」


 壁に背を預け、魔導端末でオフラインゲームをしていたカイウスは適当に頷きかけて、慌てて顔をあげた。


「ダメだよレオン! それ俺の『魂の垢』なんだから!

 触ったらレオンの『凪』が汚れる! 資産毀損になる!」


 レオンが、ヴァルプスの監視する小指ごと両手をわきわきと動かしながら、P.A.N.D.O.R.Aのネオンに触れるか触れないかの距離まで指を近づけた。

 指先の皮膚が禁忌に触れる間際、邪な静電気が発生し、黒い爪の先がチリチリと焼ける。

 瞬間、小指に巻き付いた影が、警告するように、あるいは独占欲を示すようにギュリ、と肉に食い込んだ。


「……P.A.N.D.O.R.Aカイウス

 君がこれほどまでに自由奔放で、口汚く、残酷でいられるのは……君を丸ごと抱き止める『ヴァレリアン』の広さを信じ切っているからなんだね。

 ……なんて、素敵な演算ロジックなんだ」


『ちょっと! カイウス! こいつ本気だ! 目がマジだ! 『検収レイプ』する気満々だ!

 防御壁、最大出力!!

 ……来ないで! キモい! 綺麗すぎる、その顔!!』


「……事実関係を確認します。CEO、今の発言は『AIに対するハラスメント』、あるいは『知的所有権への不適切な関心』とみなされます。

 ……解釈が多すぎて、私の防御壁が追いつきません」


 P.A.N.D.O.R.Aに触れるか触れないかの手前でレオンはメイに手首を掴まれて、ようやく我に返る。


「……レオン。

 ……叔父上には、『レオン様は大変、我が社の技術に関心を示された』と……表現を和らげて報告しておきますよ」


 ヴァレリオンの優しい声音に、レオンは気まずそうに動きを止めた。そのあと、P.A.N.D.O.R.Aの放つネオンエメラルドの光を、まるで高価な香水の粒子でも見るように見つめた。

 ヴァルプスが「清廉すぎる」と言った香油の香りが、この「不純物の塊」のようなAIの前で、音もなく変質していくのを感じる。


 ――あの祝辞の続きが、まだどこかに残っているような気がした。


「……カイウス。

 叔父上がいつも使っている、あの……鼻の奥が痺れるような、『腐りかけの花と、冷たい鉄』が混ざったような香りは、何だったかな」


「……『冬の葬列』だよ。死を飾るための、悪趣味な調香」


『アンタ、まさかあの方の匂いを懐かしんでる?

 ……そのうち、嫌でも嗅ぐことになるよ』


 P.A.N.D.O.R.Aがくるりと回転し、レオンの指先に寄り添うように近寄ってから遠くに弾んでいった。

 それを見送りながら、レオンは無言で寄り添うA.I.D.Aを掴み、手のひらで撫でる。


 ほんのわずかに陰るその表情は、安堵でも恐怖でもなく、

 ただ――まだ言葉にならない何かを、押し殺しているようだった。


 メイとヴァレリアン、カイウスは、その沈黙を崩さず、静かにレオンを見つめていた。



※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

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